7. Nocturnus
『Breaker』。
それが俺の役職だ。日本語で言うと――破壊者、だろうか。
色々壊したり、出来るのかな。
でも扱いは難しそうだ。
俺が頭を悩ませていると、フィユは本の文字を真剣に見つめる。しばらく見つめたあと、彼はくすくすと笑っていた。
思い出し笑いだろうか。そういえば、と彼がぽつりと呟いた気がした。
「フィユ、どーしたの?」
「いや、ほんとに『Breaker』なんだ。って思って。態々探してくれてありがとうございました」
「いえ。私もこの目で『Breaker』のマークを見るのは初めてだったので、とても嬉しかったです。それでは、役職についてのご説明をしたいところですが…」
彼女は目を逸らし、口ごもった。
どうしたんだろうか。俺が首を傾げると、フィユは苦笑した。
「詳しいことが判明してないんですよね」
「はい…お力になれず、申し訳ありません…」
「か、顔を上げてください!冒険しながら、見つけてくんで!大丈夫です!」
彼女が肩を落とし、ひどく落ち込んでいるようだった。俺は慌てて彼女をフォローする。
そうか、俺以外にも1人しかいないんだ。その人からの情報がないと、冒険者協会も判断できないよな。
しばらく俺が彼女を励ましていると、彼女は眉を下げて微笑んだ。
「お気を遣わせてしまい申し訳ありません。では、最後にギルド登録について、ご説明いたしますね」
彼女は後ろに置いていたもうひとつのトレイを持ち、カウンターに置いた。
長方形の形をしたそれは、トレイには ひとつしかない。俺とフィユでひとつ、ということだろうか?
そんなことを考えていた時、彼女は俺に向けて説明を始めた。
「これはレン様のものになります。冒険者となった方には、無償でヘルメスを配布するようになっています」
ヘルメス。それがこの国のスマホらしい。
どうやら、触れることでその人の本質を見抜いた形に変化していくらしい。
参考にフィユのヘルメスを見せてもらったが、彼のは水色が基調となっており、所々に雪結晶が散っている。
シンプルだけど、それがフィユの性格を表しているみたいで、どこか親近感が湧いた。
その人の本質を見抜く、というのは本当なのだろう。
中には色々な機能が備わっていて、連絡はもちろん、検索にかければこの世界にある本をいつでも見ることが出来るそうだ。
ほかにも、地図、冒険者証、バッグ、カメラなど、様々なものが用意されていた。
便利だなぁ。連絡を取れるだけでもありがたい。万が一フィユとはぐれてしまっても、これがあれば合流することができるだろう。
俺がホッとしていると、彼女が声をかけてきた。
「それではレン様、よろしくお願いいたします」
「あ、はい!」
俺はそっと、ヘルメスに触れた。ひやり、と冷たい感触が指先を伝う。
けれど次の瞬間、内側から何かが弾けるような感覚が走った。
――ぱきん。
小さな音が、確かに鳴った気がした。
長方形の板だったはずのそれが、小さな光を発して、ゆっくりと色を変えていく。
墨を流したような深い黒。その中に、淡い紫が滲んだ。
その後、ふわりと空間に小さな光の粒が舞う。
それは音符だった。
八分音符、ト音記号、見たことのない歪な記号。
それらが、まるで風に乗った花びらのように、俺の周囲をくるりと回る。
「……すごい」
俺はその光景に、目を輝かせた。
この協会に来てから、キラキラしていて珍しいものばかり見ている。
光が溢れる光景はさっきも見たはずなのに、いつまでも楽しいという感情が抜けきらなかった。
音符たちはすぐに溶けるように消え、すべてがヘルメスの中へと吸い込まれていく。
最後に残ったのは――黒。
けれどただの黒じゃない。
深い夜のような色。その奥で、かすかに紫の音符が浮かび上がっている。
「……れんれんっぽいね」
フィユが小さく笑う。俺は、ただそれを見つめていた。
胸の奥で、またあの低い音が鳴る。ずれるような、歪むような。
でも、不思議と嫌じゃない。
「これが……俺の、ヘルメス」
黒い画面に映った自分の顔は、少しだけ楽しそうだった。きっと、この先の未来に、胸を弾ませているのだろう。
早く帰らなければならない。それは本心だが、方法を見つけるまでの彼との旅を楽しみたいという気持ちも、本心だった。
「とても素敵なヘルメスですね!こちらは冒険者バッジになります。ギルドランクはフィユキー様のランクに合わせ、Eランクからのスタートとなります」
彼女からバッジを渡され、俺はそれを見つめる。
照明が当たり、キラリとそれは輝く。
「無くさないようにしてくださいね。無くしてしまったら、ランクの更新ができないので」
「はい!」
俺はそれを握りしめ、彼女へ笑いかけた。
彼女はつられて微笑むと、次にカウンターへ1枚の紙とペンを置く。
紙には、『ギルド名』。そして『メンバー』と書かれていた。
そういえば、俺はどうしてこの世界の言葉が分かるんだろう。
あっちでは見たこともないし、聞いたこともない言語だったはずなのに…不思議と、頭が理解している。
それも、転移による影響なのだろうか。
「れんれん」
「あ、な、なに?」
フィユから声をかけられハッとする。彼はこちらの様子を伺っているようだった。
まあ、細かいことは気にしないでおこう。
俺はにっと笑って、ギルド名の案を彼に尋ねた。
「ギルド名って、なんか本格的だ!フィユはどんなのがいいと思う?」
「えっと……そうだな」
フィユは一瞬だけ視線を落とす。
そして、こちらを不安げな瞳で見つめた。
「……『Nocturnusノクターナス』っていうのは、どうかな?」
「ノクターナス…なんか、かっこいい…!俺、それがいい!それにしよ!」
聞いたことがない言葉だけど、響きがかっこいい。そう率直に感じた。
俺が目を輝かせてそう言うと、彼は目をシパシパと瞬かせる。
そして、手をあわあわと動かし、慌てるように聞いてきた。
「え?い、いいの?本当に?れんれんの案は?」
「いーよいーよ!だって、カッコイイじゃん!」
「!…そっか、ありがとう」
俺がそう答えると、フィユは安心したように微笑んだ。
「どういう意味なの?」と尋ねれば、彼は懐かしむように、自分のネックレスを見つめ、答えてくれた。
「昔、俺の父さんが入ってたギルドの名前なんだ。夜の、とか…夜に属する、っていう意味があるらしい」
「へぇ、夜かー…!なんか夜の支配者って感じがする!フィユのお父さんから受け継いだこのギルド名、大切にしないと!」
「…うん、そうだね」
フィユは小さく頷いた。
その瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
彼はペンを持ち、紙にすらすらと文字を書いていく。
その手馴れているような仕草に、思わず尊敬してしまう。
「それでは、ギルド登録はこれで完了です」
彼女はフィユが書いた文字を右から左へと確認して、にこりと笑った。
「……冒険者、か」
バッジを見つめ、呟く。
まだ実感はないけど、胸の奥が少しだけ高鳴った。
「また、クエストを受けに何時でもいらしてくださいね。冒険者協会は、お二人の冒険が良いものになることを祈っております!」
俺とフィユは顔を見合わせたあと、揃って破顔する。
そのまま彼女へ笑いかけ、「ありがとうございます」と2人で頭を下げた。
彼女に手を振り、俺らは協会の外へ出る。
扉から漏れる太陽の光の眩しさに目を細めながら、俺らは次の目的地について話し合った。
「次はどこに行くの?」
「そうだな…とりあえず、服屋に行こっか」
フィユが通りの向こうを指さす。
そこには、外のショーケースに服が飾ってある大きな店があった。
――――――――
カランカラン。という鈴の音と共に店の中に入る。
シャンデリアのような照明に、大きな古時計。服がズラリと並べてあって、たくさんの人がいた。
いかにもファンタジーという服で溢れている。
見たことないデザインもあって、選ぶのが大変そうだ、と頬をかいた。
そのまま、俺はフィユに冒険者専用のフロアに案内される。
彼はこちらを振り返り、尋ねてきた。
「れんれんはどんな服がいい?」
「え?」
そう言われて、体が固まる。
やばい、全然考えてなかった。どうしようか…。
俺が頭を捻っていると、彼はへらりと笑った。
「急にそんなこと言われても困るよね。とりあえず、れんれんがこの服良いって思ったのを見つけよっか」
「性能も大事だけど、見た目も大事だもんね」と彼は微笑む。きっと、俺がそういうことについて詳しくないからという気遣いだろう。
大変ありがたい。フィユは本当に優しいな。
心の中で彼に拝んでいると、フィユは辺りを見渡していた。
そして、奥の方を指差して言った。
「俺、あっちの方見てくるよ。れんれんもいろいろ見て回ってて」
「分かった!また後でね」
彼は頷き、奥の方へ歩いていった。
「…どうしたものか…」
きっと、フィユもあっちで俺に似合いそうな服を探しに行ってくれたんだろう。
自分のことはしっかりしないと。彼ばかりに頼ってはいけない。
俺は並べてある服を見つめ、厳選を始めた。
「…こっちの世界の服が似合うかも問題だよなぁ」
俺は目の前に掛けられている服を手に取る。
革のジャケット。
マント付きのローブ。
動きやすそうな軽装鎧。
どれもかっこいい。けれど、ひとつ問題がある。
「……高くない?」
値札を見て、思わず小声が漏れた。
冒険者用の装備だから当然なのかもしれないが、俺の感覚からするとかなり高い。
そっと服を元の場所へ戻し、腕を組む。
「うーん……」
というか、俺ってどんな戦闘スタイルになるんだろうか。
フィユと同じ剣士?それか、魔法系?
素手は…流石にないか。やはり、無難に考えて剣だろう。
フィユはどう考えているのかな。
俺が悩んでいる、その時だった。
「君、ルーキー?」
突然、後ろから声がかかる。
振り返ると、そこには琥珀色の髪と真っ赤な瞳を持った青年が立っていた。




