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殺戮機械が思い出に浸るとき 126

「ネネ……」 


 オンドラはサングラスを傾けながら珍しく通信端末のキーボードを叩きつづける少女の背中に声をかけた。


「報告書。今日中に仕上げないと仕事の報酬がもらえないわよ」 


 小さな手の前のキーボードの接続を示すランプが消えているのを見てオンドラはため息をついた。そのまま手を伸ばして接続をしようとするがネネは鋭い視線でそれを遮った。


「オフラインでこのまま印刷するのよ。端末の処分の予約も頼んでるから」 


「アタシの仕事は終わりってわけかい?」 


「そうね、あなたは租界から出られないものね。豊川から新港。中間点の横川あたりで西園寺のお嬢様にレポートを解説付きで渡す。そのセッティングをお願いできるかしら」 


 それだけ言うとネネはまた素早いタッチでタイピングを再開した。オンドラは呆れたというようにただ首を振りながらその場を後にする。


「殺人機械が殺人機械の大量殺戮を阻止しようとしている……なんだか不思議」 


 そう言って笑みを浮かべる自分の姿を罪悪感というものがわずかに残っているらしいオンドラに見られたらどう思われるだろうか?ネネはそれを想像して少しばかり自分の存在が吉田に近しいものであることを改めて認識していた。


 未来が見えて得をしたことと損をしたこと。どちらも何度となく経験し、この星が乱れ傾く様をただ予知したまま何もできないできたような気がしている自分が今回は多くの人の命を救うことになるかもしれない。


 ただそのことにも特に感慨は無かった。


 孤児として放浪し、預言者と呼ばれて畏怖と尊敬を集めていた時代も人々はネネの力にしか関心を持たなかった。同じようにネネも次第に出会う人に対する関心を失っていった。


 いくつかの見えた未来の中からその場で適した言葉を場当たり的に並べてそれなりの供物を得る。遼州動乱期にはそれが食物だったが今では電子口座に暗号化された預金データとして振り込まれるようになったのが唯一の違いだった。そういう意味では今時珍しく札束、しかも未使用のドル札ばかりを押し付けてきた要の頼み方はネネには興味深いものだった。


 彼女は最初から要の依頼は受けるつもりでいた。最近の素人交じりのシンジケートの仕事を受けるのに必要なボディーガードに雇ったオンドラのフラストレーションは限界に達しているようで、なにがしかの事件に出会わなければ要らぬ騒動に巻き込まれるのは目に見えていたし、因縁の深い嵯峨惟基の姪の仕事というのも興味がひかれた。それに東都戦争で鳴らしたとはいえただの暴力馬鹿のお嬢様から報酬を巻き上げて逐電してみせるというのも退屈な日常を打ち壊すのにぴったりだと思っていた。


 そんな彼女だが、要から札束を手にした途端、いつもの既視感が脳を駆け巡った。


 それは邂逅ともよべるものだった。赤い色と黒い色の液体がまじりあうさまが見えた。黒い液体は時折電子的な光を放ち、赤い液体は艶のある光を放ちながら黒い液体に溶けていった。


 そして次の瞬間、巨大な光が金属製の板に突き立てられる場面が思い浮かんだ。


『この仕事を受けると……退屈はしそうにないですね』 


 軽い気持ちで要に答えていた自分を大昔のことのように思い出していた。


「偽善なのはわかっているの。でも……」 


 ネネはためらうことなくキーボードを叩きつづけていた。



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