殺戮機械が思い出に浸るとき 107
しばらくネネの動作を思い出しながら自分が崖を登るのが精一杯だったオンドラが上を見上げたとき、すでにネネは二十メートルほど上の頂上に這い上がろうとしているところだった。
「これじゃあアタシがお客さんだねえ」
ただ苦笑しながらオンドラは必死になって崖を登り続ける。軍用と銘打っていた義体を闇で手に入れたオンドラ。地球製と闇屋は説明していたが出所なんて掴みようがない闇物資に生産地名など記録されているはずもなかった。半年に一度、その闇屋とつながりのある民生用義体メーカーのエンジニアのチェックをしてはいるが、彼等の扱う民生用の義体とオンドラの軍用義体とでは構成される部品の精度からしてまるで違うものでそのチェックが意味のあるものだったのかとオンドラは急激に体内の人工筋肉内に蓄積されていく疲労物質を関知するシグナルを頭の中で受け止めながら苦虫をかみつぶすように表情を変えた。
「ふう……」
なんとか重い体を崖から引き上げたオンドラを涼しい顔でネネは待ち構えていた。
「これからはあなたのお仕事……」
「ちょっと待ってくれよ」
「なんですか? 」
表情一つ変えずに本心から不思議そうにオンドラを見つめるネネ。
「もしかして疲れているんですか? 一応あなたは……」
「言いたくはねえがこの体のスペックじゃこれまでの行程は無理があったってことだ。やはり専門の技師のチェックが必要な程度の代物らしい」
「それならより気合いを入れてこれからの仕事にかからなくてはなりませんね。今回の仕事が成功すればおそらくは西園寺のお嬢さんは定期的に私達に仕事を回してくれるでしょう……しかも破格の条件で」
「確かに……」
反論をする元気もオンドラには無かった。体内プラントが正常に機能していることを確認しながらオンドラは出来る限り体を動かさないように背負っていた重いバッグを地面に置いた。そして静かに目の前にぽっかりと口を広げた洞窟に目をやる。
「まるで……ファンタジーの世界のダンジョンの入り口みたいな雰囲気じゃねえか? 」
「それなら時代は中世ヨーロッパの世界観で作られているでしょうが……」
ネネはオンドラの軽口を聞き流しながらそのまま洞窟の脇の雪の中に手を入れた、オンドラは気になっていたがネネは手袋はしていない。それでも平気で雪の中から笹の枝を取り出すとそのままむしる。
「こうして……焼け焦げた跡がある……おそらく爆風によるもの」
オンドラはパイプ状の鉄をバッグから取り出しながらネネの手にある笹の端が炭化している様を確認した。
「トラップか……だろうね。そうなるとアタシを連れてきた理由がよく分かる……それにしてもネネ。あんたは凄いよ。あんたが船まで登山用具を持ってきておきながら置いて行った理由がよく分かったわ」
「褒めているんですか? 」
「いや、呆れてるんだよ」
それだけ言うとオンドラはパイプ、アサルトライフルの銃身を機関部に組み込む作業を止めてそのままバッグの奥から箱状のケースを取り出して地面に置いた。