4. 一緒に
静かに泣き続ける彼の返事を、俺は待ち続けた。
フィユキーの冷たかった手は、少しだけ温かくなっている。
ふと考える。どうして彼は泣いたのだろうか――
俺と一緒にいるのが嫌だったという可能性は大いにある。嫌われてるみたいだし、お荷物だし。なんなら、何も出来ないし。
助けた義理で、ついでに。ということもあるだろう。
けれど、フィユキーの性格を考えれば、何となくそんな気はしなかった。
それにしても――どうして、か。
話しにくいから、あんな表情をして話していたのかと思っていたが、見当違いだった。
彼はずっと、孤独と戦っていたのだ。
長い間独りだなんて、俺には耐えられない。きっと、寂しくて、辛くて。狂ってしまいそうになる。
…ずっと、ずっと頑張ってたんだな、フィユキー。
「…ねぇ、れんれん…」
「…あ、なーに?」
彼が小さく、ポツリと俺の名前をつぶやく。
考え事をしていたからか、気づくのが遅くなり慌てて反応する。
「…本当に、いいの?俺、まだれんれんに…」
「フィユキーがいいの!俺にとっては、フィユキーが仲間になってくれるのなら願ったり叶ったりだから」
「…あははっ」
彼は少しだけ、困ったように笑う。
何か変なことを言ったかな?俺がそう不安にしていると、彼は俺の手をぎゅっと握り返した。
「君ってば、本当に物好きな人だね」
「!…んふふ、褒め言葉として受け取っとくね!」
俺の言葉に、彼は息を飲む。そして、俯いていた顔を上げ、こちらを見つめてきた。
涙のせいで、少しだけ赤く腫れている目元。でも、彼の目にはもう、涙が溜まっていなかった。
覚悟を決めたような、何かを決心したようなまっすぐな瞳だ。
「…ありがとう。これから、よろしくね!」
フィユキーは、ふわりと花が咲くように笑う。
その笑顔に、思わず口角が上がる。そして、俺も彼につられて笑っていた。
「俺の方こそ!」
祝福するように蝶がひらひらと舞い、その鱗粉は、まるで優しい光のように俺たちを包み込んだ。
「――そうだ、フィユ!」
「フィユ?」
「うん!フィユキーが俺のことをれんれんって呼んでくれるみたいに、俺もあだ名で呼びたい!友達って感じがするっ!」
「!…フィユ…フィユか…ふふっ」
――――いいね、それ!
あれから暫く歩き続けた俺たち。
俺が最初に出会った魔獣に会うことも、危険なことが起きることもなく、無事にダンジョンの出口へ着くことができた。
外の眩しい光が、俺たちを照らす。
「ここが出口。この先に行けば、ダンジョンの外だ」
彼はそう言って、「行こう!」と前へ歩き出した。
俺もその後を追って、その光へ飛び込む。
あまりにも強い光に、俺は思わず目をつぶってしまう。
コンクリートを踏むような感覚に気づき、ゆっくりと目を開けた。
その先には―――
「……すっっ…げぇーー!」
綺麗な青空が広がっていて、至る所に花が咲き誇っていた。
澄んだ空気が爽やかな風となり、草木を揺らす。
まるで俺たちを歓迎しているかのような、夢みたいな光景が広がっていた。
俺は目を輝かせ、はしゃいだ。少しだけ前へ走ると、坂で隠れていた街が顔を覗かせた。
街はすごく大きくて、お城の塀みたいな高い壁が、そんな街をぐるりと一周囲っている。
フィユはくすくすと笑いながら、はしゃいでいる俺の隣へ立つ。
そして、街の方向を指さした。
「あれがメルカトルシティ。別名を、商人の街って言うんだ」
「商人の街?たくさんものが売ってあるの?」
「そうだよ。食物に、機械に…服や防具なんかも売ってる。そうだなぁ…まずはあそこ、冒険者協会を目指そう」
彼は街の中心にある、赤い屋根と緑色の縦長の旗が下がった広そうな建物を指さした。
どうやら、あの緑色の旗が冒険者協会の目印らしい。
俺たちは坂をくだり、街の入口を目指した。
――――
ガヤガヤと賑わっている街。
フィユが言った通り、いろんな屋台があって、色んなものが売られていた。
でも、食べ物は全部見たいことの無いものばかりで、肉すらも少しだけ形が歪だった。
困惑している俺を見て、フィユは楽しそうに笑っていた。
街の人は色んな服装をしていて、その中には獣人もいた。
多種多様な人々が、みんな楽しそうに笑ったり話したりしている。
そういうところは、日本とはあまり変わらないのかもしれない。
「れんれん、あそこ見て」
「んー?…あれは…」
彼が指さす方向には、人混みが出来ていた。
あの中心で、なにか行われてるみたいだ。
「行ってみよう!」と彼はそこへ駆け出す。俺も慌てて追いかけた。
後ろからだと、あまり何が起きているかが分からない。
ただ、観客の歓声が聞こえるから、凄いことをしているのかも。
俺が観客の間から何をしているのか見ようと背伸びをして顔を出していると、袖を引かれた。
「れんれん、こっち」
どうやら、隙間を見つけたみたいだ。
俺とフィユなら、何とか通ることができるだろう。
俺らは人混みをかき分けながら中心へと近づく。
「よっと…れんれん、」
「ありがと!」
先に出たフィユに手を伸ばされ、俺はその手を掴む。
彼が引っ張ってくれたため、俺は人混みから出ることが出来た。
顔を上げ、何が行われているかもよく見る。
すると、そこは沢山のキラキラで溢れていた。
「うわぁっ…!」
ピエロの格好をした人が、ジャグリングをしながらパフォーマンスをしている。
サーカスみたいだ。すごい、こういうの初めて見た。
俺が感動していると、フィユは嬉しそうに微笑んだ。
「あれはミラージュ・パルス。こういう街中でたまに行われてるんだ」
「ミラージュ・パルスかー…!すげー…!」
一瞬で目を奪われるような、キラキラしてて見るだけでワクワクするような、そんな気持ちになれる。
バックで軽快に流れている音楽も、それに合わせてピエロが踊るのも、観客の心から、楽しさを引き出そうとしてくれているようだ。
「気に入って貰えたなら良かった。れんれんの世界にも、こういったイベントとかあるの?」
「うん、あるよ!俺の世界ではサーカスに近いかも。あーやってピエロがクラブを投げたり、空中ブランコとかしたり。見たことないから、どんな風なのかはあんまり伝えられないけど」
「へぇ、サーカスか…見てみたいな、俺も」
「じゃあ、俺が元の世界に帰れる方法を見つけたら、次は俺の世界と行き来できる方法を探そ!そしたら、フィユもこっちの世界に来れるし!」
俺がそう言って笑いかけると、彼は柔らかく微笑んで頷いた。
暫くミラージュ・パルスを見たあと、俺らは人混みの外へと出た。
楽しかったなぁ。また見たい。
先程の光景を思い出して、そう考えていると
「――ママー!見えないよー!」
「うーん…今日は見れそうにないねぇ…我慢しよっか。また今度見に来よう?」
「やーだーー!今見たいのー!!」
親子の会話が耳に流れてくる。
小さな女の子は駄々を捏ねていて、母親は困ったように女の子をなだめている。
母親は妊娠中なのだろう。少しだけお腹が膨らんでいた。
俺が足を止めると、フィユはそれに気づいたのか歩くのをやめ、俺に声をかけた。
「れんれん?どうしたの?」
「…あの女の子、見れてないみたい」
「あぁ…場所取りは早い者勝ちみたいな風習だし、さっきみたいに人と人との間を抜けられなきゃ、前にはいけないかもね」
「小さい子だと怪我しちゃうかも」と彼は心配そうに告げた。
うーん…なにか力に慣れればいいけれど…
「…」
人混みの高さを見るに、俺の身長+20cmといったところだろう。
あの子の身長なら、肩車すれば見れるかも。
俺は親子の方向へと向きを変え、駆け寄った。
「すみません、ちょっと良いですか?」
「はい?なんでしょうか」
「さっきから見えなくて困ってるみたいだったので…俺が肩車すれば、見えると思うんです!お母さんがよければ、してあげてもいいですか?」
「えっ!いーの!?みたーい!!」
「こら、人様に迷惑をかけちゃダメでしょ!」
「えー!?でもーー!!」
「大丈夫ですよ、俺こう見えても力持ちなんで!お子さんなら軽々できると思います!」
ガッツポーズをして、ニッと母親に笑いかけると、彼女は女の子をみて困ったように微笑んだ後、こちらをみて優しく頷いてくれた。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「やったぁーっ!!お兄ちゃん!!」
「ありがとうございますっ!よーし、じゃあちゃんと捕まっとくんだよー?」
俺はかがんで、女の子を肩車して立ち上がった。
「たかーいっ!」とはしゃいでくれる女の子の声を聞いて、俺まで嬉しくなってしまう。
すると、フィユがこちらに近づいて、心配そうに声をかけてくれた。
「れんれん、大丈夫?」
「大丈夫!俺ちょっとこのこと見てくるから、フィユはお母さんと一緒にいて!」
「ママー!!いってきまーすっ!」
「行ってらっしゃい」
手をヒラヒラと振ってくれる彼女と、呆れたように肩をすくめながらも、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいるフィユを後に、俺はまたミラージュ・パルスを見に向かった。
―――
「おにいちゃーーん!!ありがとーーっ!!!」
「ありがとうございました」
手を振ってお礼を言ってくれる彼女達に手を振りながら、俺らはすっかり人混みがなくなってしまった広場を後にする。
「れんれんはお兄さんって感じだね」
「リアル長男だからね〜♪」
俺が胸を張ると、彼は小さく吹き出し、楽しそうに笑った。
その後も街の雰囲気を楽しみ、歩き続ける。
そしてついに、俺らは冒険者協会の前へ到着した。
間近で見ると、とても大きくてすごく華やかな作りだった。外のベンチには、冒険者らしき人達も座っている。談笑していた彼らは、俺たちに気づいたのかこちらをみる。
――その瞬間、風が止まった気がした。
けれど、違和感を感じたのはその一瞬だけで、彼らはまた何事も無かったかのように談笑を続けた。
…気の所為、だろうか?
「れんれん」
俺がそう考えているうちに、フィユは冒険者協会の扉の前へと移動していたようだ。
名前を呼ばれてハッとする。彼はこちらをみて、微笑んだ。
「中へ入ろう」
そんな彼の笑顔に、何故かほっとしていた。
うん。と俺は頷き、彼の横へ立つと扉を押した。




