武将 古田織部 第103話 切腹命令
大坂夏の陣が終わり、
豊臣家が滅びたその翌月。
伏見の空気は、
戦の熱を忘れたように静かだった。
その静けさの中で、
ひとつの足音だけが、
やけに重く響いた。
江戸からの使者だった。
「古田織部殿。
江戸よりの御沙汰にてござる。」
使者は深く頭を下げ、
巻物を広げた。
その声は、
驚くほど淡々としていた。
「古田織部──
豊臣方と内通。
切腹を申し付ける。」
屋敷の空気が、
一瞬だけ止まった。
だが、
織部の表情は変わらなかった。
むしろ、
どこか納得したように、
静かに目を閉じた。
(……来たか。)
使者が去ったあと、
織部は庭に出て、
夏の名残の風を受けた。
(……口実よ。)
豊臣と通じていないことなど、
家康は誰よりも知っている。
だが、
織部の美が“秩序を揺らす”ことも、
家康は誰よりも理解していた。
ゆがみ。
破調。
奇妙な線。
不均衡。
それらは、
庶民の間で広がり、
時代の空気を揺らしていた。
揺れを嫌う家康にとって、
それは“危険”だった。
(……わしの美が、時代に合わぬだけ。)
それが、
本当の理由だった。
織部は、
庭の石に腰を下ろし、
空を見上げた。
夏の雲が、
ゆっくりと流れていく。
(……これでよい。)
利休の時代と、
秀吉の時代と、
家康の時代のあいだに立ち、
揺れを作り続けた者の終わり。
それは、
悲劇ではなく、
物語の自然な結末だった。
(……わしの終わりも、悪くない。)
織部は、
乾いた笑みを浮かべた。
その笑みは、
恐れではなく、
諦めでもなく、
ただ、
時代の流れを面白がる者の笑みだった。




