殺戮機械が思い出に浸るとき 101
「相手は塀の向こう側の住人ですよ……書面の上での身元なんてわかったって意味が無いでしょ」
そうため息をついた後、岡田はキーボードを軽く叩く。画面の下に文章が表示される。
「周りじゃあ『オンドラ』と呼ばれているらしいですが……まあ偽名でしょ。南アフリカ製の特注義体を使用しているって触れ込みだが……」
「南アフリカ? ギルバート・オーディナンス社は倒産したはずでしょ」
「そう、どれも噂の範疇でしかない。まあ租界のアウトローにはらしい経歴ですよ。主に銃器を使った荒事を得意とする奴で人柄に関するデータにはどれも『金にがめつい』とある。まあ金の使い道は心得ているみたいですねえ……逮捕歴が無いですから」
「租界じゃ金こそが正義だもの」
苦笑いの安城を見てそのまま岡田は端末の画面に振り返る。そしてそのままキーボードを連打し始めた。
「ただ、気になったのは金に汚い女ガンマンがなぜ莫大な成功報酬を取る一流の傭兵に興味を持ったのか……情報を依頼する相手にしちゃあ俺が見たこいつの情報収集能力は中学生並みってところだ」
「世間知らずの金持ち? そんな知り合いがいるような人物かしら? 」
首をひねる安城を予想したように岡田がキーボードを叩く手を止めた。
「確か……保安隊に胡州西園寺家のご息女がいましたよね」
「ああ、西園寺大尉ね。……! 」
何気ない岡田の言葉に安城の表情が急変する。その様子を読んでいたかのように岡田が満面の笑みで振り返った。
「あのお嬢様は四年前まで陸軍工作局勤務だったはず……胡州の非正規部隊の作戦行動のデータを引き出すのはかなりのリスクがありますが……」
「あの娘……確か東都戦争に参加したって公言してたわよ」
「これでつながった訳だ! 」
安城の言葉を聞いて岡田は大きく伸びをすると最後の仕上げというようにキーボードに手を伸ばす。そこには再び一般向けの大手検索サイトが目に飛び込んできた。
「こういうところはさっきの物騒なサイトと違って危ない情報には検閲が入って載らないようになっているわけですが……」
岡田は素早く『吉田俊平』と打ちさらに除外条件を入力して選択する。数件の情報が画面に表示される。
「この選ばれたデータ。すべてがあのオンドラが覗いたサイトだって言うんだから……」
「吉田俊平はトラップを外して回っているの? 」
「おそらくは……良い仲間が自分を捜しているからそれに協力しているんでしょうね……奇特な奴だ」
岡田は弱々しい笑みを浮かべて再び端末の画面に目を向けた。