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自由の世界で、とある異邦人の夜想曲を  作者: 凪兎
第一章 「Andante」
9/9

9. 見立て人




Cadenza(カデンツァ)』。 店の看板には、そう書いてあった。

取ってを握って、少しだけ重たい扉を押す。

入口から中を見渡すが、武器らしいものはひとつも無い。


横長のテーブルの両側に、ソファが2つ置いてある。後は観葉植物や棚、パソコンの乗った大きなデスクがひとつ。

お店という感じはしない。どことなく、部屋の雰囲気は校長室に似ているような気がする。


試すようなことをする、少しだけ怖そうな店主。

ここに着く少し前に、フィユキーが俺に言った言葉だ。

正直めっちゃ怖い。ちょーガタイのいいサングラスをかけたヤンキーみたいな人が出てきたらどうしよう。

話せる自信がない。


俺がおずおずと中に入ると、人の気配を感じたからか、階段から女性が登ってきた。

タバコを吸っていたみたいだ。少しだけ、焦げ臭い馴染みのある匂いがする。


「フィユキーじゃないか。今日は何用だい?」


彼女がフィユに気づくと、キリッとした目が少し和らいだ気がした。

フィユは俺の後ろから1歩前に出ると、優しく微笑んで答えた。


「お久しぶりです、リゼさん。武器を作って貰おうと思って」


「武器を?…ああ、その隣の子の。あんたも冒険者?」


彼女は背筋を曲げて、俺の同じ目線に立った。

彼女の鋭い目が、俺の目の奥を覗き込むように細められる。少しだけ、怖いと感じた。何か気に障るようなことをしただろうか。


思わず肩を跳ねさせると、彼女は軽快に笑った。


「安心しな、取って食ったりしないよ。すまないね、あたしは目つきが悪いんだ」


「い、いえ!俺の方こそすみません!えっと、俺は恋です。さっき冒険者になったばかりで…」


「恋か。あたしはリゼ=ベルンだよ。この武器屋の店主をしてるんだ」


どこか、違和感を感じた。

それがなにかは、はっきりと分からない。


その違和感につまづいてるうちに、彼女から「よろしく頼むよ」と手を差し出された。

俺は慌ててその手を握り、挨拶を交わす。その様子を見ていたフィユは、少しだけ安心したような顔をしていた。


「とりあえず、そっちのソファに座りな。ゆっくり話でも聞こうじゃないか」


リゼさんはソファを指差した。

2人とも違和感を感じないみたいだし、きっと俺の気のせいだったのだろう。

フィユの後に続いてソファに座ると、リゼさんは対面のソファに座った。


「2人ともコーヒーは飲めるかい?」


「俺は大丈夫です。れんれんは?」


「あ、俺も飲めます!」


「それは良かった。――えみ!コーヒーを3つ淹れておくれ!」


リゼさんが部屋の奥に向かって声をあげる。すると、奥から小さく「は〜い」と間の抜けた声が帰ってきた。

リゼさんだけじゃなくて、他にも働いている人がいるんだ。

その方向を見てぼーっとしていると、リゼさんは足を組んで話を切り替えた。


「とりあえず、あんたの役職と属性から聞こうか」


「えっと、役職は『Breaker』で、属性は幽奏です」


「『Breaker』?聞いたことのない役職だねぇ」


リゼさんは検討もつかないような顔をした。

俺は彼女に冒険者協会で聞いた『Breaker』のことについて話す。

一通り説明を終えると、彼女は納得したようにソファの背に肘を置いて「なるほどな」と呟いた。


「あんた含めて、世界でたった2人だけか」


「はい。だから、よく分かっていなくて…」


「クエストは?行ってみたのかい?」


「えっと…」


「まだです。とりあえず今日は一式を揃えて、明日簡単なものから受けに行ってみようかと」


リゼさんの質問に俺が戸惑っていると、代わりにフィユが答えてくれた。

機転を利かしてくれたみたいだ。ありがたい。

彼女は少しの間目を伏せた後、ゆっくりとフィユを見た。


「フィユキーは武器について、どう考えてる?」


「俺は……剣、だと思います」


フィユが静かにそう答えた。

服屋から出たときにもしていた、表情で。


「役職についてはまだまだ分からないことが多いけど、一番しっくりきたのは、剣だったから」


彼女はただ1つ、「そうかい」と静かに呟いた。

緊張感が走る。果たして、俺に似合う武器は何なのか。

ごくりと唾を飲んだ。その音が、やけに大きく聞こえる。


「……恋は――」


「――お待たせしました〜」


リゼさんが俺の名前を呼びかけた時、パタパタと小走りをする足音と、先程の女性の声が聞こえた。

ソファから身をよじらせて、その方向を見る。

トレーの上に3つのコーヒーカップを乗せて、1人の少女がこちらに向かっていた。


「コーヒーです。熱いのでお気をつけて〜……あっ」


彼女が躓き、トレーがぐらりと揺れる。


「ちょ、ちょっと待っ――」


危ない。

俺は反射的に立ち上がり、彼女を支えようと手を伸ばした。その時――


――がたん。


俺の足が、ソファの足に引っかかった。


「いだっ!?」


「おっととっ」


トレーが、ぐらりと揺れる。

彼女は何とか体制を立て直したみたいだが、俺は無様に倒れて恥をかいてしまった。


めっちゃ強くぶつけた…じんじんする……。

地面にぶつけた鼻を抑えながら体を起こし、心の中でそう呟く。


「だ、大丈夫!?」


「す、すみません〜……!」


すぐにフィユが駆け寄ってきて、俺が起き上がるのを手伝ってくれた。

えみと呼ばれていた少女もトレーを慌ててテーブルに置いて、ペコペコと何度も頭を下げる。

そんな心配の声とは裏腹に、軽快な笑い声が聞こえた。


「あっはっは!どんくさいねぇ、恋は!」


……なんか、ちょっとむかつく。

俺が唇を尖らせると、えみと呼ばれていた彼女は、「あれ?」と首を傾げた。

えみさんは俺をじっと見つめて、驚いたように呟く。


「今、あなたのお名前……」


「えみ」


リゼさんが、彼女の名前を少しだけ低い声で呼ぶ。

ぴたり。とえみさんの動きが止まった。


「?えっと…名前が、なんですか…?」


「あっ、いえいえ〜。お怪我はありませんか?」


彼女はおっとりとした表情に戻ると、立ち上がった俺の服の汚れを叩いてくれた。

お礼を言うと、彼女はにこにこと笑う。


突然の出来事で、さっきまでなにについて話していたかを忘れてしまいそうだ。

俺とフィユがソファに座り直すと、えみさんはカップをひとつずつ配り始めた。


「本当にすみません〜。私、少しだけドジなものでして…」


「まあ、今日はこけなかっただけマシだねぇ」


「えへへ、今日はいい調子なんです〜」


リゼさんが面白がるように言うと、えみさんはサイドにまとめた茶色の髪を、人差し指でくるくると回しながら得意気に微笑んだ。


いや、どこがだよ。と思わずツッコミそうになる。

まあ、ドジを踏んだのは俺も同じだし、そう強くは言えないのだが……。


そう考えていたのも束の間。

えみさんはなにかを思い出したように呟く。すると、トレーを持っていない手でスカートの裾を持ち、ぺこりとお辞儀をした。

アニメでよくみるお姫様みたいな、上品でお淑やかなお辞儀に、本当に先程までの彼女なのかと疑いたくなる。


「自己紹介が遅れてすみません〜。私、えみと申します。ここではリゼさんのお世話係兼アルバイトとして働かせてもらっています〜」


彼女はこちらをみて穏やかに微笑んだ。

俺が「よろしくお願いします」と返すと、彼女は小さく頷き、スカートの裾を下ろし姿勢を正した。

そんなえみさんをみて、リゼさんはなにか言いたげにソワソワとしている。


「おいおい、えみ。あたしはあんたにお世話係された覚えはないよ?」


「えっ、そんなことないですよ〜。家事全般私がしてますもん」


彼女達はまるでいつもの事のように言い合っている。それに、少しだけ肩の力が抜けた。

俺がフィユを見ると、彼はこちらの視線に気づいたあと、苦笑する。

彼女達の会話がヒートアップしそうなところを見限って、彼は話を切り出した。


「あの、リゼさん。さっきの続きの話をお願いします」


「ああ、そういえば武器だったね」


リゼさんは何ともないかのようにけろりと言い放った。これがこの人達の日常なのだろうか。

少しだけ気後れした。


リゼさんは目を瞑り、味わうかのようにコーヒーを飲む。

それを真似するかのように、俺もカップに手を伸ばした。


コーヒーの香りが、ふわりと鼻をくすぐる。カップに口を付けて一口飲むと、苦みがじんわりと口の中に広がった。


コーヒーはたまにしか飲まないが、それでも美味しいと感じた。

でも、俺には少し苦すぎるかも。いつも甘めのを飲んでるからかな。

カップを置いて、備え付けてあるコーヒーフレッシュを入れて、木のマドラーでゆっくりとかき混ぜた。


「さっきの話の続きだけれど、武器について、恋はどう考えているんだい?」


「…えっと……剣、ですかね……?」


彼女に問われて、言葉を詰まらせる。

正直のところ、よく分からないのだ。俺には何の武器が合っているのか。

彼女は見透かしたような瞳で、俺を見つめる。


「質問を質問で返してどうする。まだ分からないのなら、正直にそういえばいいんだ」


「……よく、分かんないです。俺、武器のこととか、色々、分からないことだらけだし……その、武器によって何が違うのかも、全く……すみません…」


「……まあ、そうだろうね」


……ん?そうだろうねって、どういうこと?

俺が困惑していると、彼女はまたコーヒーを一口飲み、目を細めた。


「ここに来るのは大体そういう冒険者ばかりなんだよ。あんたがフィユキーに頼りきってるのもバレバレ」


「…え、ちょ、あの。じゃあなんで?」


「試したのさ」


リゼさんがカップを片手に口角を上げる。


「あんたがどこまで、''自分を立てられる奴''なのかをね」


「……自分を、立てられる……?」


そう言われて、ふとフィユの言葉を思い出す。


―――試すようなことをする人。


あの時の言葉は、こういう意味だったのか。

横目でフィユを見る。彼は何も言わずに、リゼさんを真っ直ぐと見ていた。


「あんたのことも、大体分かったからね。そういう素直な奴は、嫌いじゃない」


リゼさんはそう言ってカップを置くと、立ち上がった。

俺を見下ろし、出会った時、彼女が登ってきた階段を後ろ指す。


「おいで。あんたの武器を作ってあげよう」


彼女の言葉に、隣に立っていたえみさんがくすりと微笑んだ気がした。






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