殺戮機械が思い出に浸るとき 129
「随分と貧相に見えるが……」
「カウラちゃんも言うわね。でも確かに吉田少佐よこれ」
写真を見ながらささやきあうカウラとアイシャを無視してネネは話を続けた。
「彼が吉田俊平技師長。東和国防軍第三世代オブジェクティブファイアーウォールシステムの設計責任者」
「そしてそのシステム稼働の三ヶ月後に東都のアパートで首をくくっているところを見つかったわけか」
要のその言葉に誠達はぎくりとしぼんやりと冊子を見つめる彼女に目を向けた。
「なんだ、貴様は知っていたのか?」
「まあこの体と四六時中ネット接続された頭を持ってりゃ伝説のプログラマーと同じ顔の義体を使っている傭兵上がりなんてのはありそうな話だ」
「そう、このタイプの義体は年に数体製造されていました……ある事件が起きるまでは」
思わせぶりにため息をつくネネ。誠はただあまりに急展開する話についていくのがやっとでカウラとアイシャの暗い表情を見過ごしていた。
「遼南内戦末期の兼州攻防戦のことか?」
要の言葉にネネは静かにうなづいた。
「それまではただ無秩序に情報を収集し、情報収集端末である義体購入の資金を捻出するために傭兵稼業に勤しんでいた吉田俊平の中の一つの個体がこれまでとは明らかに違う行動をとり始めた」
「確かに遼南内戦での嵯峨隊長の兼州軍閥が人民軍に加担した途端に決着がついたのは吉田少佐の力によるところが大きいからな」
「それと隊長の粛清直前にクーデターで王政復古してそのまま権力を掌握してみせるなんて情報端末にしては過ぎたやり口ね」
カウラとアイシャの言葉に誠は高校時代のニュースの中央にいた人物がこれまでごく普通に彼の前を歩いていたという事実を思い知らされて身の震える思いを感じていた。
「それは歴史の表側の話。裏ではその個体による他個体の破壊が行われていたんです。そして最後の端末の破壊には私も立会いました」
ネネのはっきりとした口調にそれまで冊子に向けられていた要のぬるい視線が鋭くネネの瞳を捉えた。
「つまりその変わり者の吉田俊平……つまりアタシ等が相手にしていたそれ以外の個体はすべて破壊されているわけだな」
「でもなんでそんなことを……」
誠の言葉に要、カウラ、アイシャの三人がほとほと呆れ果てたというようにため息をつく。
「いいな、オメエは幸せで」
「羨ましいな」
要とカウラのため息混じりのセリフに誠はただ慌てるばかりだった。そんな誠を思いやるようにアイシャが誠の肩に手を当てる。
「要ちゃんは脳幹以外はすべて人工物。わたしとカウラちゃんは遺伝子を操作された人造人間」
アイシャの言葉に誠は少しばかり三人が吉田がなぜ他の個体を破壊しなければならなかったかのヒントのようなものを掴んだ気がした。
「自分が自分であるためには自分以外の自分を全て消さなければならなかった」
「誠ちゃん正解」
ようやくひねり出した誠の答えにアイシャはそれだけ言うと寒々しい小さな拍手をしてそのまま視線をネネへと向けた。