殺戮機械が思い出に浸るとき 22
大きなため息を保安隊隊長室の椅子に座った嵯峨惟基特務大佐がついた。目の前の机には組み立て途中の拳銃の部品が散らかっているのはいつものこと。誠はただそれを見ながら嵯峨の片付けられない性格を思い出して何とか気を楽にしようとしたがそのなんとも悲しそうな瞳を見ると何も考えることが出来ずにただ黙り込んだ。
「あのさあ。俺達の仕事は警察の手に負えない超国家犯罪に対応すると言うのが建前なんだよね……それが警察のお世話になるのが……これで何回目だ? 」
そう言って再び嵯峨は大きくため息をついた。カウラは一人直立不動で正面に立ってじっと嵯峨を見つめている。不満そうな要とアイシャ。いつでも反論してやろうと睨みをきかせる二人になんとか黙っていてくれと祈りながら誠は胃を押さえて立ち尽くしていた。
「特にベルガー……お前さんはこれからしばらく運行部の25人をまとめなきゃならないわけだ……自覚あるの?」
「今回は吉田少佐の策にはまったんです! 自宅じゃ無くて正面の家に無断で監視カメラを置くなんて……」
「ばれなきゃ良いってもんじゃないだろ? まあ事実はそうなんだけどさ……俺にも立場があるんだよ」
泣き言のようないつもの嵯峨の言葉に誠は隣の要の表情をうかがった。こちらも好戦満点。警察への通報は吉田自身によるものだと分かっているのに吉田の足取りはさっぱりつかめなかった腹いせを叔父にぶつけて晴らそうという表情に誠の胃がきりきり痛む。誠は黙って隊長の執務机の隣に立つ小柄に過ぎる実働部隊長クバルカ・ラン中佐の表情をうかがった。こちらはあきれ果てたという表情。要とアイシャがいくら騒いでも四人の処分は決まっていることが誠にも察しられた。
「先月の違法法術発動事件の時に散々豊川署の面々を挑発しただろ? おかげですっかり東都警察は俺達を敵扱いだ。今回だって俺に直接本庁まで出て来いって話まで来た」
「応じたのか? 」
「俺達は同盟直属の機関だぞ? これで俺が出て行ったらいつでも俺達は頭を下げると舐められるからな……お前等を買っている親身な中佐殿の土下座外交のおかげでマスコミ対策付きでなんとか話を付けてきたんだ。感謝しろよ……」
嵯峨は隣に立つランに目を向ける。ランはただ黙ってカウラの方を眺めるだけだった。おそらくは相当な激しいやりとりがあっただろうと言うことは誠にも想像がつく。後で分かったが吉田が勝手に監視カメラを設置した家が東都警察の幹部の実兄の実業家の家だったこともこの状況を悪化させる一因だった。公私混同だと要がわめいていたがあの素早い警察の反応も吉田が警察の思いやり警備を想定しての通報だと考えれば納得がいく。
「カウラ。とりあえず反省の言葉……お願いね」
「反省の言葉? 確かに自分達の行動が法に反していたのは事実ですがあくまで私的な行動ですし……その私的な行動にこういった反応をするのはいかがなものかと……」
誠はカウラの性格を読み間違えた自分を責めた。こういうときは正論をぶつけるタイプ。本質的に事なかれ主義の嵯峨の配慮を無視するだろうと言うことは最初からわかっていたはずだった。
「そりゃあ理屈はそうだがね。世の中真っ当な意見が通る事なんてほとんど無いんだから……司法局の上の連中も直接は言わねえが、報告書を送る度にオメエ等の処分はまだかって言葉の終わりにつけやがる」
「処分? うちの内部の話だろ? これもすべて吉田の馬鹿が……」
「黙れ! 西園寺! 」
それまで黙っていたランの激しい言葉にさすがの要も口をつぐんだ。ランの表情は先ほどと変わらず厳しい。再び沈黙が保安隊隊長室を支配する。
「北上川で住居不法侵入……他の街ならまだしもあそこは止めて欲しかったんだよな……本音を言うとね。でもまあ……お前等も吉田探し……続けたいだろ? 」
嵯峨が不気味な笑みを浮かべた。誠はその舌なめずりでも始めそうな表情を見て明らかに嫌な予感がするのを感じていた。