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冒険者ギルドの掃除人  作者: 沼平 甫
連続扼殺事件
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独白③

 目深に被った外套のフード。布地の隙間から見えるのは、かつて何度も通った道。

 声が聞こえてくる。街の人々が遠巻きに噂をする声が。でも、そんなのはどうでもいい。

 今の私には、極星教の審問官となった私には、そんなことは関係ないのだから。

 先頭を行く私の後ろから響く、幾つもの足音。彼らは極星教の私兵だ。対象を捕縛するときに駆り出される、都合のいい人員。教団の裏の顔。

「ロゼ様」

 半歩を後ろを歩いていた兵隊長が、私に小声で話しかけてくる。

「大丈夫ですか? 少し、御気分が優れないようにお見受けしますが」

 察しが良いのも考えものだわ。でも、空気を読むのは苦手みたいね。

 私は一言だけ返した。

「大丈夫よ」

 返答を拒むように言い放つ。彼はそれきり黙ってしまった。

 石畳を踏む音だけが、冷たく響く。

 少しだけ顔を上げれば、視界の上端に真っ青な空が見えた。

 本当に、良い天気。全てが虚しくなるくらいに。

 一度だけ大きく息を吐く。視線を戻せば、その先には見慣れた家。

 あの頃よりも少しだけ古びた扉を、蹴破るように開ける。

 目に飛び込んできたのは、食卓を囲んでいた家族。そして、驚いた表情を貼り付けながらこちらを見る姿。

 母だった人。父だった人。そして、妹だった人。

「カメリア・ルグラン」

 私は書状を読み上げる。

「子供を売り飛ばした罪で、教会に連行する」

 自分でも内心驚くくらいに、揺らぎのない声だった。

 後ろに控えていた兵士が母だった人を押さえつけ、無理矢理家の外へと連れ出す。

 外にはいつの間にか、野次馬が出来ていた。

「しょ、証拠は! 証拠はあるのかい!」

 母だった人──カメリアはヒステリックに怒鳴り散らしている。

 抵抗するように地面に腰を下ろしているカメリア。私はその前に屈み込んで、わざわざ言ってあげた。

「証拠なら、ありますよ」

 被っていたフードを脱いだ途端、その人の顔が青ざめる。

「エグランティーヌ……」

 声なんてあの頃とほとんど変わっていないのに、顔を見るまで思い出さないなんて。

 でも、私と知って勝ち目があると思ったらしい。途端に態度を豹変させてきた。

「エグランティーヌ! こんなことをして、タダじゃおかないからね!!」

 大声で喚くカメリア。この人は、大声で威圧することと体罰で萎縮させることしか知らないんだ。

 本当に、滑稽の極みだわ。

「私はロゼです。エグランティーヌではありません」

 ロゼ。教会に買われたときに新しく付けられた、“私の名前”。

「でも、もしも、そのエグランティーヌが、再び貴女の前に現れたとしたら」

 言葉の速度をわざと落としてみせる。目の前の哀れな人が、少しだけ動揺したような気がした。

「それは貴女に復讐するためです。売り飛ばされた側は、貴女を絶対に許さないでしょうね」

 私は慈悲深く笑ってみせた。

 相手の害意や敵意には、笑顔の一言が一番の武器になる。審問官の“仕事”で学んだことだ。

 カメリアは唇を噛みながら、俯いている。顔を、更に青くさせて。

「……貴女の大事な大事なリリちゃんを、代わりに教会の審問室送りにしてあげても良いんですよ? 貴女をたぶらかした魔女として」

 一つ一つ、はっきりと。言葉を聞きそびれるようなことがないように。あの人の耳元で、私は囁いた。

 それを聞き取った瞬間、カメリアはガタガタと震え出した。

 まるで、壊れたぜんまい仕掛けのおもちゃみたいに。

「そ、それは……どうか、どうかそれだけは……!!」

 泣いている。涙を流している。私の母だった人が。

 私のためには泣かないくせに、妹のためには涙を流せるような人間なのね、この人は。

 少しだけ生じた怒りを押し殺しながら、私は命令する。

「この女を、連れて行きなさい」

 引き摺られるようにして、街の外へと連れて行かれるカメリア。

 門の外には馬車が停まっている。それに乗せられれば、もう、戻っては来られない。

「お母さん!!」

 妹だった人が、家の中から泣きながら飛び出してきた。

 上等な服に、良い香りのする髪。手を掛けられて育てられたのが分かる。腹が立つくらいに。

 私が売られた後も、良い思いをしてきたんでしょう、貴女は。

「お姉ちゃん、何で、何でこんな事するのっ?」

 泣きじゃくりながら、リリは私に抗議をしてくる。

 あの頃は私のことなんて眼中にすら無かった癖に。こんな時だけお姉ちゃん呼ばわりしてくるなんて。

 本当に、本当に苛々する。

「ねえリリ、覚えているかしら?」

 本心を隠しながら、リリの耳元で囁く。

「白い花の髪飾り。あの後、買ってもらったんでしょう? 私を人買いに売ったお金で」

 何を言いたいのか把握出来ない。そんな目で、リリは私を見る。

「確か……銀貨三枚だったかしら。あの髪飾りと交換で、貴女の母親を助けてあげても良いのよ?」

 妹の性格はよく知っている。何でも欲しがるのに、手に入れたらあっという間に飽きてしまう。飽きたら捨てて、また次の新しいものを欲しがる。

 私の服も、本も、人形も、全部奪われて捨てられた。

 そんな子が、買ってもらった髪飾りを大切にしている訳がない。

「あ、あ……!」

 私の予想通り、リリのその綺麗な顔は絶望に染まっていた。

「あらあら、もしかして、とうの昔に捨てちゃったのかしら? 残念ね、貴女の大好きな“お母さん”を助けられたかも知れなかったのに」

 私の言葉に、リリは膝から崩れ落ちた。でも、どうせなら、もっと後悔して欲しい。

「貴女が飽きて髪飾りを捨てたせいで、貴女の母親は処刑されちゃうの。助けられたかも知れないのに、貴女のせいで、死んじゃうの」

 追い打ちを掛けるように紡げば、リリは地面に顔を伏せたまま泣き出した。

 何度も謝りながら。

 青い空の下で、すすり泣く声だけが響いている。

 私は立ち上がると、ちらりと家の方に視線を送った。

 父だった人が、複雑な表情でこちらを見ていた。

「……さようなら」

 声に出さず、口の中だけでその言葉を留める。

 振り切るように踵を返す。そして、他の兵士達に命令した。

「用は済みました。戻りましょう」


 カメリア・ルグランか教会によって刑に処されたのは、それから三ヶ月後のことだった。

 ……あの一件で、完全に乗り越えたと、そう思っていたのに。

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