第一話:日常
この本を開いてくださりありがとうございます。
素人作家の宗徳と申します。
作品コンセプトとしては、昔プレイしたペルソナ5に影響を受けています。
あのゲームは高校生の主人公たちが悪い欲を持った人間たちの
「欲」を精神世界に飛び込み奪い去ることで改心させるというテーマでした。
僕はそこにインスピレーションを受けて
「心にもし値段をつけて売ることができたら?」
と思い立ち、今回書くことにしました。
主人公たちは皆大人。
所在不明の心配屋という事務所を構え、
丸坊主で筋骨隆々なボス、ラーメン好きで社交的な相棒の道也、
自信なさげなインドア派の主人公の哲郎といったメンバーが
依頼を受け、手ごろなターゲットを見つけて心を切り取る。
専用の眼鏡を掛けると心を実態として見ることができ、
これまた専用のナイフで心を切り取った後、商品を瓶に詰めて売る。
もし完成したら記念に製本して家に飾ろうと思ってます。
そんな「心配屋~心を取って配ります~」を応援して頂けると幸いです。
暗い夜道を抜け、
電灯がポツンと一灯光る場所に出た。
心細かった。あまりにも静かだった。
もう八月だというのに蝉の声一つ聞こえない。
風の音すら立っていない。
その内恐ろしくなって自分の足音すら
消して歩いていた。
全くの無音。今日も一仕事終えたところだった。
未明。僕は六畳一間の真四角なプレハブで
出来た事務所にいた。
表の入り口のある一面には「心配屋」という文字が
紫色のネオンで表示されている。
部屋の中には四つの机がクローバーの様に並べられ、
その一つが僕の机として置かれている。
残る三つの内、隣の一つは同僚のものだが
あとの二つはやめた社員のものだ。
事務所の入り口から対角には一人用の机が
中央を向いた形で置かれていて、
ふっくらとした椅子がセットになっている。
その椅子に座った男が話しかけてくる。
「哲郎、今日も頼むぞ!」背は180cm以上、
筋肉が自慢の男で丸刈り、僕のボスでもある。
「はい…」「おいおい、そんな心細い返事じゃ心配になっちまう。もっと自信持って仕事をして
もらわんとな!」そうデカい声で
言い放ち、私が委縮してると同僚の道也が
呆れた顔でボスに返す。
「哲は気が小さくてしょうがないですね。
ですがこのひっそり感が良い」
「そうかあ?自信を持ってこそプロだろ」
「いやそうでもないですよボス、こいつに任せれば
どんな現場だろうと絶対に気づかれませんからね」
僕の話題を僕の方を見らずに二人の会話が始まった。
なんとなく仲間外れにされた気がしたので
僕は勇気を出して一言、
「今回も匿名達の依頼ですか?」と聞いた。
するとボスは「ああそうだ。俺たちは日陰者同然、
だからこそお互い詮索しない関係がベストなのさ」
唾が飛んできそうな勢いでこちらに話してくるので、思わず顔をそらしてしまう。
「さて、道也!哲郎!雑談はここまでだ!
しっかり稼いで来い!!」
そういって僕たち二人は慌ただしく事務所をたたき出された。
事務所裏の社有車に乗り込み、
道也がハンドルを握る。
エンジンをかけて進みだすと道也が呆れたように
「しかし、まあボスも相変わらずだよな。
あの筋肉に押し出されちゃ適わんよ」と言い
ため息をついた。
「まあしょうがないですよ。久々に高額の依頼が来て
気分が良いんでしょう」
「そうだな、今回のブツは高値で取引できるからな」
仕事前はいつも緊張するが気さくで
少し軽い雰囲気のある道也と組むようになってからは
以前より仕事に対する億劫さはなくなった。
2時間ほど車を走らせ目的地である人通りの少ない
裏路地に着いた。
車を人目に付かない場所に隠すように停め、
裏路地の角に身を潜めて僕たちはターゲットを
待ち構えた。時刻は6時半、朝日がこの街を
金色に照らし始めた。
「何度か事前に調査したが、ここを通って
登校する子供は二人だ。」「間違いないですね?」
「ああ、その子供以外誰も通らない。」
「わかりました」僕は返事を
しながらもこの裏路地の入口を見つめ、
寒さを堪えてターゲットが来るのを待った。
10分後、ターゲットが来た。
名前は知らない。見た目からして小学三年生
くらいだろうか。
「この子たちですか?」「そうだ。行くぞ哲」
道也の合図で先ず僕が何気ないただの一般人として
少年たちの横を通り過ぎる。
眼鏡を掛け、警戒心を煽らないよう目線を
正面に向け、イヤホンで音楽を聴いている
フリをしながら歩いた。
すると今度はサラリーマンに扮した道也が出てくる。
黒い手提げの鞄を持ちながら僕と同じように
少年たちの横を通り過ぎようとしたとき、
その鞄から書類が零れて舞う。
「ああー!!ごめん僕たち!!拾うの手伝って!!」
突然の出来事に戸惑った少年たちだったが
道也にそう言われて散らばった書類を拾い集めるのを
手伝い始めた。
それを第二の合図として僕は踵を返す。
すると先ほど掛けた眼鏡ごしに少年たちが見える。
レンズが少年の胸のあたりに赤や青や黄色といった
様々な色を映しだしている。
少年たちが書類を拾い上げ、道也に渡す。
「これで全部だよ!!」僕はもう
少年たちの背後まで来ている。道也が満面の笑みで
「ありがとう!!君たちのおかげで会社に遅刻せずに済むよ!」と言うと、少年たちも良いことをしたと
喜色をたたえる。すると胸に映った黄色の中から、
光るものが表れる。瞬間、その光を目掛け僕は二本の
ナイフを両手で持ち少年たちの二人の背中を刺した。
そして少年たちが気づかない内にそのナイフを抜き。再び元の方角へ歩いて行った。
切っ先には光が刺さっている。
「バイバイ」道也が手を振って少年たちに
別れを告げる。すると少年たちは何事も
無かったかのようにまた登校を始める。
少年たちが見えなくなった後、
先ほど停めた車に戻り道也と合流する。
「哲、取れたか?」「うん、問題ないよ」そう言って
ナイフの切っ先を見せる。
すると道也も眼鏡を掛ける。
「奇麗な光だ…。まあ、あの子たちには悪いがこれも
仕事だからな」
僕は道也に確認させた後、
プラスチックで出来た小瓶を取り出し
その中に光を入れて蓋を閉じる。
僕たちはあの少年たちから
「童心」を抜き出したのだ。
「よし、戻ってボスに渡しましょう」
「そうだな。なあ帰りにラーメン食わね?寒い」
「道也君…。」「いいじゃんか!お前もさっき寒そう
にしてたじゃない!」
腹の音が鳴る。ニヤリと笑いながら道也が
「ほ~ら、食べようぜ?」と言う。
僕は空腹を言い訳にして道也の提案に乗った。
思いのほかガッツリ食ってしまった後、
事務所に戻りボスに報告しようとしたが
開口一番「お前ら!!何食ってきた!?
ラーメンか!しかも豚骨だろ!朝からあんな
こってりしたもんを!!」僕らは二人してニンニクの
効いた豚骨のチャーシューメンを食ってしまった。
腹が減っていたし寒かったのだ。
店を出た後道也には「ブレスケアを飲もう」と
提案したのだが道也は「大丈夫絶対バレない」
と謎の自信で押し切り僕を丸め込んだのだが
匂いまでは丸め込めなかったようだ。
道也は昔から鼻が利かなかった。
「ああ!もういい!!報告は外で聞く!!
事務所に匂いを移されちゃかなわん!」
そういって僕らは三人は暖房の効いた事務所から
出て、寒空の下で小瓶を取り出し、今回の成果
「童心」を見せた。
「ああよし!バッチリだな!!
しかも汚れ一つない純粋な奇麗さだ!!」
良かった。ボスは満足してくれたようだ。
「今回の哲も流石でしたよ。全く気付かれなかった」
「いや、道也君が注意を引くのが上手いんですよ」
「ああ!臭い!!喋るな!!」ボスは鼻を防ぎながら続けた。
「匂いは最悪だが二人とも良くやった。
明後日オークションに持っていく。こんなに純度が
高い童心は久々だ!これは売れるぞ!!
いいかお前ら?絶対にラーメンは食ってくるなよ?」
僕は無言で頷き、道也も「はい」と返事した。
ボスはまた臭そうにしていた。
~二日後~
僕は休みの日は家でゲームばかりしている。
学生時代は対戦型の格闘ゲームやFPSなんかを
やっていたが、その内ストレスがたまることに
気づいてやめた。
やっぱりソロゲーが一番良い。
アクションにしろアドベンチャーにしろ
RPGにしろ戦う相手は決まっていて、
自分が成長すれば必ず相手は倒せるしストーリーが
あるから没入しやすい。
反対に対戦型のゲームはストーリーが無いものが
大半で、自分が成長したからと言って必ず
相手を倒せるとは限らない。
自分が強くなれば相手も強くなる。
ゲームとは本来ストレスを解消するために
あるはずだ。なのにそのゲームでイライラしては
意味がない。そういう意味では今の仕事も苦手だ。
相手が自分よりレベルが高ければ勝てる見込みが薄くなる。
「おい哲郎!」ボスの声でハッとする。
「もうすぐ着くぞ!!」窓からはボスと同じくらい
元気な真昼の日差しが差し込んでくる。
僕らは一昨日少年たちから盗んだ童心を持って
オークション会場に向かっていた。といっても
本当のオークション会場ではない。
実態は移動式のトレーラー。
事務所に置いておくにはデカすぎるので
遠く離れたガレージを購入し、そこに保管している。
一見普通の貨物用のトレーラーなのだが、
スイッチ一つでトレーラーの外装と
ナンバープレートを切り替えることができる。
引いている荷室が会場なのだが完全防音になっていて
中からはどこを走っているのかを音で感知することは
できない。
サスペンションはボス曰くかなり高級なものを
使っているらしく荷室が揺れることもない。
部屋全体は防弾シートと電波を通さないアルミで
包まれていて通信も不可能。
唯一、荷室と運転席を繋ぐ優先の受話器が
あるのみだ。
つまりトレーラーを走らせ荷室の中でオークションを
行えば特定の場所を設けずに行えて、
今どこにいるのかを客に悟られない。
こうすることで、万が一客が商品を盗もうとしても
外部の応援は見込めない。
仮に会場の客が全員グルの強盗団だったとしても
逃げることはまず無理だ。
そこまでして防犯を徹底しているのには訳がある。
それは僕たちが売り捌くものがとんでもなく
高額だからだ。誰もが一度
「ああ、あの頃は良かった」と昔を懐かしんだことが
あると思う。その昔とは決まって若いころだ。
ある人は初恋を、またある人は部活で流した汗を、
しかし人によっては学生時代に
いい思い出が無い人もいるだろう。そういう人は
社会に出た後、仕事が上手くいった思い出だったり、
あるいは幼いころおばあちゃんに
お年玉をもらって嬉しかった時のことを思い出として
持っているかもしれない。
とにかくそれらは全て過去の出来事で、
二度と体験できない。
それらの思い出を「良いもの」と感じるのは心だ。
僕たちはその心を他者から奪って配る。 「心配屋」という社名はそこから来ている。
そして今回売るのは「童心」
文字通り子供のころ誰もが持っていて
大人になると忘れるもの。記憶には残っていても
二度と体験できないもの。確かに貴重かもしれない。
だが僕には最初、金持ち連中がわざわざ
高い金額を払って買いたくなる理由も気持ちも
理解できなかった。
だけど最近になってわかってきた。
金持ちというのは基本みんな大人で年寄りも多い。
欲しいものは何でも金を使って手にしてきた。
だからこそ心躍る経験が次第に無くなってきたことに気づく。
そして思う「ああ、あの頃は良かった」と。
何もかもが満ち足りていなくとも、
何か一つに熱中して楽しくなっていた「あの頃」を。
新鮮さにあふれ、想像するだけで風景が変わって
見えた「あの日々」を。
そんな風に昔を懐かしみながらも後悔にも似た感情を
抱いていた時、ふと「売りますよ。あの頃の心を」と
言われるとどうだろう。欲しいものは買いつくして 何が欲しいか分からなった金持ちならひょっとすると
思い始めるわけだ。
「欲しい」と。
そして童心が高くなるのにはもう一つ
簡単な理由がある。
それは一度これを抜き取られてしまうと、
二度と湧いて出てくることはないからだ。
つまりあの少年たちは、少年だからこそ感じられる
感動をこの先一生味わうことは無い。
「着いたぞ!」その一言で僕は車から降りてガレージに入り
中からボタンを押してシャッターを開ける。
車が中に入ったところで運転席からボス、後部座席から道也が下りてくる。
普段なら道也が運転するのだが、またしても道也は朝にラーメンを食ってしまい。
臭いからという理由で後部座席に押し込まれ、僕は免許がないので
運転できず、仕方なくボスが運転していた。
「全く!トランクに入れられなかっただけでも感謝しろよ!」
「いやあ、冬のラーメンは怖いですね。誘惑が凄い」
「道也君、僕は君の度胸の方が怖い」
「いやラーメンを生み出した人類の方が怖いね」
「おい、お客様を待たせてるんだ!道也、今度こそ運転は任せたぞ!」
「はいボス」オークション用のトレーラーに乗り今度は道也がハンドルを握る。
僕とボスは荷室に入り、いかにもなタキシードに着替える。
ボスが受話器を取って一言「よし!行くぞ!!」
「はい、発進しますよ!」道也がそう答えると、アクセルを踏み
今回のオークションに参加したいお客様を拾いに行く。
ボスは毎回お客様に暗号化されたメッセージでとある住所を送り
そこでお客様を乗せる様になっている。
今回はとある埠頭、沢山のコンテナが立ち並んでいて
そこにさも関係のある貨物トレーラーのフリをして入っていき
守衛を当たり前の様にパスして待っているお客様を迎え入れた。
今回の客数は20人。いつもより多い。
欧州風の外国の方も混じっているようだが名前も住所も俺たちは知らない。
その匿名性がお客様の身の安全を保証している。
全員が乗り切ったところでボスが受話器越しに合図する。
するとトレーラーは再び走り始めるのだが、今動き出したことすら
全く分からないほどスムーズな運転で走行を始めた。
ボスが口を開く
「さて、今回も我が心配屋をご利用いただき誠にありがとうございます!」
やはり声はデカい。「では早速皆様に今回の商品をご覧に入れます!」
そう言って僕に目線を送る。僕はそれを見て腰より少し高い展示台の上に
アタッシュケースを置き、お客様に見えるように開き
中に二つの小瓶が入っていることを確認させる。中には童心が入っている。
ボスが再び口を開く「さあどうですか!今回は小学三年生の男児二人から
取り出した純度100%の童心です!カブトムシを追いかけるだけで楽しく、
捕まえるだけで宝物をゲットしたと信じられる最高品質の童心です!!」
そして始まる。「ではまず2億から!最小桁は1千万!
即決価格は無しです!!ではスタート!!」
すると一斉にお客様たちは札を上げる。「2億5千」「2億8千」
次々に釣り上がっていく。「3億」「3億5千」「4億」。
恐ろしい勢いで跳ね上がる。今までも色々心を配ってきた。
臆病な人向けに「怒り」を、好きな人が現れない人に「恋心」を、
それぞれ相場は高くて1億だ。
しかし、この「童心」だけは他と一線を画し、入手の難しさに反して
買い手の数が多く結果オークション形式にならざるを得ないのだ。
この国は少子化が進んでいるが平均寿命は増え、老人たちは増える一方だ。
欲しいと思う人口割合が増えるのも無理はない。
「9億!」40代半ばの女性が言い放った。
「さあ9億です!ほか!ほかの方は!?」ボスが煽る。
欧州風の男が「…20億。」
・・・。
静かな車内。皆完全に息を飲み、固まってしまった。
ただ一人、ボスを除いて。
「2・0・億です!!!さあ決まりですか!?では!!」
アドレナリンが噴き暴れ出す。「20億で落札です!!!!」
僕は震える手で小瓶を1つ慎重に取り出してお客様に手渡す。
「お客様、この度は本当におめでとうございます。」
すると男が一言、「もう片方も20億で貰おう」
僕は思わず「えっ」と声が漏れた。
ボスは口が開いていた。顎を床に落とす勢いで。
オークションに決着がつき、お客様を拾った地点に戻る。
あの男を除き他のお客様は肩を落としたり
ため息をつきながら降車していった。それもそうだろう、
さすがの「童心」でも高くてあの女性が言った9億程度。
20億などありえない。わざわざ海外から出向いたのだからどうしても
あのお客様は欲しかったのだろう。にしても2つとも買うとは…。
世界の富豪は恐ろしい。最後に欧州風の男がこちらに
「本当に買えるんですね。ここに来るまで信じられませんでした。」と言い、
お礼を加えて降りて行った。そして僕は荷室の入り口を閉め、
三人を乗せたトレーラーはガレージへと戻っていた。
タキシードを脱ぎ、ボスと僕は荷室から降りる。それを見て
道也が運転席から出てくる。
「よん・・・」あの道也の声が震えている。
狂乱。「じゅう億だあああ!!!」ボスの雄たけびと共に
ガレージを突破する絶叫で僕たちは発狂した。
今日ばかりはボスの口から飛んでくる唾も気にならなかった。
~翌日~
珍しく、本当に珍しく叫んだせいで僕の声はガラガラだった。
因みに分け前の話をするとボスが20億、道也と僕で10億ずつだ。
今まで仕事してきた分も考えるともうお金の為に働く意味がないほどある。
しかし僕は今日も事務所に来た。ボスに呼び出されたのだ。
「おう来たな」道也がそう話しかけてくると二人で金の使い道は
どうするかで話に花が咲いた。だがボスはジッと黙ったままだ。
不審に思った僕たちも黙ってしまった。ボスは真剣な表情をして
話し始めた。「昨日40億で童心を買ったお客様から特命で依頼がきた」
なんでもボスが言うには、僕たちと同じようにしばらくは遊んで
仕事はその間休業するつもりだったそうだが件の男から依頼が来てしまい、
払ってもらった金額が高額すぎるだけに断り切れず引き受けてしまったそうだ。
そして今回の仕事も成功すれば20億を払うと言ってきているらしい。
いったい何者なんだろうか。
「それで?どんな仕事なんです?」道也が内容を訪ねた。
「『とある殺人犯の心が欲しい』ということらしい」
「殺人犯?」「ああ、そうだ現在もまだ捕まっておらず逃走中らしい」
「哲、どう思う?」「いや、なんとも…。でも殺人犯なんですよね?
僕たち殺されませんか?」「だよな?ボス、今回は流石に…。」
「わかってる!二人の気持ちは!言いたいことは良く解る!
心は買えても命までは買えない!そう言いたいんだろう!?」
「そこまで分かってるならどうしてですか!?」道也が思わず怒鳴る。
「わかってる!だが引き受けちまったんだ!!」
突然捨てても余るほどの大金を手に入れ、気が大きくなっていたのだろうか、
ボスはあの男の依頼を引き受けてしまっていたのである。
僕はボスに「期限は?」と聞くと「二週間だ」と答えた。
事務所に重い空気が流れる。普通の仕事でもお客さんから仕事を受けておいて
「やっぱり無し」とは中々言えないだろう。だが事務所がこんな空気に
なるのにはまだ別の理由がある。
道也が暗く沈みながら「やらなきゃ取り立てられる」と言った。
前にも言ったように僕らの仕事は人の心を切り取ってそれを
誰かに配ることで生計を立てている。だがどうやって切り取るのか?
それは元々心を文字通り掴み取れる資質がある者が心具を使うことによって
対象から切り取る様になっている。あの少年達をターゲットにしたときに
使った専用の眼鏡やナイフがその心具だ。眼鏡は対象の心を可視化し、
ナイフで刺すことによって肉体に傷をつけることなく心を取り出せる。
ではその心具は誰に提供されているか?ボスが言うには「天使だよ」と
言っていたがそれが本当の天使なのか、あるいは天使の様な人種なのかは
わからない。もしかすると「天使」という会社名かもわからないが、
その天使と呼ばれる存在が何の目的かその心具を
授けてくれたおかげで僕たちは仕事が出来ている。
ただし心具の使用には条件がある。それは「心配屋」を開くこと。
ボスの話ではこの「心配屋」は世界にただ一つ、僕たちだけらしい。
天使の実験場とも言っていた。仕事をする量は決まっておらず、
こなければ別にする必要もないらしい。したがって休業も自由。
とにかく開業していて、閉業しなければそれで良いらしい。
ただし一度受けた仕事は必ず遂行しなければならない。
もし途中で断ったり、取り返しの効かない失敗をすると、
その天使たちが姿も見せず来て取り立てに来る。
前回は二人の同僚が取り立てられた。
「道也、哲郎、すまない。」しばらく沈黙が流れた。
だがこのままでは先に進まない。だから「仕事の詳細を教えて下さい」と聞いた。
道也も諦めがついたようだ。そうだ、やるしかないのだ。
「ありがとう。では今回の仕事についてだが」ボスも気を取り直して
話を続ける。「先ほど言ったようにターゲットは殺人犯だ」「どんなですか?」
「ああ、そこだ。ターゲットは男性、年齢は推定だが30代前半、
一週間前に大阪府中でとある女性とその子供を殺傷、現在も逃走中だ」
僕は黙って聞き続けた。道也が言う「なるほど。にしても哲、お前いいのか?
いつもはターゲットの詳細は聞かないじゃないか」
「うん、今回は殺人犯だからね」
「なるほど、盗るときに罪悪感が湧かないってことね」
普段は道也の言う通りターゲットの詳細は聞かない。
聞いてしまうと、いざその瞬間に手元が震えるからだ。
だが今回はただの悪党。手心を加える必要はない。
だが一つ気になることがある。「ボス」「なんだ?」
「どうしてあのお客様が日本の殺人犯の心が欲しがるんです?」
「ああそれなんだが、『ここを訪ねれば分かる』と。」そう言って
懐から紙を差し出した。そして「『飯島という人を訪ねろ』だとよ」と言った。
紙には大阪府中にある警察署の住所が書かれてあった。