殺戮機械が思い出に浸るとき 31
焼け焦げていく敵兵の意識。誠はそれを想像していた。法術は意識の領域を拡大したものと担当士官のヨハン・シュペルター中尉から聞かされていた。おそらくはシンもそれを感じていたことだろう。
突然全身の水分が水蒸気爆発を起こす瞬間。想像するだけでもぞっとする。
「つまらねえこと考えるんじゃねえぞ」
まるで誠の心の中を読んだかのように要がつぶやく。誠は見透かされたことを恥じるように頭を掻くとそのまま外の風景に目を転じた。
流れていく風景にはいくつもの高層マンションが点在している。そこに暮らす人にもまた法術師がいてその力の発動に恐れを抱きながら生きている。この半年の法術犯罪の発生とそれに伴う差別問題の深刻化は世事に疎い誠の耳にすら良く届いてくる。その典型例が先月の法術操作型法術師による違法法術発動事件だった。
法術適性検査は現在では任意と言うことになっているが、一部の企業はリストラの手段としてこれを強制的に受検させ、適正者を解雇するという事象が何度となく報告されている。そんなリストラ組の一人がその鬱憤を晴らそうと次々と法術師の能力を操作して違法に法術を発動させ、放火や器物破損、最後には殺人事件まで引き起こした悲劇的な事件。
その犯人が最後にこんな社会を作るきっかけとなった法術の公的な初の観測事象を起こした誠に向けた恨みがましい視線を忘れることは出来ない。おそらく誠がアステロイドベルトでの胡州軍保守派のクーデター未遂事件、通称『近藤事件』で法術を発動させなければその犯人は犯人と呼ばれることもなく普通の暮らしを送っていたことだろう。
これから起きるだろう社会的弱者となった法術師の起こす自暴自棄の違法法術発動事件。それに出動することが予想されてくるだけに誠の心は沈む。
「誠ちゃん。自分を責めるのは止めた方がいいわよ。遅かれ早かれ法術の存在は広く知られることになったでしょうから。むしろ今まで知られずにいたのが不思議なくらいよ」
気休めのように聞こえるアイシャの言葉に誠は答えることもなくそのまま窓から流れる風景を見つめていた。
夕闇は次第に濃い色となって都心からベッドタウンへと変貌していく風景を闇の色に染める。点在する明かりが何度見ても暗く見えてしまうことに自嘲気味な笑いを浮かべる誠。
「ともかくシンの旦那みたいにちゃんと法術を役立ててる人間もいるんだ。そんなに悲観することもねえだろ? 」
「役立ててるですか……ただ人を殺しているだけじゃないですか」
自分の言葉のひねくれ加減に驚いて誠は口をつぐんだ。軍人ならば敵を殺すことも任務の中に入っていることは十分承知している。それでも誠はどうしてもそれを認めたくないと思う自分がいることを否定できないでいる。
「その自覚があるうちは大丈夫だ。罪の意識を持たなくなれば人殺し以下の存在になる」
ハンドルを握るカウラの言葉。車の中の雰囲気は一気に静かに、そして暗いものに変わり始めていた。




