殺戮機械が思い出に浸るとき 110
「乱れねえ……あれか? いきなりスカートをこうして……」
ネネのスカートに手を伸ばそうとしたオンドラの頭を思い切りよくネネははたいた。
「それで道が開かれるなら別にこの文字を読む必要は無いんじゃないですか? 偶然で大体の片が付く」
「違えねえ」
オンドラはそう言うとそのまま先頭に立ってホールのようになった道を引き続き歩き続けた。すぐにそれは行き止まり、小さな穴が開いた壁に突き当たった。
「ここか……」
ただ静かにオンドラは壁に手を擦りつける。よく見ればそこには裂け目があった。
「この穴はマイクですね。そうなると」
ネネは迷うことなく継ぎ目にナイフを突き立てようとするオンドラを押しのけた。
「『ネルアギアス!』」
一言、はっきりとそう言ったネネ。オンドラはしばらく呆然と何が起きたか分からないようにネネを眺めていた。
すぐに結果は現われた。微動だにしないと思われた継ぎ目がぎりぎりと拡がり、人が一人通れる程度の隙間が生まれた。
「おいネネ……何をした? 」
「何をって……見ていませんでしたか? 」
「見てたけどさあ。何なんだよ! 」
ただ疑問ばかりが頭に押し寄せて混乱しているように見えるオンドラに静かにネネは笑いかけた。
「そうですね。これは遼州文字と古代遼州語の知識がないと分からないことですから。まず、この文字を書いた人……まあ十中八九この奥で私達を待っている吉田俊平なんですが……彼が要求していた知識はまず遼州文字が読めることでした」
「まあな。そう書いてあった」
ネネの窘める口調に少しばかり苛立ちながらオンドラが吐き捨てるようにそう言った。その様子に満足げに頷くと続いてネネは先ほどの文字の辺りを振り返った。
「古代遼州語で『乱れ』とは何か? そして『心』に関係する言葉は何か? それを知っている人ならば答えは一つ、『ネルアギアス』という単語になります」
「だからその『ネルアなんとか』がなんで『乱れ』で『心』と関係するんだよ! 」
明らかに不機嫌に呟くオンドラ。ネネは静かに言葉を続けた。
「遼州の民……一説には五十万年前にこの星にたどり着いたと言う話ですが……彼等はこの地にたどり着くと同時に文明を捨てて青銅器の世界に回帰しました。彼等は人の心のある力が自分達を滅ぼしかねないと思ってその力を放棄することを誓ったんです。その為、後の現在でも遼南の山岳地帯の少数民族などが使っている現遼州語ではその力を指す言葉……『ネルアギアス』が『乱れ』という意味で使われています」
「言語学のお勉強か? アタシはご免だね! 」
「尋ねてきたのはオンドラさんですよね。それに私はあなたの雇用主です。今後のことも考えて最後まで聞いていただきますよ。『ネルアギアス』とは古代遼州語では『技術』と言う意味なんです。彼等は技術が人を滅ぼすと経験し、この星で原始に戻った……まあそうなった理由までは私も分かりませんが」
それだけ言うとネネは不機嫌そうに腕組みをしているオンドラを置いて洞窟を奥へと歩き始めた。