ユリメラの苦難
お店に戻ると、もう営業時間を超えており、夜のバーアンジェリにお店の様相は変わっていた。
お店には親父と亜紀も混じっており、好きに食べて騒いでいた。
親父に至ってはライゼル相手に盆栽について熱く語っていた。
亜紀はメイランと遊んでいる。
二人も既に場に慣れている、もしかして美幸が橋渡しでもしたのだろうか?
余りに違和感のない光景だった。
俺の心配は何処吹く風ってか?
こんなんだったらもっと早く打ち明けるべきだったな・・・結果論だけど・・・
ララはもっぱら美幸の肩から離れようとはせず、ララを覗きにくる者達はクロムウェルさんとギャバンさんのガードを掻い潜る事は敵わなかったみたいだ。
ギャバンさんだけでも充分に警護は完璧なのに、そこにしれっとクロムウェルさんまで混じるとなれば、完璧以上の何物でもないだろう。
有り難い配慮である。
後で労いの言葉でもかけておこうか。
帰ってきた俺をララが見つける。
(あー!ジョ兄!お帰りー!)
美幸の肩から離れると、俺の肩に乗っかるララ。
「ただいまー!」
ララに頬ずりすると、ララも頬ずり返す。
「兄貴、何か食べる?」
「ああ、適当に何か出してくれ、任せる」
美幸が俺に気遣っていた。
これは珍しい・・・
美幸がリックに何かしら注文を出していた。
おいおい・・・既に美幸が指揮ってんじゃんよ・・・
これは裏番長現るだな・・・
俺は適当に腰掛けると、シルビアちゃんが近寄って来た。
どうやら髪結い組合でのことが気になるみたいだ。
「ジョニー店長、どうでしたか?」
「気になるかい?」
ウンウンと頷いているシルビアちゃん。
「それはもう・・・だって私も何人にもシャンプーを教えましたからね」
「そうだね、なんとか十五名が合格したよ」
「それはよかったです・・・」
ホッと胸を撫で降ろすシルビアちゃん。
「問題はここからだな・・・」
ここでマリアンヌさんとクリスタルちゃんも混じって来た。
因みにクリスタルちゃんは先日無事に美容師免許を取得している。
当たり前の事と自信満々にしていたのだが、お母さんに報告した際には嬉しさのあまり泣き出してしまったらしい。
どうにもツンデレ気質である。
「ん?どういうことですか?」
「次はパーマになるからだよ」
「ああ・・・時間が掛かりそうですね・・・」
「ですね・・・」
「簡単には行きませんね・・・」
全くその通りだ、ここからは時間が掛かる。
ロッド巻は基本中の基本だ、だからこそ誤魔化しが効かない。
それに問題はそれだけではないんだよね・・・
「休日は髪結組合会館に行かなくちゃですね」
「すまないね」
シルビアちゃんだけでは無く、マリアンヌさんもクリスタルちゃんもここ数ヶ月は髪結い組合に付きっ切りだからね。
本当に申し訳ないよ・・・
まだ日当が出ているからいいものの、ほぼ丸々休日出勤だからね。
本人達が嬉しそうにしているからいいものの、本当は認めたくはないんだよな・・・
ここは痛し痒しだな。
それにしても本当の問題は・・・ここじゃないんだよな・・・
どうしたものか・・・
薬師ユリメラは頭を抱えていた。
シャンプーが売れに売れ、連日シャンプー造りに撲殺され続けていたのだが、今では弟子達も育ち、シャンプー造りからは手を離せれる様になっていた。
しかし、それはこの先にも続く苦難の連続の入口に過ぎなかったのだ。
現在の課題はパーマ液である。
これは一筋縄とはいかない。
連日美容院『ANGELI』に足を運んでは、ジョニーと意見を戦わせていた。
この商材もシャンプー同様に完成すれば一山当てることになる。
既にお客はまだかまだかと手薬煉引いて待っているのだから。
販売先は今と成っては安定のマリオ商会の美容商材部門である。
当然一般の者には販売はしない。
ここは取り決めがある為、それを守り通すのみだ。
問題はこのパーマ液の材料となる物質は何なのか、さっぱり見当が付かなかったからだ。
パーマ液とは何なのか?
これは何度もジョニーから教わり、その役割や内容は理解出来ている。
そして一液となるアミノ酸を分解する物質には見当を付ける事ができた。
それは食虫植物の粘液である。
食虫植物は割と山に入れば収穫できる植物である。
その食虫植物の粘液を抽出し、一液は作成に成功した。
だが、二液についてはさっぱり見当が付かなかったのだ。
ここからユリメラの苦難が始まったのである。
二液の原材料に全く見当が付かなかったのだ。
寝ても覚めてもこの問題が頭から離れなかったのである。
いっそのこと投げ出そうと開き直ろうかと思ったぐらいだった。
考えれば考える程迷路に迷い込む毎日を過ごしていた。
しかし待っている者がいる。
責任感の強いユリメラにとっては、胃を締め付けるほどの苦悶であった。
そしてユリメラは下向き加減で夜のバー『ANGELI』に訪れていた。
今では予約制のバー『ANGELI』ではあるのだが、職人チームに関しては予約など無くとも入店する事が可能だ。
その理由はジョニーの競合を作ろう作戦を進める為である。
実際職人チームの面々は、お店に飲みに来ているのではなく、ジョニーに相談に訪れているのである。
喧々諤々と意見を戦わせているのだ。
ただ手持ちぶたさになる為、アルコールを飲んでいるだけに過ぎない。
他者からみれば、只の飲みながらの相談事に映っているのかもしれない。
それに一息つきたいというのも本音であるのだから、ここは眼を瞑ってやろう。
ユリメラは空いた席の無いお店を見渡すと、カウンターの内側に陣取った。
すると生ビール片手にジョニーが労いの言葉を掛けて来た。
「お疲れ様です、ユリメラさん」
「ジョニー店長、すまないねえ」
申し訳無いと頭を下げるユリメラ。
「なんのこれしき、それにしても浮かない顔をしてますね?大丈夫ですか?」
「ああ・・・どうしてもパーマ液の二液の材料に見当が付かなくてねぇ・・・困ったもんさね・・・」
「なるほど・・・であれば、強力な助っ人を呼びましょうか?」
「強力な助っ人?誰のことさね?」
「ララ!」
ジョニーの掛け声に再び美幸の肩からジョニーの肩に移るララ。
それを見て腰が抜けそうになっているユリメラ。
「ララ様!これは失礼を!」
椅子から立ち上がって跪こうとするユリメラをララが呼び止める。
(薬師ユリメラよ、面を上げるが良い)
「有難き幸せ!」
ユリメラはララが目に入らないほど下を向いていた事に、この時始めて気づいたのである。
当の本人とっては冷や汗ものである。
でもこれは、それを知っていたジョニーの気遣いであった。
「ララ、ユリメラさんの相談に乗ってくれないか?」
(ほう・・・相談とな?)
「ああ、ユリメラさんどうですか?」
間髪入れずにララが話掛ける。
(余が力を貸そうか?)
「よ・・・宜しいのでしょうか?」
(なに、その様な些事気にせんでもよいわ)
「はっ!有難き幸せにて存じます」
(パーマ液の二液のことであろう?)
「どうして?・・・流石は聖獣様で御座います・・・」
悩み事を語らずとも当てられて驚いているユリメラ。
それに反して、そんな事だろうと眼を細めるララ。
実はこれはジョニーの気遣い以外の何物でもない。
ユリメラは生粋の職人肌である。
誰かにアドバイスを求めて、簡単に事を成そうとは思ってはいない。
これは所謂職人の矜持に他ならない。
ジョニーはそれをよく知っている、彼も一端の職人なのだから。
そんな彼女のプライドを傷つけない様に、自分では無くララを頼ったのだ。
ジョニーはこの時実は答えを持っていた、それをひけらかすのは憚られたのだった。
だが相手が崇拝の対象ともなれば、話は変わってくる。
簡単にすんなりと受け入れられるということだ。
鷹揚にララが続ける、
(天界からお主の事を見ておったからのう)
「なんと!・・・恐悦至極に存じます」
ユリメラは深々と頭を下げていた。
あまつさえ、涙を流しかねない表情を浮かべていた。
見守られていた事に感謝の念が絶えないのだろう。
(もうよい、止めぬか!いい加減頭を挙げよ!それよりも本題に入るぞ、ユリメラよ)
ガバっと頭をあげると大きく頷くユリメラ。
その視線は尊敬の念を超えた崇拝の念が込められていた。
(ユリメラよ・・・お主、少々複雑に捉えておらぬか?)
「複雑で御座いますか?・・・」
首を傾げるユリメラ。
思い当たる事が無い様子。
(そうである、髪とはアミノ酸の結合で出来ている事はお主もジョ兄から聞いておろう?)
「はい、それは何度も教わりました。そして二液はアミノ酸を繋ぐ物質であると」
(フム・・・そこだな・・・)
意味ありげにユリメラを見つめるララ。
「おっしゃる意味が分かりませんが・・・」
今度は恐縮して小さくなるユリメラ。
(要はアミノ酸を繋ぐ物質とはアミノ酸以外に他ならない、であろう?)
「はい・・・」
(髪はアミノ酸で出来ている・・・即ち?・・・)
ここでユリメラは何かに気づいたかの様に、ハッ!と目を大きく見開いた。
(分かったようだな・・・ユリメラよ・・・)
「はい!ありがとう御座います!ララ様!」
ユリメラは歓喜の表情でララを見つめていた。
(行くがよい、ユリメラよ)
「はっ!」
ユリメラは勢い勇んでお店を飛び出していった。
そんなユリメラをジョニーとララは優しく眺めていた。
数日後、完成した二液を携えて、ユリメラは美容院『ANGELI』を訪れていた。
万遍の笑顔を添えて。
ここに、この世界でのパーマ液が完成したのであった。
ユリメラの苦難は成就したのだった。




