3. 隣に立つ資格
フィユキーの後を追い、ダンジョンの外を目指して歩き続ける。
俺たちの周りを蝶がひらひらと舞っている。その様子を眺めながら歩いていると、彼はふと思い出したように振り返り、声をかけてきた。
「そうだ、さっきの質問に答えるね」
「さっきの質問?」
「どうやって倒したか、っていうやつ」
彼はそう言って、「そんなに難しいことじゃないけどね」と柔らかく微笑んだ。
そういえば、混乱していて自分が何を口走ったのかも曖昧だったが、そんなことも言った気がする。
彼は俺の横に並ぶように歩幅を合わせ、進行方向を見つめながら話し始める。
「まず、この世界には冒険者協会っていう組織があるんだ。そこで冒険者登録をすると、クエストを受けたり、役職を与えられたりできるんだ」
「クエスト?」
「冒険者なら誰でも受けられるよ。こういうダンジョン攻略とか、人探しなんかもね。全部にランクがあって、基本的には自分のランクに合ったクエストを選ぶんだ」
なるほど。
そうやってお金を稼いだり、生活したりするんだろうか。
感心しながら聞いていると、フィユキーは俺の反応をちらりと見て、少しだけ楽しそうに笑った。
「もしハエレシスタウンに行きたいなら、冒険者になってギルドを作るのが一番いい方法かな」
「ギルド?グループってこと?」
「そう。申請すれば、仲間と一緒に冒険できる。強い人と組めば、難しいダンジョンも攻略できるかもしれないね。ギルドじゃなくても、契約で一時的に仲間になる方法もあるよ」
「なるほど……仲間か」
俺ひとりじゃ、この世界で生きていくのは無理だ。
そう考えると、その選択肢はかなりいいのかもしれない。
もしフィユキーが仲間になってくれたら――これ以上こころづよいことはないだろう。
俺は少し期待しながら、彼に問いかけた。
「ゆきちゃんは?ギルド、作ってないの?」
「うん。俺はあんまり人と馴れ合うのが得意じゃないから」
――そうは見えないけど。
そんな顔をしていたのだろう。彼は気づいたように、少し困った笑みを浮かべた。
「人間関係って、色々あるからね。特に俺は、他の冒険者からあまり良く思われてないんだ」
「え、どうして?」
「……役職が関係してるのかな」
少しの沈黙。
言いにくそうに、彼は視線を前に向けたままそう告げた。
彼が馴れ合いは得意でないと言ってる以上、仲間になるのは難しいかも。
そういえば、役職についてはまだ詳しく聞いていない。
しかも「与えられる」と言っていた。それはつまり、自分で選べないということだ。
「ねえ、さっき役職は与えられるって言ってたよね?それって、自分で決められないの?」
「うん。烙印を使って決めるんだ」
「ら、烙印!?」
思わず声が裏返る。
囚人がでてくるドラマとかでよく見る、熱した鉄で体に押されるあの痛そうなやつが頭をよぎり、背筋を冷たいものが走った。
やっぱり冒険者、やめた方がいいんじゃ――
「そんなに変かな?」
フィユキーは不思議そうに首を傾げた。
「自分の血を少し垂らして、協会が用意した特別な紙に判を押すだけだよ」
「あ……体に直接じゃないんだ」
「体に?」
「い、いや!なんでもないっ!」
完全な早とちりだった。
この世界では、それを烙印って呼ぶらしい。
彼はまだ少し首を傾げていたが、すぐに話を戻してくれた。
「烙印に現れたマークで役職が決まるんだ。見るまでは誰にも分からないよ。そしてその役職に合った仕事をこなすことで、ランクが上がっていく」
「へぇ……ゆきちゃんは、なんの役職なの?」
一瞬、間があった。
フィユキーはわずかに歩く速度を落とし、そして小さく息を吐いた。
「俺は『Commander』。ギルドで指揮を執る役職だよ」
「……え?ギルド作ってないのに?」
「うん。作ってないのに」
彼は自嘲するように笑った。
そういえば、彼は剣士みたいな立ち回りをしていた。俺のことを助けてくれた時も剣を使っていたし――
役職を変えることは、ダメだって決まっている訳じゃないのかな?
俺がそう言いたげなのを察したのか、彼は目を伏せながら話を続ける。
「役職は、ランクを上げるためのものだ 。逆らうこともできるけど、その分ランクは上がらない。ただ、いいと決まっているわけではないんだ。烙印に逆らってるのと同じだからね。そんな俺みたいな人のことを、『烙印の反逆者』って言うんだ」
フィユキーは顔を上げてこちらを見ると、悲しそうに笑った。
「だからあんまりいい目では見られないんだ。それも、俺のギルドを作らない理由に繋がる」
それだけで嫌われているなんて、嫌な目で見られるなんて、そんなの――あまりにも、酷い。
フィユキーはただ、自分のしたいことをしているだけなのに。周りが何か言う必要はないのに。
しかし――客観的に考えれば、そうでは無いのだろうか。
もし俺が最初からこの世界にいて、冒険者になっていたら。
今と違う考えを、フィユキーを否定するやつらと同じ行動をしていたのだろうか。
けれど、こんなに優しい彼がこうして悲しそうに笑わないといけない理由にはならない。
もし、…もし、彼が、本当は誰かと一緒にいたいのなら、冒険したいのなら――
俺はその場に立ち止まる。
彼は俺につられて立ち止まり、「どうしたの?」と俺の心配をしてくれた。
そんな彼の手を両手で掴み、俺は彼に伝える。
「ねぇ、フィユキー!俺と組もうっ!!」
「…え?」
彼はシパシパと目を瞬かせ、呆気に取られているのか口を開けていた。
そんな彼を見つめながら、俺は伝えたいことだけを彼に投げかけた。
「俺、ずっと考えてたんだ。フィユキーが一緒にいてくれたらって!」
「…やめておいた方がいいよ。俺と一緒にいたら、れんれんまで白い目で見られる」
「俺だって異浪人だっ!!!」
俺がそう叫ぶと、彼は大きな瞳をより一層見開いた。
ヤバい、大声を出しすぎた。
俺は彼から手を離して、口を抑える。
少し落ちつこう。俺はゆっくりと深呼吸をして、また彼を見つめた。
「白い目で見られるのは、俺も同じだ。異邦人だし、とゆーかなんも知らないルーキーってことだし…だから、フィユキーのせいにはならない」
「…けど、そんなことしたら、君がいちばん辛い状況に…」
「そんなことないよ?だって、俺にはフィユキーがいるしねっ!」
「!」
俺が笑いかけると、彼は息を飲んだ。
ここで、フィユキーが仲間になってくれても、くれなくても、彼が俺のために色々してくれたという事実は変わらない。
俺には味方がいる。それだけで、きっと乗り越えていけるだろう。
「断ってくれてもいい。でも、俺と友達になって欲しいな。この世界で初めての友達は、フィユキーがいいから!」
「…」
彼は無言のまま、俯いてしまった。
…出すぎた真似をしちゃったかな?
心配になって彼の顔を覗き込むように伺うと、視界に一瞬、ポタリと水滴が落ちていった。
ポタ、ポタ。とその後も雫が落ちていく。
「…フィユキー?」
「…っ……」
涙だ。フィユキーが、泣いている。
さぁーっと冷や汗が俺を襲い、どうすればいいか分からなくて、あわあわと彼の周りを動き回る。
失礼なことを、傷つけることを言ってしまった。
俺は慌てて彼へ声をかける。
「ご、ごめん!嫌だよね、そうだよねっ!?変なこと言ってごめん!!」
「…なんで、……なんで、そんな優しくしてくれるのっ……」
彼は静かに泣きながら、目を擦り、静かにそう呟いた。
声が少しだけ震えている。
…なんで、か。俺は彼の言葉にどう返せばいいか、少しだけ悩んでしまう。
これ以上彼を傷つけるようなことを言ってしまわないか、不安だったから。
でも、今は正直に伝えたい。嘘はつきたくない。
俺に資格があるのなら、俺はフィユキーの隣に立ちたい。
俺は涙を拭う彼の手を優しく包み込んで、微笑んだ。
「フィユキーが、俺に優しくしてくれたから。
…フィユキーがしてくれたことを、俺もしたいだけ」
彼の涙が、ぽたりと俺の手に落ちた。




