殺戮機械が思い出に浸るとき 121
隊長室の前に付くと早速ドアノブに手を伸ばそうとする要の前をカウラが遮った。
「礼というものがある」
ただそれだけ言うと無表情にカウラはノックをする。
『おう! どうせベルガー達だろ! 』
相変わらずのやる気のなさそうな声にカウラは肩を落としながらドアを開いた。
「どうだ? ずいぶん片付いたろ? 」
誠達が部屋を見回す前に嵯峨が叫ぶ。いつも見慣れた書類と銃の部品の散乱した隊長の執務机とは別物のように磨き上げられてそれらしく見える机と何もない部屋に誠達はただ言葉もなく黙り込んでいた。
「あれだ……公安の連中が俺のことを嗅ぎ回ってるからな……近々任意の取り調べってことになるかも知れないからな。そうなると鑑定を頼まれてる品が心配だ。物の価値も知らない連中のことだ。下手をして傷つけられたらたまったもんじゃねえから片付けた」
「簡単に言うけど……あれじゃねえのか? また茜の奴を使ったんだろ? 」
苦笑いを浮かべる要。
「まあ……門前の小僧、習わぬ経を読むって奴でね。アイツも餓鬼のころから俺の事務所で骨董の類を見る眼もあるし、そう言う品を専門に預かる業者にも顔が利くしな」
「かわいそうな茜ちゃん」
いつもはこういう時には黙っているアイシャですら同情の言葉を吐く。美術品運搬の専門業者がこの部屋に鎮座していた嵯峨に鑑定や極め書きを頼んだ品を運び去っただけには見えなかった。軍の連隊長クラスのそれなりに威厳のある机に不釣り合いな使い込まれた万力を初めとした嵯峨の趣味とも言える拳銃のカスタム用の部品や工具まで部屋から消えている。
さらにいつもなら歩く度に巻き上がる金属粉も、べっとりと染みついているガンオイルの汚れすらぱっと見た限りどこにも存在しなかった。
「この部屋を三日かそこらで一人で掃除……」
「一人じゃ無理だな。茜と……つきあいで渡辺。それに叔父貴のカスタムの秘密を盗みたいと言うことでキム……さらにはそのつきあいでエダ……四人がかりならなんとかなるだろ? 」
要の推測に嵯峨は満足げに頷く。
「当りだ……少しはモノが見えてきたみたいだねえ……叔父として心強い限りだが……」
そこまで言うと嵯峨は胸のポケットからマイクロチップを取り出す。
「脇が甘い……あれだろ? 租界の『預言者』に吉田の情報を探らせているらしいじゃねえか……しかも出してる金額聞いたら……呆れたよ」
嵯峨は哀れむような視線を要に向けたままどっかりと隊長の机に腰を下ろした。