殺戮機械が思い出に浸るとき 127
「ねみーよ」
「自業自得でしょ。昨日は意味もなくはしゃいで飲みまくって……付き合わされるこちらの身にもなってよ。第一要ちゃんは義体なんだから不眠ぐらいなんともないでしょ?」
不機嫌そうにカウラのスポーツカーの助手席にふんぞりかえる要の一言にただカウラと誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。文句を言っているアイシャもいつもの様子とは断るようで、誠の腿に当たる足は貧乏ゆすりを続けていた。
「吉田少佐が何を考えているのか……」
のろのろと走る小型車を軽いハンドルさばきで交わしながらカウラがつぶやくのに誠も静かにうなづく。
「ネネに聞けばわかるんじゃねえか?」
「随分と信用しているじゃないの……連れの義体使いは疎開でお留守番というような札付き。信頼していいの?まあ費用は要ちゃん持ちだから私の気にすることじゃないけど」
アイシャの言葉に合わせるようにして車は新港へ向かう国道から農村の中に一見不釣り合いにある白壁の建物の前の駐車場に乗り入れた。
「ここか?」
カウラはそれだけ言うとガラガラの駐車場の一番建物に近い区画に車を止めた。何も言わずに要はそのままドアを開けて下車する。アイシャは誠の顔を見て苦笑いを浮かべるとそのまま要の座っていた座席を倒して長い脚から春の日差しの中へと立ち上がった。誠も窮屈な体勢のままというのもバカらしいので慌てて社外へ飛び出すように足を伸ばした。
瀟洒な白壁に囲まれた南欧風の建物の周りは新芽が伸び始めたバラが見える。
「相変わらずこういうことの趣味はいいのね」
アイシャはそう言いながら白い壁の中に浮き上がって見える黒い扉へと向かっていった。三人は黙ってそのあとに続いた。
静かに開かれた扉にアイシャが吸い込まれていくのに誠達も続く。
「ご予約の……」
「西園寺だ」
アイシャを押しのけるようにして要が口を開くと、初老のギャルソンはそのまま細い通路を歩き始めた。
「本当に慣れたものね、昨日の酒は……」
「うるせえ」
アイシャの茶々に苦虫を噛み潰したような顔を見せただけで要はギャルソンに連れられて雄大な東北山脈の山々が連なって見える大きな窓の席へとたどり着いた。
「待っていたわよ」
すでにその席には先客がいた。足元にリュックを置いて少し迷惑そうな視線をギャルソンに向けるネネ。ギャルソンはあえて無視するように要の席の椅子を引いた。それを合図とするように若い女性の店員が現れてアイシャの椅子を、そして二人が座ると今度は誠とカウラの着席を促すべく椅子を引いた。
四人が席に着くとギャルソンは西園寺に静かに目をやった。
「しばらく……待ってくれないかな。用事ができれば呼ぶ」
「わかりました」
よそ行きの要の優しい言葉にギャルソンと女の店員は静かにうなづいてそのまま通路へと消えていった。