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冒険者ギルドの掃除人  作者: 沼平 甫
紺青の狼
39/40

2

 高い跳躍。天井に近い高さの壁を蹴り、勢いを更に倍増させるラウズル。

「これでッ!!」

 放たれた矢のような速度で、目の前の石像型の魔物に向かっていく。

 人間の倍以上はある巨体。その頭部へと放たれた一撃。

 加速度と衝撃、そして金属製の手甲による硬度。それら全てが乗ったた拳は、石像型の魔物の頭部を粉砕した。

 どうやら頭部が核となっていたらしい。残された首から下が動きを止め、表面からボロボロと、砂が剥がれ落ちるように崩れていく。

「……マジで、本当の本当の本当に助かりました。ありがとうございますッ!」

 言いながら、茶髪の青年──トープは、ラウズルに思い切り頭を下げる。

「困ったときはお互い様ってね。僕も久しぶりに刺激的な戦いができて楽しかったよ。人間相手だと、本気を出すと殺してしまうかも知れないし」

 笑顔でさらりと怖いことを言ったが、その最後の一言は、トープの耳を右から左に抜けていったらしい。

「ちょうど体がなまっていたところだったんだ。良い運動になったよ。それにしても」

 言いながら、ラウズルは周囲を見渡す。

「街の近くに、こんなダンジョンがあったなんてね」

 隙間なく敷かれた石畳と石壁。

 天井には蜘蛛の巣が無数に張っているが、穴も欠けも見当たらない。

「いや、何か最近発見されたらしいです。で、強そうな魔物の痕跡も無さそうなんで、俺達のパーティ……あ、“モグラ団”って言うんですけど、調査の依頼引き受けてみたら」

「あの石像型の魔物に遭遇した、ということだね? 確かにああいう魔物は何も食べないし、排泄物も臭いも出さないけど……」

 面映ゆい様子で頭を掻くトープ。

「まあ、全員命に別状はないようで何よりだよ。失敗も経験のうち、経験を活かせるのも命があってこそ、だから」

 励ますように微笑むラウズル。それを見るトープの目には、憧れの色が浮かんでいる。

「まったく、なーに目を輝かせてるのよ、ウチのリーダーは!」

 トープの背後から突然現れた人影。モグラ団の盗賊、メリッサだ。

「べ、別に良いだろ! 男は強い人に憧れるもんなんだよ! メリッサ、お前だって『イケメンで強くて凄いカッコイイ……!』って言ってたじゃないか」

 暴露され、メリッサは慌ててトープの口を塞ぐ。

 二名の若い冒険者のじゃれ合い。その様子に、ラウズルは思わず苦笑いを浮かべている。

「それにしても驚いたよ。ギルドの酒場で昼食を摂っていたら、急に窓に何かが映ったんだから」

 腕を組みながら、この場所に来ることになった顛末を振り返るラウズル。

「ウチの魔術師──エリクって言うんですけど、アイツのお陰ですよ。しょっちゅう変なガラクタ買ってきたりするんですけど、今回はアレに助けられましたからね。まさかマジモンのマジックアイテムだったとは……」

 石像型の魔物に襲われ隠れている最中、マジックアイテムを発動させて助けを呼んだということらしい。

「スマルトさんの素早い判断に感謝、だね。君達も、後でちゃんとお礼を言っておくようにね?」

「はい」

 トープとメリッサは、揃って頷いた。

 その時、彼らの後方から、こちらに呼び掛ける声が響いた。

「ラウズルさん。こちらの怪我の手当ては終わりました」

 離れた場所から歩いてくる少女。ロゼだ。

「傷口はマリーさんの回復で塞いでいただきました。ギリアムさん、骨は折れているようですが、命に別条はないようです。念のため、街に戻った後で医者に診て貰う方がよろしいかと」

「ありがとうロゼさん。僕は他人の手当てをするのが本当に苦手でね、貴女が居てくれてとても助かったよ」

 頭を下げるラウズルに、ロゼは一瞬困惑の表情を見せる。

「いえ、当然のことですので……私も腕を固定した程度のことしかしてませんし。ところで、“イェルグさん”は?」

「彼なら、辺りを確認してくるって……あ、戻って来たね」

 トープ達やロゼの後方から歩いてくる二つの人影。モグラ団の魔術師・エリクと、話題に上がっていた“イェルグ”だ。

「イェルグさん、どうでしたか?」

「ざっと見て回った限りじゃ、魔物も罠も見当たらなかった。とりあえず、あの石像型のやつ以外に危険は無さそうだ」

 ロゼの問いに、イェルグは顎に右手を添えながら答える。

 後頭部で一つに纏めた灰色の髪が、静かに揺れる。

「そうか、ありがとう。それじゃあ、一旦街に戻ろうか。ギルドに報告しないといけないしね」

「俺はもう少しだけこの場所を調べておきたい。済まないが、彼らを連れて先に戻っていてくれないか?」

 イェルグの発言に、ラウズルは何かを察したのだろう。僅かに訝しんだ表情を見せた。

「それは別に構わないけど……。ロゼさん、念のため付き添ってあげてくれないかな? 万が一があるかも知れないから」

 ロゼは静かに頷く。

 それを見届けると、ラウズルはモグラ団の面々を連れ、入口の方へと引き返し始めた。

「報告書、よろしくね!」

 その言葉を残して。


 ラウズルとモグラ団の姿と足音が完全に消えたのを確認すると、イェルグは大きく息を吐く。

 そこには、普段と同じ“グレイ”が居た。

「随分と芸達者なのですね」

 皮肉混じりの冷ややかな声。ロゼにしても、彼の変貌ぶりに少々思う部分があるのかも知れない。

「貞淑な修道女の皮を被った審問官にお褒め頂けるとは、光栄の至り、だな」

 悪意の代わりに、揶揄を含んだグレイの口調。ロゼはそれを、何食わぬ様子を装いながら受け流す。

「ところで、このような場所に調べたいことがあるというのですか? 見た感じ、普通のダンジョン、若しくはよくある地下通路ですが」

 ロゼの言葉に、グレイの目付きが鋭くなる。

「おかしいとは思わんのか。これだけのダンジョンが“最近発見された”ことに。それに、あの石像型の魔物、神殿や王城に置かれる部類のものだ。“番人”として、な」

「……意図的に隠蔽されていた、と言いたいのですか、あなたは」

 グレイは何も言わない。それどころか、ロゼに背を向け歩き出した。

「どちらへ?」

「ついて来い」

 理解出来ないと言いたげな表情を浮かべながらも、ロゼはグレイの後を追う。

 生命の気配の無い地下通路に、二つの足音だけが響く。

 数分ほど歩いたところで、グレイが不意に足を止めた。

「……此処だ」

 言いながらグレイはその場に屈み込む。差し示すように、壁の方を向きながら。

 グレイの頭越しに壁を見つめるロゼだが、彼女の目には、何も異変を認めることは出来ない。そこには、ただ石が積まれた壁があるだけだ。

 ロゼの戸惑いを尻目に、グレイは腰に着けた小物入れから針金を取り出す。

「この壁の、この石だけ、敷き詰められている間隔が僅かに開いている。他のものは揃っているのにな。少なくとも、経年劣化ではない」

 聞かせる気の無い独り言のように呟きながら、先端を直角に曲げた針金を隙間に挿入していく。

 徐々に奥へと入っていく針金。人差し指と同程度の長さを送り込んだところで、針金の動きが止まる。

「……やはり、何かあるな」

 指先の感覚を針金に集中させながら、奥にある物体に曲げた部分を引っ掛ける。

 曲げた先端が“何か”を捉えたことを確信すると、グレイは針金を一気に引き戻した。

 ザザッ!

 擦れるような音と共に、“何か”の頭が隙間から僅かに顔を出す。

 今度は小物入れから鑷子ピンセットを取り出すと、“何か”の頭を摘み、一気に引き抜いた。

「それは……手帳、のようですが」

 “発見されたばかり”の場所には似つかわしくない、明らかに不自然過ぎる代物。

 茶色い革が表紙に貼られた、手のひらと同程度の大きさの手帳。

 若干古びて、紙が湿気を吸っているが、形自体は完全に残っている。

「こんな場所に、しかも壁の隙間に押し込まれた高級品の手帳。失笑ものの怪しさだ」

 言いながら、グレイは手帳を捲る。

 数枚の破り捨てられた痕跡。水が染み込み、黄変した跡。

 白紙が続く中、最後の頁にのみ、滲んだ文字が記されていた。

 走り書きというよりは、なぐり書きに近い文字で、ただ一言だけが。

『スマルト、すまない』


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