殺戮機械が思い出に浸るとき 33
カウラはハンドルを切った。そのまま高速道路から車は一般道へと進む。一台として続く車は無い。そして下りた道路には街灯も無く、周りには明かりが一つとして灯らないビル群が現われた。
「薄気味悪い街ね」
思わずつぶやくアイシャの言葉に誠は自然と頷いていた。まるで生気のない街。一時期の地球諸国の在遼州諸国に対する国債の償還停止処分でこの近くに巨大な工場を抱えていた製鉄会社が倒産した話を誠は思い出した。
「酷い街。だからこそアタシ等みたいな連中には住みやすい」
要はそう言うと窓の外のゴーストタウンを見て笑った。時折見せる疲れたようなその笑いに誠はどこか要が遠くの存在になってしまうように感じられて不安になる。
そのまま車は真っ暗な道を進んだ。時々すれ違う車はどれも地球製の高級車ばかり。明らかに富とは無縁のこの街の景色とは相容れない存在に見えるが誰もそのことを指摘することは無かった。
「そのまま真っ直ぐだ。そして突き当たりを右」
要は淡々とそう言うとそのまま窓の景色に視線を飛ばしてしまった。カウラはそんな身勝手に見える要を特にとがめることもなく車を走らせる。
「本当に不気味な街ね……ここって本当に東和? 」
皮肉めかしたアイシャの言葉。しかし誰一人その言葉に答えるものは無い。車はそのままヘッドライトの明かりが照らす範囲に突き当たりが見えたところで右にカーブする。
突如その正面にビル群がが現われた。これまでの幽霊ビルとは違う確かに人の気配のする明かりの灯ったビル。
「まるで魔法ね。ここの住人は何者かしら? 」
再びのアイシャの独り言。誠は目の前の人の気配にようやく安心して呼吸を整えた。車の数が急激に増え、カウラは車の速度を落とす。両脇には明らかに派手なネオン街が広がっている。人通りもそれなりにある。歓楽街といった感じだが、歩く人の姿はどう見ても東都の歓楽街のそれとは違った。
派手な化粧とドレスの女。スーツの男はどう見ても堅気とは思えない鋭い眼光で店の前で煙草をふかしている。
「らしい街だろ? 」
要はにんまりと笑って生気を帯びた瞳で誠を見つめる。誠は数ヶ月前に初めて訪れた東都の湾岸に浮かぶ租界を思い出していた。
ここは確かに租界によく似ていた。街を歩く人間はすべてアウトローを気取り、ネオンの下の女達は退廃的なけだるい表情で周りを見回す。あえて租界とこの街の違いを述べるとすれば、租界にいた同盟機構から派遣された兵士達の代わりに黒い背広の男達が街のブロックの角ごとに立っていることくらいだった。
「かなりやばそうな人がいるわね……要ちゃんのお友達? 」
「友達になれるかどうかはこれ次第だな」
アイシャの皮肉に要はバッグを叩いた。カウラが乾いた笑みを浮かべるとそのままゆっくりとヨーロッパ製の高級車の停まる酒場の前で車を止めた。
「ここか? 」
カウラの言葉に要は静かに頷いた。
「面倒な事にならなければいいけど……」
皮肉混じりの笑みを浮かべながら助手席のアイシャがドアを開いて降りる。そのまま助手席の座席を押し上げて要が車から這い出た。誠もまたその後に続いて淫猥な雰囲気が漂う街に静かに降り立つことになった。