殺戮機械が思い出に浸るとき 120
「隊長! 」
誠の突然の呼びかけに頭を掻きながら嵯峨は面倒くさそうに振り向いた。
「今回の演習……」
「ああ、予定通り。なんにも起きないよ」
あっさりとそれだけ言うと嵯峨は再び隊長室に歩き始める。
『聞くだけ……無駄だよな』
さすがに嵯峨という人物が分かってきた誠はそう思い直すと奥の女子更衣室から要達が出てくるのを待った。
「おう、暇そうだな。待ちぼうけか?」
再び暇そうな人物が誠の前の医務室のドアを開いて現われた。小太りの眼鏡、浅黒い肌がどう見ても部隊の誰とも一致しない個性を持っている男。
「ドム大尉。出撃前の健康診断とかは……」
「健康診断だ? そんなものをしなくたってお前等はみんな健康だろ? それとも何か? 日々の訓練はあれは飾りか何かか? 」
不機嫌そうに呟くドムにただ誠は頭を掻く他無かった。
「そう言うわけでは無いんですが……データをとるとか……」
「戦闘が人に与えるストレスのデータなんざ16世記くらいから集められてるんだ。今更俺が何をしろって言うんだよ。それに法術絡みとなれば俺はお役ご免だ。その点ならヨハンあたりに聞くのが一番だろ? 」
「ええ、まあ」
尤もな発言に誠はただ黙るしかない。
「まあ、あれだ。帰還後はみっちり検査の予定が入ってるからな。こう言うのは始まる前より終わった後が大事なんだ。いくら技術が進んでも、うちの整備の連中ががんばっても宇宙放射線の影響やら反重力エンジンから発せられた素粒子の遺伝子に与えたダメージやらの計測はヨハンの手にはあまるからな。覚悟しとけよ」
それだけ言うと出て来たときと同じく突然のように扉を閉めて医務室に閉じこもる。
「何が言いたかったのやら……」
「待たせたな」
考え込んでいる誠の背後からカウラの声が響いた。驚いて振り返る誠の前に苦笑いを浮かべる要と口笛を吹いて余裕の表情のアイシャの姿も目に入ってきた。
「さあ、小言でも食らいに行きますか! 」
やけに張り切ったようにそう言うと要はすたすたと隊長室目指して歩き始める。誠も重い足取りでその後を静かに付けていった。