殺戮機械が思い出に浸るとき 139
「これで良かったの?」
摂州軍旗艦である重巡洋艦『信太』の艦長室で艦長の椅子に座った西園寺康子の言葉。部屋の中央に置かれたソファーに腰掛けていた吉田俊平はただ笑顔でそれに応えた。
「すべて仕掛けは揃いましたから……相手が俺な分だけ手が打ちやすい」
「あなたにしては随分と信用しているのね、神前君だったかしら。彼にはそれほどの力があるの?」
康子の言葉に吉田は静かに目を閉じてみせた。
「神前の奴は……信用しているというわけじゃないですよ。だから今回あなたにご出馬願ったんですから。俺が信用しているのはシャムだけです」
「へえ、あの娘に気があるわけ?もしかしてロリコン?」
いたずらめいた康子。吉田は特に反論もせずにソファーの上で伸びをしてみせた。
「俺が何者なのか知った次はあいつの番ですよ。自分が何者か知らずにただ場当たり的に生きていられる時代は終わった。あいつも俺も」
「彼女は不死人でしょ?それ以外何かあるの?」
康子の『不死人』という言葉にそれまでにない緊張した視線が吉田から康子に突き刺さった
「そんな目で見ないでよ。一応、私も遼南宮廷で育った身よ。噂は聞いてるわよ」
康子の言葉に吉田の視線は緊張の度合いを弱めた。
「不死人自体は遼州を探せば両手に余る程度はいるでしょ。俺の知っている限りでも嵯峨惟基、島田真人、クバルカ・ラン、『預言者』ネネ、『廃帝』ハドくらいの名前はすぐに浮かびますから」
「考えてみればすごいわよね。新ちゃん意外に三人も不死人を抱えている舞台なんて他にないんじゃないの?」
「まあ部隊長が意識して集めたところもありますから」
康子に『新ちゃん』と呼ばれる嵯峨の手腕が部隊構成に大きな影響を与えたことを吉田も理解していた。
「ただ普通の不死人とはシャムとクバルカ中佐は毛色が違うんですがね」
それだけ言うとニンマリと吉田は笑った。
「どう毛色が違うかは教えてくれないんでしょ?」
こちらも対抗するとでも言うように康子も笑みを返した。
「聞き出しますか?力尽くで」
身を乗り出す吉田に康子は静かに首を横に振った。
「今は私達で争う時期じゃないわ。今はね」
康子の静かな口調に吉田は恐怖を感じた。彼の上司の『新ちゃん』こと嵯峨惟基をして『地上最強の生物』と呼ばれる康子の恐ろしさは吉田自身も体験したっことがあるだけに、彼女を前にして秘密を守り続ける自身は吉田にもなかった。
「それじゃあいずれは……」
「いずれの話はしないことにしているの。私の主義よ」
再び定型的な笑みを浮かべる康子に吉田は彼女を頼らざるを得ない状況にあることの恐ろしさを再確認するのだった。