殺戮機械が思い出に浸るとき 16
カウラのスポーツカーも豊川では目立つ車だが北上川の高級住宅街の中ではどちらかと言うと地味な存在に変わる。誠はようやく目覚めた要が不機嫌そうな顔で振り向くのを見ながら苦笑いを浮かべた。
高速では要とアイシャはすっかり熟睡していてまるで話を切り出すこともできなかった。運転するカウラが時折バックミラー越しに何かを語りかけようとするのは分かっていたが、アイシャが狸寝入りでないという保証は無い。二人ともただ何も言わずに風景が次第に都会的になっていくのを眺めているだけ。ただ無駄な時間を過ごしたというようにつまらなそうにカウラはハンドルを操作している。
「なんだよ……ったく気取った街だな」
寝ぼけた頭を左右に振りながら眺めている要の一言。その一言がきっかけだったように突然ぱちりとアイシャが目を開いた。
「アイシャさん起きたんですか?」
誠の言葉にアイシャが目覚めたことを知った要がめんどくさそうな表情で振り返る。アイシャはそのままむっくりと起き上がると大きくため息をついた。
「ここどこ? 」
「北上川だ。もうすぐ目的地だろ? 」
「まあな、このままこの通りをまっすぐ行くと白壁の屋敷にぶち当たるからそこを右だ」
淡々とそう言うと要は口をつぐむ。その行為が少し意識的なものに感じられたようでアイシャがにやにや笑みを浮かべながら自分のジャンバーのポケットから携帯端末を取り出す。
「北上川……現在位置。中央白壁通り……突き当たるのは『摂州東和別邸』。要ちゃんの別荘? 」
予想通りの質問が来た。そんな感じで苦笑いを浮かべる要。誠も重箱の隅を突くようなアイシャの態度にはさすがに要に同情したくなってきていた。
「悪かったな。うちの家は外交官の家だからな。東和は胡州とは因縁のある土地だ。時にはここに居を構えて交渉に集中する必要があるわけだ。その為の連絡事務所みたいなもんだな」
「それなら大使館に一室設ければ良いじゃないの……っていうかさすが胡州貴族四大公家筆頭は考えることが違うわね」
「別にアタシが考えたわけじゃねえよ。昔からそうなってるって話なだけだ」
相変わらずふくれっ面の要を見ながら誠はただ呆然と周りの高級住宅街を眺めていた。下町育ちの誠には本当に無縁に見える門構えが並んでいる。家の屋根が見えるのは希で、ほとんどが大きな塀しか道路からは見えない。その道路も豊川の建て売り住宅なら二軒分はあるような広さの歩道を持っていてさらに中央のこれも広すぎる路側帯にケヤキの巨木が寒空に梢を揺らしていた。
「本当にお金って言うのはあるところにはあるのね」
感心しながら周りを眺めるアイシャ。誠も通り過ぎる車が高級車ばかりなのに圧倒されながら目をちかちかさせつつ見物を続ける。
「あれで良いんだな? 」
カウラの声で誠は正面を見た。目の前には本当に部隊の防壁よりもさらに高い白壁とその上には銀色に光る瓦屋根を載せた塀が延々と続いているのが見えた。
「本当に……お金持ちはいるものね……」
冷やかすのも忘れたアイシャがあんぐりと口を開けたまま左右に長々と続く要の実家の別邸の壁を眺めていた。