殺戮機械が思い出に浸るとき 136
「一応、保険ですよ。ゲルパルトの残党が動き出すことに対してのね」
嵯峨はそう言って再びタバコを取り出す。そのまま悠然と火を点け兄の顔を眺めた。
「心配していたからな、康子は。東和宇宙軍は表立っては言っちゃいないが内部にゲルパルトに同情的な勢力が存在する。下手に動いて薮を突いて蛇を出す真似はしない」
「そう言うこと。頼りになるのは結局は身内だけってわけですよ」
それだけ言うと嵯峨は静かにタバコを吹かした。近くに雷が落ちたような轟音が響く。
「身内を宛にしているなら少しは兄の言うことも聞くもんだ。今回の件もそうだが、同盟内部じゃお前さんの行動を危険視する向きもある」
「なに言ってるんですか?自分で同盟司法局に引っ張っといて。俺が何をするかは兄貴が一番よく知っているじゃないですか」
弟の愚痴に西園寺基義は静かな笑みを浮かべてパイプをくゆらせる。
「まあそれはそうなんだが、危ない橋を渡ることを嫌うのが政治屋と言う職業さ。そのくせ名誉にだけはこだわるんだからタチが悪い」
「西モスレムじゃ早速、カリフ退位の話が出てるそうですしね。遼北も綱紀粛正は避けられない」
「まあそういう事だ」
西園寺は静かにパイプをパイプレストに置くと机の上の書類に手をやった。
「今のタイミングでなんだが……」
立ち上がりそのまま手にした書類を嵯峨に手渡す。嵯峨は苦笑いを浮かべながらそれを手にした。
「摂州軍の総司令への任命書ですか?俺は外様ですよ」
受け取るなり書類をテーブルに放り出す嵯峨。その姿を予想していたというように笑みを浮かべながら西園寺は見つめていた。
「なに、書類上の話だ。実際戦争の素人の康子に任せてばかりはいられないだろ?」
「兄貴は知らないかもしれませんが、俺は一度も康子さんに勝ったことないんですよ」
「剣術の話をしているんじゃない。あと、康子の身を案じての話でもないがな」
「そりゃそうだ。あの地上最強の生物の心配をするだけ無駄だ」
嵯峨の『地上最強の生物』の表現に西園寺は苦笑を浮かべた。
「胡州正規軍に対して睨みを効かせるなら貴様の経歴の方が役に立つという話だ。今回もゲルパルトに一番同情的な我が軍が動かずにいることくらい感謝して欲しいものだからな」
「さすが宰相殿。ご苦労お察ししますよ」
皮肉を込めた嵯峨の言葉に西園寺は顔を歪めた。
「遅かれ早かれ胡州の保守派、特に烏丸一派は情報収集を独自に始める。そしてゲルパルトに東和が支援をしている事実にたどり着く」
「まあ今回の一件が無事に片付けばって話でしょ?」
嵯峨の言葉に西園寺はうなづく。そして西園寺はそのまま雨の打ち付ける窓越しに空を見上げた。
「全てがうまくいくといいな」
「どうですかね?」
嵯峨はいたずらでもしたかのような笑みを浮かべると静かにタバコを吹かした。