殺戮機械が思い出に浸るとき 104
「本当に6時間で帰ってきてくれよ……」
「分かったって言ってるだろ!」
心配そうな表情の船長を怒鳴りつけながらオンドラは背後からゴムボートを引っ張り上げる。軍用の軽量かつ搭載量の多いゴムボートの存在はこの船がまともな漁をする船ではない事実をオンドラ達に思い知らせる。一人で軽々とそれを持ち上げるオンドラにネネは不器用に手を貸そうとする。
「一応、あんたは雇い主なんだから……」
珍しく裏のない笑みを浮かべたオンドラはそのまま目の前の荒れる海にボートを投げた。浮かぶボートに足下の大きめのバッグを投げ、そのまま舳先に縛られたロープをたどって上手い具合に乗船するオンドラ。
「手を……貸してください」
「預言者もさすがにこんな船に乗るのは初めてかねえ」
皮肉を込めながらネネの手を取るオンドラ。ネネは小さな体でひょこりとボートに飛び移る。軽い船体が小さなネネを受け止めただけでも大げさに水しぶきを上げた。
「6時間過ぎたら超過料金……」
「くどいってんだよ! 」
船長を怒鳴りつけたオンドラはそのまま船体の後ろにあった小型の推進器で船を陸地へ向けた。
「全く……金がいくらあっても足りねえや……経費の精算の時に苦労するな」
「まあオンドラさんは通常のルートは使えないですからね。私だけで良ければ航空料金と宿泊費だけで済むんですが……」
ネネの重い口調で自分がお尋ね者だったことを思い出してオンドラは黙り込むとそのまま船を遠くに見える黒い砂に覆われている浜辺へと向けた。
「吉田俊平……そのオリジナル。こんな僻地に住んでいるとはねえ……国家元首の暗殺なんてことを何度となくやるような凄腕だぜ……なにを好きこのんでこんな寂しい場所に住んでるのやら」
「それは本人に聞いてみないと分からないことですよね。それに……これから会う初めての生きた吉田俊平が本物の吉田俊平とは限らない……」
浜辺を見つめたまま曖昧に笑いながらネネが呟く。オンドラは不可解そうな顔をしながらそれ以上話を続けずにただ船を進めた。
海流の関係か、波の割に船は滞ることなく一直線に浜辺に進んでいく。オンドラが振り返るとすでに彼女達が後にした漁船はもう点にしか見えなかった。オンドラは大きくあかんべーをするとそのまま船を浜辺にぶつけるように進めた。
「ちょっと待ってな……」
ジーンズが濡れるのも躊躇せずにオンドラは浜辺の膝ほどの深さの水に飛び降りる。ネネが周りを見回すが、氷結が解けたばかりの海峡を見渡す丘には深い雪が残っているのが見える。生身の人間であればその冷たさから無事では済まないだろうと言う状況の中でオンドラは文句も言わずにそのままネネが濡れずに上陸できる地点まで船を引きずってくれる。
「優しいんですね……」
「なあに、金のためさ」
淡々とそれだけ言うとネネが船を下りたことを確認したオンドラはそのままゴムボートを引きずって浜辺の奥の岩陰へと歩いて行った。