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高い跳躍。天井に近い高さの壁を蹴り、勢いを更に倍増させるラウズル。
「これでッ!!」
放たれた矢のような速度で、目の前の石像型の魔物に向かっていく。
人間の倍以上はある巨体。その頭部へと放たれた一撃。
加速度と衝撃、そして金属製の手甲による硬度。それら全てが乗ったた拳は、石像型の魔物の頭部を粉砕した。
どうやら頭部が核となっていたらしい。残された首から下が動きを止め、表面からボロボロと、砂が剥がれ落ちるように崩れていく。
「……マジで、本当の本当の本当に助かりました。ありがとうございますッ!」
言いながら、茶髪の青年──トープは、ラウズルに思い切り頭を下げる。
「困ったときはお互い様ってね。僕も久しぶりに刺激的な戦いができて楽しかったよ。人間相手だと、本気を出すと殺してしまうかも知れないし」
笑顔でさらりと怖いことを言ったが、その最後の一言は、トープの耳を右から左に抜けていったらしい。
「ちょうど体が鈍っていたところだったんだ。良い運動になったよ。それにしても」
言いながら、ラウズルは周囲を見渡す。
「街の近くに、こんなダンジョンがあったなんてね」
隙間なく敷かれた石畳と石壁。
天井には蜘蛛の巣が無数に張っているが、穴も欠けも見当たらない。
「いや、何か最近発見されたらしいです。で、強そうな魔物の痕跡も無さそうなんで、俺達のパーティ……あ、“モグラ団”って言うんですけど、調査の依頼引き受けてみたら」
「あの石像型の魔物に遭遇した、ということだね? 確かにああいう魔物は何も食べないし、排泄物も臭いも出さないけど……」
面映ゆい様子で頭を掻くトープ。
「まあ、全員命に別状はないようで何よりだよ。失敗も経験のうち、経験を活かせるのも命があってこそ、だから」
励ますように微笑むラウズル。それを見るトープの目には、憧れの色が浮かんでいる。
「まったく、なーに目を輝かせてるのよ、ウチのリーダーは!」
トープの背後から突然現れた人影。モグラ団の盗賊、メリッサだ。
「べ、別に良いだろ! 男は強い人に憧れるもんなんだよ! メリッサ、お前だって『イケメンで強くて凄いカッコイイ……!』って言ってたじゃないか」
暴露され、メリッサは慌ててトープの口を塞ぐ。
二名の若い冒険者のじゃれ合い。その様子に、ラウズルは思わず苦笑いを浮かべている。
「それにしても驚いたよ。ギルドの酒場で昼食を摂っていたら、急に窓に何かが映ったんだから」
腕を組みながら、この場所に来ることになった顛末を振り返るラウズル。
「ウチの魔術師──エリクって言うんですけど、アイツのお陰ですよ。しょっちゅう変なガラクタ買ってきたりするんですけど、今回はアレに助けられましたからね。まさかマジモンのマジックアイテムだったとは……」
石像型の魔物に襲われ隠れている最中、マジックアイテムを発動させて助けを呼んだということらしい。
「スマルトさんの素早い判断に感謝、だね。君達も、後でちゃんとお礼を言っておくようにね?」
「はい」
トープとメリッサは、揃って頷いた。
その時、彼らの後方から、こちらに呼び掛ける声が響いた。
「ラウズルさん。こちらの怪我の手当ては終わりました」
離れた場所から歩いてくる少女。ロゼだ。
「傷口はマリーさんの回復で塞いでいただきました。ギリアムさん、骨は折れているようですが、命に別条はないようです。念のため、街に戻った後で医者に診て貰う方がよろしいかと」
「ありがとうロゼさん。僕は他人の手当てをするのが本当に苦手でね、貴女が居てくれてとても助かったよ」
頭を下げるラウズルに、ロゼは一瞬困惑の表情を見せる。
「いえ、当然のことですので……私も腕を固定した程度のことしかしてませんし。ところで、“イェルグさん”は?」
「彼なら、辺りを確認してくるって……あ、戻って来たね」
トープ達やロゼの後方から歩いてくる二つの人影。モグラ団の魔術師・エリクと、話題に上がっていた“イェルグ”だ。
「イェルグさん、どうでしたか?」
「ざっと見て回った限りじゃ、魔物も罠も見当たらなかった。とりあえず、あの石像型のやつ以外に危険は無さそうだ」
ロゼの問いに、イェルグは顎に右手を添えながら答える。
後頭部で一つに纏めた灰色の髪が、静かに揺れる。
「そうか、ありがとう。それじゃあ、一旦街に戻ろうか。ギルドに報告しないといけないしね」
「俺はもう少しだけこの場所を調べておきたい。済まないが、彼らを連れて先に戻っていてくれないか?」
イェルグの発言に、ラウズルは何かを察したのだろう。僅かに訝しんだ表情を見せた。
「それは別に構わないけど……。ロゼさん、念のため付き添ってあげてくれないかな? 万が一があるかも知れないから」
ロゼは静かに頷く。
それを見届けると、ラウズルはモグラ団の面々を連れ、入口の方へと引き返し始めた。
「報告書、よろしくね!」
その言葉を残して。
ラウズルとモグラ団の姿と足音が完全に消えたのを確認すると、イェルグは大きく息を吐く。
そこには、普段と同じ“グレイ”が居た。
「随分と芸達者なのですね」
皮肉混じりの冷ややかな声。ロゼにしても、彼の変貌ぶりに少々思う部分があるのかも知れない。
「貞淑な修道女の皮を被った審問官にお褒め頂けるとは、光栄の至り、だな」
悪意の代わりに、揶揄を含んだグレイの口調。ロゼはそれを、何食わぬ様子を装いながら受け流す。
「ところで、このような場所に調べたいことがあるというのですか? 見た感じ、普通のダンジョン、若しくはよくある地下通路ですが」
ロゼの言葉に、グレイの目付きが鋭くなる。
「おかしいとは思わんのか。これだけのダンジョンが“最近発見された”ことに。それに、あの石像型の魔物、神殿や王城に置かれる部類のものだ。“番人”として、な」
「……意図的に隠蔽されていた、と言いたいのですか、あなたは」
グレイは何も言わない。それどころか、ロゼに背を向け歩き出した。
「どちらへ?」
「ついて来い」
理解出来ないと言いたげな表情を浮かべながらも、ロゼはグレイの後を追う。
生命の気配の無い地下通路に、二つの足音だけが響く。
数分ほど歩いたところで、グレイが不意に足を止めた。
「……此処だ」
言いながらグレイはその場に屈み込む。差し示すように、壁の方を向きながら。
グレイの頭越しに壁を見つめるロゼだが、彼女の目には、何も異変を認めることは出来ない。そこには、ただ石が積まれた壁があるだけだ。
ロゼの戸惑いを尻目に、グレイは腰に着けた小物入れから針金を取り出す。
「この壁の、この石だけ、敷き詰められている間隔が僅かに開いている。他のものは揃っているのにな。少なくとも、経年劣化ではない」
聞かせる気の無い独り言のように呟きながら、先端を直角に曲げた針金を隙間に挿入していく。
徐々に奥へと入っていく針金。人差し指と同程度の長さを送り込んだところで、針金の動きが止まる。
「……やはり、何かあるな」
指先の感覚を針金に集中させながら、奥にある物体に曲げた部分を引っ掛ける。
曲げた先端が“何か”を捉えたことを確信すると、グレイは針金を一気に引き戻した。
ザザッ!
擦れるような音と共に、“何か”の頭が隙間から僅かに顔を出す。
今度は小物入れから鑷子を取り出すと、“何か”の頭を摘み、一気に引き抜いた。
「それは……手帳、のようですが」
“発見されたばかり”の場所には似つかわしくない、明らかに不自然過ぎる代物。
茶色い革が表紙に貼られた、手のひらと同程度の大きさの手帳。
若干古びて、紙が湿気を吸っているが、形自体は完全に残っている。
「こんな場所に、しかも壁の隙間に押し込まれた高級品の手帳。失笑ものの怪しさだ」
言いながら、グレイは手帳を捲る。
数枚の破り捨てられた痕跡。水が染み込み、黄変した跡。
白紙が続く中、最後の頁にのみ、滲んだ文字が記されていた。
走り書きというよりは、なぐり書きに近い文字で、ただ一言だけが。
『スマルト、すまない』




