表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/103

武将 古田織部 第89話 三成失脚と家康の影

慶長四年(1599)。

伏見の空気は、秀吉の死から一年も経たぬうちに、

まるで別の時代へ滑り落ちるように変わっていた。

豊臣家の中枢では、

石田三成が孤立し、

武断派の武将たちが声を荒げていた。

「三成は戦を知らぬ」

「殿下の威光が消えた今、あやつに従う理由はない」

「家康殿に任せるべきだ」

その声は、

伏見城の廊下を満たす“新しい空気”だった。

織部は、その空気を静かに吸い込んだ。

(……三成殿は、整いすぎておる。)

三成は、秩序を信じる。

正しさを信じる。

形の整った政治を信じる。

だが──

整ったものは、時代の風に弱い。

織部は、

三成の孤立を“必然”として見ていた。


ある日、伏見城に怒号が響いた。

加藤清正、福島正則、黒田長政──

武断派の武将たちが三成を糾弾し、

三成は城を追われた。

「三成はもう終わりだ」

「これで豊臣の世も変わる」

「家康殿に任せるしかあるまい」

その声は、

もはや隠そうともしなかった。

織部は、

その騒ぎの中を静かに歩いていた。

(……豊臣の“中心”が崩れた。)

秀吉の死で空白になった天下。

三成の失脚で、

その空白はさらに深くなった。

そして、

その空白を埋める影がひとつだけあった。


家康は、

声を荒げない。

兵を動かさない。

命令もしない。

ただ、

「困ったら来い」

「話を聞こう」

とだけ言う。

その“無色透明の空気”が、

伏見に静かに広がっていた。

色も、匂いも、形もない。

だが、

確実に人を吸い寄せる空気。

織部は、その空気の変化を誰よりも早く感じ取っていた。

(……家康殿は、美にも派手さにも興味はない。

 だが、私の“位置”には興味を持つお方だ。)

秀吉に認められた織部は、

豊臣の側に立っている。

だが、

その“位置”が揺れ始めていた。


三成失脚の報せが広がると、

茶の湯の世界にも波紋が走った。

「誰に仕えるべきか」

「豊臣か、家康か」

「宗匠はどう動くのか」

茶室の静けさの奥で、

人々の心はざわめいていた。

織部は、

そのざわめきを冷静に見つめていた。

(……美では動かぬ。

 面白さでも動かぬ。

 動かすのは、時代の流れだ。)

利休の美はすでに消え、

秀吉の美も消えた。

残ったのは、

政治の大きな流れだけ。

その流れが、

織部の茶室を巻き込み始めていた。


その夜、

織部は伏見の自邸で、

灯火の揺れを見つめていた。

(……わしの“位置”が揺れておる。)

秀吉に認められたゆがみの美。

宗匠としての立場。

豊臣の側に立つという“位置”。

そのすべてが、

家康の無色透明の空気に溶かされつつあった。

(……これは、前兆だ。)

美が政治に巻き込まれる前兆。

織部が“勝つ側”を選ばざるを得なくなる前兆。

そして──

その選択が、

後の破滅へとつながる前兆でもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ