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冒険者ギルドの掃除人  作者: 沼平 甫
連続扼殺事件
30/37

独白②

 人買いの男の人は、優しかった。

 それはきっと、私が大切な“商品”だったからという理由だとは思う。

 でも、私には、そんな偽りの優しさですら温かかった。

 豪華じゃない、むしろ質素だったけど、ちゃんとご飯を食べさせてくれた。

 新品じゃない、古着だけど、暖かくて清潔な服を着させてくれた。

 掃除も。

 洗濯も。

 水汲みだって、しなくて良かった。

 野宿することも多かったけど、私が寒くないようにしてくれた。

 自然と、笑顔が増えた。

 辛いことだらけの世界の中に、本当は綺麗なものもあるんだって、思えたから。

 でも、人買いの男の人は、そんな私を憐れむような目で見てた。

 同情。

 たぶん、そうだったのかもしれない。

 私が笑顔を見せた。

 あの人は、辛そうな表情を浮かべる。

 私が幸せそうにご飯を食べていれば。

 あの人の顔に、暗い影が差す。

 私がありがとうと言うたび、あの人は無口になって。

 どうしてと聞いても、理由は教えてくれなかった。

 今なら分かる。

 罪悪感。

 でも、あの頃の私には、そんなことなんて分からなかった。

 罪の意識を紛らわせるためなのか、それとも、私の境遇を本気で憐れんだのか。

 それは今でも分からないけれど、あの人は私に、一つだけ贈り物をしてくれた。

 陶器でできた、青い花のブローチ。

 雑貨屋だったらどこにでも置いているような、安物の、子供のおもちゃのようなアクセサリー。

 でも、私にとっては本当に、本当に嬉しくて。

 母は妹を着飾ることに夢中で、私にそういうものは何一つ買ってくれなかったから。

 服も、靴も、何もかも、妹が生まれてからは私のために新品を買ってくれるなんてこと、無かったから。

 私は涙を流しながら、何度もありがとうって言った。

 私だけのために買ってくれた、初めての私だけの物。

 あの人は、ただただ黙ってた。少しだけ、辛そうな顔をしながら。

 その日から、この青い花のブローチは、私の宝物になった。

 ずっと、こんな幸せな日々が続けばいいのに。でもそれは、叶う訳がない願いだった。

 冬も終わりに近付いたある日、“商品”である私は、買い取られた。

 銀貨五十五枚だった。

 私は泣かなかった。

 泣かないようにした。

 必死でこらえた。

 最初から分かっていたはずだったから。

 売られた以上、他の誰かに買われるのは、当たり前なんだって。

 あの人はこれが“お仕事”なんだから仕方がないんだって、何度も自分に言い聞かせた。

 代金と交換に私を引き渡すとき、あの人は小さい声で私にこう言った。

「達者でな」

 私はただ、涙に滲んだ視界の中で、遠ざかっていくあの人の背中を見送ることしか出来なかった。


 買われた先で私に与えられたのは、小さな部屋だった。

 古びたベッドと、小さなテーブルがあるだけの、どこからかすきま風が入ってくるような、寒い部屋。

 ここで私は眠りながら、買われた先で色々なことを教えられつつ、時々……“仕事”もした。

 “仕事”。決して、他人には言えないような仕事。

 “仕事”が入れば、私が寝ていても叩き起こされて。

 だから、名前を呼ばれるたびに、体がすくんで。

 そんな“仕事”をするのなんて、本当は、本当に……。

 でも、やらなければ怒られた。

 たれた。

 殴られた。

 だから、やるしかなかった。

 “仕事”の相手は毎回違う人で。当たり前だけど、私の知らない人ばかりで。

 恐怖心と抵抗感。その二つを必死で抑えながら、私は“仕事”をこなした。

 “仕事”をした後はお湯のお風呂に入ることが許されていたけど、私はお風呂の中で何度も泣いた。

 “仕事”をすればするほど、私の中に見えない汚れがこびりついていくような、そんな気がした。

 何度洗っても、いい香りのする石鹸を使っても、決して取れない汚れ。

 私自身が、どんどん真っ黒になっていくように思えて。

 逃げ出すことだって考えた。でも私には、無責任に希望を信じることなんて、出来なかった。

 何とかなる、きっと大丈夫。そんな希望を信じて逃げ出した子は、みんな連れ戻されて、酷い目に遭わされて、そして。

 子供の足で逃げ切れる訳がない。そもそも私には、行く当てなんてどこにもない。だって、母に売られたんだから。

 もう何も信じられなくなった私が、すがることが出来たもの。私には、二つだけしかなかった。

 一つは、あの人が私に買ってくれた、青い花のブローチ。

 見せかけだけの、偽物の優しさだったのかもしれない。

 だけど、誰も優しくはしてくれないこの場所で、私がすがれる優しさなんて、あの人に連れられて街を巡った思い出と、このブローチしか無かった。

 それに、“仕事”をするときに身に着けていれば、お守りになってくれている、そんな気がしたから。

 もう一つは……神様。

 毎日祈り続けていれば、神様は必ず願いを聞き届けてくれる。偉い司祭様が、そう言っていたから。

 だから私は、毎日祈り続けた。

 どうか、こんな“仕事”をしなくても済むようになる日が来ますように。

 毎日、毎日、毎日。

 それだけを、祈ってた。


──神様、もしそんなささやかな願いすら聞き届けられず、叶わないのなら、いっそのこと……。

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