殺戮機械が思い出に浸るとき 133
『用か』
誰もいない戦艦を思わせるブリッジに響く声。モニターが点灯し、一人の老人の姿を映し出した。
「用というほどではない。確認だ」
老人はそう言うと口ひげに手をやる。もう一方の声の主、この艦そのものである吉田俊平は何も答えることはなかった。
「現在我々の艦隊は衛星、麗から5万キロまで接近している」
『準備がいいな』
艦の声に老人ルドルフ・カーンは満足げにうなづく。しかしその目は明らかに猜疑心に魅入られたそれだった。
「仕掛けるつもりか?嵯峨の保安隊と」
『わかっていて聞くとはなんともスマートさに欠けるんじゃないかな。それに俺が仕掛けることはあんたの溜飲も下がるんだろ?』
その言葉にカーンはにやりと笑った。
「確かに溜飲は下がる。だが本当にやらなければならないことは……」
『なあに、あんたの溜飲を下げるだけじゃ、こんな素敵な体をくれた礼としては不足なことはわかっているよ。二三発インパルスカノンをぶっぱなしてあんたの言う豚共にこの世の秩序というものを教えてやるっていうサービスまでつけよう』
「遼北・西モスレム国境に一撃、東都に一撃、あと敗北主義の胡州に一撃」
『なんだわかっているのか』
艦の言葉にカーンは満足げにうなづく。
「多少の無茶はどうにかできる設備はこちらも用意してある。とりあえず保安隊を屠ったところでできれば数発威力を見せつけることができれば満足だ」
カーンの笑顔に艦は笑顔を浮かべているとでも言うように誰もいない操縦桿を左右に振ってみせる。
『無茶をするのはこちらではない。保安隊とオリジナルの方だ。そちらではオリジナルの所在は掴めたのか?』
機械的声の言葉にカーンはにやりと笑った。
「現在のところ西園寺の州軍に身を寄せて全速でそちらの宙域に進行中だ。こちらも一緒に片付けてくれると助かるな」
『なあに、望むところだ。我々の同胞の恨みを晴らすのには最高の舞台じゃないか!』
「同胞意識か。そんなものもあるのかね、君達には」
驚いた様子のカーン。艦は静かに語り始める。
『情報は共有され、精査されて始めて意味を持つんだ。我々はそのために常に記憶を更新しながら現在まで記憶の共有化を図り、それを東都のセンターで分析することで情報端末としての役割を全うしてきた。そのセンターと一体の嵯峨惟基と接触した個体がそのシステムの輪を破壊した。センターとあの個体には秩序を破壊した罪がある。……秩序を大事にするのが君等国家社会主義者の美徳だと聞くが?』
自分に話題が振られて少しばかり困惑した表情を浮かべながらカーンは口元のヒゲをなでた。