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自由の世界で、とある異邦人の夜想曲を  作者: 凪兎
第一章 「Andante」
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5. 静かな刃



扉を開けた先には複数人の冒険者がいて、各々話をしているみたいだった。

受付へと進むフィユの後ろをついて行きながら、俺は辺りを見渡した。


お酒らしきものを飲んでいる人もいる。カウンターのようなものが奥にあるし、飲食つきなのかもしれない。

ほとんどが男性で、女性はあまりいなかった。


俺たちに気づいた何人かがこちらをみて、こそこそと話をし始める。


―――貶されている。そんな気がした。

理由は分からない。でも、好意的じゃない視線なのは確かだった。なんにせよ、あの表にいた人たちも、きっとそういう意図があったのだろう。


「れんれん」


名前を呼ばれてハッとする。

フィユが受付の前に立って微笑み、俺のことを手招きしていた。

それにどこかほっとする自分がいる。

俺は隣に並び、受付にいる女性とフィユの会話を聞いた。


「こんにちは。今回はどのようなご要件でしょうか?」


「れんれんの冒険者登録をお願いします。それと、ギルドの申請を」


「はい、承知しました。お名前をお伺いします」


「フィユキーです。こっちは…」


「あ、えーっと…」


…これ、フルネームでいいのかな?

でもフィユみたいに困らせちゃうかもしれないし…うーーん……。

俺が悩んでいると、フィユは困ったように笑う。そして、彼女に告げた。


「レンです。お願いします」


「!お、お願いします!」


ありがとうフィユ…!

そう心の中で思いながら、彼へアイコンタクトをとる。

フィユは優しく微笑んで俺に頷いた後、彼女へ軽く頭を下げた。

俺もつられて彼を真似すると、彼女はにこりと笑った。


「フィユキー様とレン様ですね。それでは準備をいたしますので、少々お待ちください。準備が出来ましたらこちらでお呼びします」


彼女は紙に名前を書き上げると、一礼して奥の扉へ消えていった。

凄いなぁ、ちゃんと手続きとかするんだ。

俺がそうひとりで考えていると、フィユから軽く肩を叩かれた。


「れんれん、こっち来て」


言われるがまま彼のあとをついていく。

その後、彼が止まった視線の先には、2つの大きな看板があった。

それぞれにたくさんの紙が貼られてあって、A、C、とアルファベットが表示されている。

もしかして、これが…


「クエストだよ。左側がソロクエストで、右側がギルドクエスト。俺たちは今日からギルドクエストを受けられるようになったんだ」


「ギルドクエスト…!なんか凄い…!」


一気に冒険者って感じがする。俺が目を輝かせると、彼は俺の反応を見て楽しそうに笑った。


「個人でやる分にはソロクエストも受けられるよ。自分の力量を確かめるために受ける人も多いみたい。ただ、ギルドクエストと比べると難易度が低いんだ」


「難易度って、あのAとかCとかのやつ?あのランクまでいかなきゃ受けられないのかなぁ」


「そういうわけではないよ。ただ推奨として書いてあるだけ」


「へぇ、じゃあどれを受けるかは自由なんだ…」


フィユは俺の言葉に頷くと、次にギルドクエストを指さして説明をしてくれた。


「ギルドクエストは2人以上で受ける分、難易度も報酬もソロより高くなってるんだ。それと、ソロにはない魔獣討伐もあるよ」


「魔獣って、あのダンジョンの?」


俺が首を傾げると、「ちょっと違うかな」と彼は答えた。

どう説明すればいいか悩んでいるみたいだ。珍しく悩んでいて、彼の新鮮な姿を見られたことに、どこか嬉しくなる。

パチリと目が合うと、彼は照れ臭そうに頬をかいて笑った。


「そんなに見られると、なんか恥ずかしいな」


「ご、ごめん!なんかフィユって物知りってイメージだから、珍しくて、つい…」


「ふふ、別に謝らなくていいよ。ごめんね、普段誰かに説明とかしないから、そういう専門知識には疎くて。冒険者としてのことなら分かるんだけど」


「えっと、でもダンジョンの魔獣とは違うってことだよね?」


「うん。ダンジョンの魔獣は……なんて言うんだろう、

魔力で作られた存在、って言えばいいのかな。

手応えやらなんやらはあるけれど、でも生きてるわけじゃなくて……多分、ダンジョンのエネルギーみたいなもので作られてるんだと思うんだけど」


ああ、そういえば―――あの時も、パラパラと崩れて消えてしまっていた。生きてるわけじゃないから、ああなってたのかも。

こっちの世界で言う、プログラムみたいなものなのかな。

俺が感心しながら聞いていると、彼は難しそうにしていた顔を綻ばせ、苦笑した。


「ごめん、やっぱり説明が難しいや。まあでも、本物の魔獣はダンジョンの魔獣よりも強いよ」


「うげっ、あれよりも…?」


倒せるようになるのかなぁ、俺も。全然想像つかないけど。

俺が顔をしかめると、彼はくすくすと笑った。


「冒険者協会でやることが終わったら、服と武器を買いに行こっか。れんれんも、バレないようこっちの世界の服を着てた方がいいかも」


「でも俺お金もってないよ?」


「俺が出すから大丈夫だよ」


え。と思わず声を上げてしまう。

彼は首を傾げ、「どうしたの?」と尋ねてきた。

いや、流石に買ってもらうのは、してもらい過ぎてるんじゃないだろうか。


「買ってもらうのは悪いよ、高いだろうし…!」


「気にしなくてもいいよ。それに、武器に関しては少し贔屓してもらってる店があるんだ。…俺なりのれんれんへのお礼。だから、受け取ってくれると嬉しいな」


お礼?なんのお礼なんだろう。俺何もしてないけど…。

でも、今の俺には何も買えないし、有難く頂いておこうかな。

また冒険者になってお金が溜まったら、ちゃんと返そう。

俺は彼に微笑み、お礼を言った。


「ありがと、フィユ!」


「どーいたしましてっ」


フィユは嬉しそうに、ふわりと笑った。

すると――


「なぁ、あんたら」


後ろから声をかけられる。

振り返ると、そこには先程俺たちを見てなにかこそこそと会話をしていた人達がいた。

もしかして、俺が異邦人なのがバレたとか…?

そう不安になっていると、フィユが俺の少し前に立ち、庇うように彼らへ応じてくれた。


「すみません、邪魔でしたね。すぐにどきます」


「そうじゃなくてさ。あんたに用があるんだけど」


男の冒険者はフィユを指さした。

さっきまでガヤガヤと賑わっていた冒険者協会の中が、一気に静かになる。

どこか不穏な風を感じた。


「最近この街で、剣の腕がいい若いのがいるって話、聞いたことあるか?」


彼の視線は、フィユだけに向いていた。値踏みするみたいな、いやな目。


「風の噂だけどな。ダンジョン帰りに、妙に静かな剣を振るう奴がいるって。まあでも、役職とは違うことをしてるみたいだけどなぁ」


彼はそういうと不敵な笑みを浮かべ、フィユを見た。

何故か俺の心臓が跳ねる。ごくりと唾を飲んで、うるさい心臓を抑えた。

今1番危うく感じているのはフィユの方なのに、なぜか俺まで不安になってしまう。


フィユ。と俺が小さく名前を呼ぶと、彼はこちらを振り返り、安心させるように笑った。

その後、男の方を向き、静かに答える。


「さあ、聞いたことないです。剣が上手い人なんて、この街にはたくさんいますし」


「……へー、じゃああんたはルーキーってことか」


その視線が、今度は俺にも向く。


「1人はEランク、もう1人はなんも知らねぇルーキーか…正直いってさ、」


鼻で笑う音が聞こえる。こちらを見下す、嫌な視線。


「お前らに、まともなクエストが出来るのか?」


周りの冒険者たちが、ニヤニヤと笑い始める。

誰も止めない。むしろ、面白がっている。

それがこの場所の“空気”なんだと、嫌でも分かった。


むかつく。なんなんだ、初心者狩りか?

それに、Eランクとか言うけど、フィユはすごく強いし…!

きっと、さっき男が言っていた『噂の人物』を否定したから、態度を変えたのだろう。

本当は、その人が目の前にいるのに。


それでも尚、フィユは表情を変えなかった。


「ご忠告ありがとうございます。ですが、クエストを受けるかどうかは、俺たちが決めるので。それでは」


「は?」


その一言が、男の気に障ったらしい。


「ずいぶん余裕だな。ルーキーってのはな、先輩の言うことを聞くもんだって知らないのか?」


男の顔が歪んだ。その瞬間――


彼の手が、フィユの腕を強く掴んだ。


「……っ」


ほんの一瞬。フィユの眉が、かすかに歪む。

俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

ギチギチと、彼の腕が軋んでいる。きっと強く握られているのだ。


「フィ――」


「大丈夫だよ、れんれん」


フィユは静かにそう言って、俺を制した。

それから男をまっすぐ見返す。


「離してください。ここは、そういう場所じゃないでしょう」


その声は低く、落ち着いていて。

それが、逆に気に触ってしまったのだろうか。さっきよりもいっそう男の顔が歪んだ。


「ルーキーのくせに何指図してんだ?俺らに歯向かうってこと、どういう意味がわかってんだろうな」


腕を握る手が、よりいっそう強くなる。

また、フィユの眉が歪んだ。

俺はいつの間にか、男の腕を掴んでいた。


「…なんだよ、お前」


「れ、れんれん、俺は大丈夫だって…」


「…でも、でもさ…!友達を悪く言われて、傷つけられてる…それで怒らない人なんかいないだろっ!!」


男を睨みつけ、そう声をあげる。

フィユは目を見開き、息を飲んだ。

男はしばらくこちらを見つめたあと、ふん、とまた鼻で笑った。


「ルーキーのくせに、ずいぶん吠えるじゃねぇか」


その言葉に、胸の奥で何かが切れた。


「ルーキー狩りとかさ」


俺は笑う。怒りを込めて、挑発するように言った。


「なにダサいことしてんの?強いって言うなら、ちゃんと強い相手とやれよ。…ルーキー狩りとかほんと、カッコわる」


周囲が、ざわりと揺れる。

次の瞬間。男の視線が、完全に俺に向いた。


「……調子に乗るなよ、ガキ」


男はフィユから手を離し、こちらを睨みつける。

男の手が、次は俺に伸びかけた。


「やめて」


低く、はっきりした声だった。その声の主は、紛れもないフィユで、今まで聞いた事のない声に、思わず体が固まった。


男の腕を掴んでいるわけでもない。

剣に手をかけているわけでもない。

ただ、静かに、男を見ている。


「それ以上は、許さない」


たったそれだけの言葉に、空気が、変わった。

男の動きが、止まる。

仲間たちも、言葉を失ったみたいに黙り込む。


フィユの表情は、穏やかなままだった。


けれど、その目だけが、



――さっきまでとは、まるで違う。



胸の奥が、少しだけ、ざわついた。




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