殺戮機械が思い出に浸るとき 128
「随分と趣味がよろしいようで……」
「こっちは演習前で時間がないんだ。早く要件を」
底に残った水を飲み干すネネを濁ったタレ目で見つめながら要が言葉を吐く。ネネは足元のカバンを手にすると中から一冊の冊子を取り出した。
「これを見ればわかりますよ」
「ああ、多分そうだろうな。だがオメエさんに百万ドル払ったにしちゃ仕事が雑だと思わねえのか?」
すっと自然に腰掛けているネネ。それを目の前にして睨みつける要。ふたりの様子を誠達はただ黙って見つめていた。
「吉田俊平……彼は人間ではないことはご存知ですか?」
間が空くのを恐れるかのように口を開いたのは意外にもネネの方だった。要はその言葉に返事をするわけでもなくネネの取り出した冊子に手をやった。
「人間じゃないなんて……まあサイボーグだから人間じゃないと言えばそうとも言えるわよね」
「アイシャ、中途半端な理解で口を挟むんじゃねえよ」
冊子の表紙を開きながら要がつぶやく。その言葉に誠は要もサイボーグであるという事実を思い出した。
「すみませんね。人間という定義をしないとこの言葉には意味がないですね。正確に言うと実体としての彼にはなんの意味もない。情報を収集し拡大し続けるプログラム。それが吉田俊平と呼ばれる存在の正体です」
ネネはそれだけ言うと手にしていたグラスをテーブルに静かに置いた。数ページ冊子をめくって沈黙していた要がゆっくりと顔を上げる。
「東和国防軍のネットワークシステム。ここ二百年の間、誰もその防壁を破った奴はいねえ……」
「はい、その防壁の外部記憶拡大ユニットが吉田俊平の正体です」
誠は戸惑っていた。カウラもアイシャも今ひとつネネの言う言葉が理解できずに黙り込んでいる。
「外部記憶拡大ユニット?まるで携帯端末みたいなものね」
ようやくアイシャが口を開いたが、その言葉にネネは静かにうなづいたまま再び冊子をのぞき見ている要に目をやった。
「携帯端末には足も手もないだろうが、それじゃあ情報収集を人力に頼らなきゃならねえ。だが吉田は当時開発されたばかりの義体の存在を利用することを考えた……いや、考えたのは奴を開発したプログラマーか?」
「はい、当時東和国防軍には一人の天才プログラマーがいました。彼は完全に自立し、拡張をし続ける情報収集システムの開発に従事していた。その名を『吉田俊平』と言います」
ネネの言葉に要は静かにうなづいて冊子の見開きを開いてテーブルの中央に投げた。
そこにはこの前まで誠達の前で自虐的な寒いギャグを連発していた男の写真があった。多少頬がこけ、目の周りにクマが浮かんでいる以外はその人そのものと言えた。