ストレートパーマ
イングリスさんがシルビアちゃんを伴って、来店してくれた。
予想通りだな。
シルビアちゃんがキラキラした眼で俺を見ている。
「いらっしゃいませ!お待ちしていましたよ」
「ジョニー店長、今日はよろしくお願いしますね」
軽く頭を下げるイングリスさん。
頭を下げたいのはこちらですよ。
「ジョニー店長!私も来ちゃいました!」
「ハハハ!来ると思っていたよ。シルビアちゃんが喜んでくれるだろうと、ちゃんと甘味を準備しているよ」
「本当ですか!」
シルビアちゃんの眼がハートマークになった。
未だ半分は甘味ワールドに足を突っ込んでいるみたいだ。
そんなシルビアちゃんは外っておこう。
「ではイングリスさん、こちらにどうぞ。シルビアちゃんは適当に寛いでいてね」
「はい!」
元気に受け答えするシルビアちゃん。
イングリスさんをカット台に誘導した。
店内を眺めているイングリスさん。
「立派なお店ですこと・・・」
「ありがとうございます」
カット台に腰かける。
お店が褒めて貰えるのって嬉しいよね。
俺は鏡越しに話かけた。
「念の為確認させて下さいね」
「はい、どうぞ」
「ストレートパーマと、カットで良かったですよね?」
「そうですね」
「髪の長さですが、肩よりちょっと長いぐらいでいいですよね?」
「はい、お願いします」
「では、ストレートパーマから始めますね、その後カットさせて貰います」
「はい」
俺はイングリスさんの髪に触れる。
「イングリスさんは初めてのパーマなので、時間が掛かるかと思いますが、宜しいですか?」
「ええ、お願いします」
「畏まりました」
俺はシャンプー台にイングリスさんを誘導した。
先ずはシャンプーを行う必要があるからだ。
その理由は髪質に応じて髪の栄養補給を行う必要があり、濡れた状態の方が髪に栄養がしみ込みやすいからだ。
「これが噂のシャンプーですね」
「ん?噂の?」
「旦那とシルビアから聞いてますわよ、この髪結い屋では髪を洗って貰えるとの事」
モニターの責を全うしてくれたということだな。
でもどういうことだ?
「イングリスさんは髪結い屋で髪を洗って貰った事がないということですか?」
「ありませんわよ」
はい?
「ジョニー店長の母国ではどうか知りませんが、この国の髪結い屋は髪を洗うことなんてしてくれませんわよ、それにそもそも髪結い屋は王族や貴族、そして私達の様な商人の一部が通うぐらいですわ」
マジか!
そんなに敷居が高いのか?
これは貴重な情報を貰ったぞ。
戦略を見直す必要があるな。
「そうなんですね・・・よかった・・・」
「よかったとは?」
イングリスさんは訝しむ。
「私はどうやらシルビアちゃんに出会えた幸運に、感謝しなければいけない様です」
「どういう事ですか?」
何時の間にやら俺の隣にいたシルビアちゃんから尋ねられてしまった。
「それはね、余りに俺のいた国での髪結い屋のサービスと、この国での髪結い屋のサービスが違うからだよ」
「へえー、その様なことが」
「だと思いましたわ」
イングリスさんは気づいていたみたいだ。
「俺のいた国での髪結い屋では、シャンプーは当たり前の行為だし、パーマや髪染を行う事もそうです。それに化粧のアドバイスや、着付けまで行うんですよね。そもそも髪結い屋では無く、美容院なんですけどね」
やっと言えた!このお店は美容院です!
「なるほど・・・ジョニー店長、パーマと髪染めは分かります、化粧のアドバイスもなんとか・・・でも着付けとは?」
そうなるよね・・・勢いで言ってしまったが、ここはせっかくだから話をしようか。
「おそらくこの国ではない衣服でしょうが、俺の母国には着物と言う衣装があります。その着物は独特で、着付ける技術を持っていないと着ることが出来ないんですよ」
「へえー、それは興味がありますわね」
商売人魂に火を付けてしまったのかな?
「まあ、着物については機会があったらお披露目させて頂きますよ」
「是非!」
シルビアちゃんが食い付いてきた。
「さあ、それはいいとして、シャンプーをしますよ」
「よろしくお願いします」
俺はイングリスさんにファイスタオルを被せてシャンプーを始めた。
「ああ・・・髪を洗って貰うことがこんなに気持ち良いとは・・・」
イングリスさんが呟いていた。
だろうね・・・にしても髪を洗って貰うサービスが無いとはな。
これはシャンプーだけでも流行るかもしれないな。
それにこのお店のシャンプーはオゾンシャンプーだ。
他の美容院のシャンプーとは比べ物にならない、ダンチなんだよダンチ!
おっと、思わず要らない力が入ってしまう処だった。
危ない、危ない。
その後お湯で洗い流し、髪を軽く拭く。
髪をタオルで纏めて、カット台に誘導する。
イングリスさんは満足そうな表情を浮かべていた。
さて、ここから本格的にストレートパーマを行う。
その前に簡単にパーマについて説明しておくとしよう。
「イングリスさん、シルビアちゃん、せっかくの機会だからパーマについて説明しましょうか?」
「お願いします」
頷く二人。
「そもそも髪の主成分はアミノ酸です」
「アミノ酸とは?」
分からないよね。
「タンパク質・・・って言っても分からないですよね」
二人は困った顔をしていた。
俺も困ったな。
「はい・・・」
「まぁ、そこは拘らず・・・髪はアミノ酸で出来ているということです。そのアミノ酸をパーマ液の1薬でアミノ酸を分解します」
ちょっと強引だったか?
「分解ですか?」
「そうです、そして仕上げたい髪の形状に纏める。巻き髪にしたいならば、これで髪を巻く」
俺はヘアーロッドを見せた。
「ふむふむ」
シルビアちゃんが興味があるのか、真剣に話を聞いていた。
「今回はその逆です。髪を真っすぐにする、その為にこのヘアーアイロンという魔道具を使います」
「ほうほう」
シルビアちゃんは身を乗り出している。
「このヘアーアイロンは熱を髪に与えて真っすぐにすることが出来ます」
「なるほど」
シルビアちゃんは今にもメモを取り出しそうな勢いだ。
「その状態にしてから、2液を髪に塗ります」
「その2液がアミノ酸ということでしょうか?」
へえー、シルビアちゃんは理解が早いな。
「正解!その通り。そうすると髪が仕上げたい形状になるということなんだ」
「凄いです!」
「ジョニー店長は博識で御座いますわね」
「いえいえ、美容師としては知っていて当然の知識です」
「流石は美容師!髪結いさんとはレベルが違う!」
シルビアちゃんが興奮している。
何だか照れてしまいそうだな。
ハハハ!
やっと美容師と呼ばれたな・・・
ちょっと嬉しい。
グスン、泣けそう。
「ということで、今から1液を塗っていきますね。ちょっと独特な臭いがしますけど、身体にとって害のある物ではないので安心してくださいね」
ここはケラチンは不要だな。
でも保湿剤は必要だろう。
俺は保湿剤を髪に塗り込んだ。
「畏まりましたわ」
俺は1液をイングリスさんの髪に塗っていく。
害の無い物と言ってはいるが、手には透明のビニール手袋が嵌められている。
手に着くと手が荒れてしまう事があるからだ。
俺の隣ではシルビアちゃんが脳内に焼き付けるかの如く、真剣に眺めていた。
相当興味があるみたいだ。
女の子だしね。
興味があって当然か?
「じゃあこの儘で数分おきますので、飲み物でも飲みましょうか?」
「待ってました!」
シルビアちゃんの眼がハートマークになっている。
甘味モードが始まったか?
それを困った顔でイングリスさんが眺めていた。
「シルビアちゃんはまたオレンジジュースでよかったかい?」
「他には何があるのでしょうか?」
凛々と目が輝いている。
「そうだね・・・水、コーヒー、紅茶、オレンジジュース、アップルジュース、今日はこれぐらいかな?あとお茶もあったな」
「たくさんありますのね」
「・・・これは困ります」
シルビアちゃんは真剣に悩んでいた。
頭から湯気が出そうだ。
「では私はお茶をお願いできますかしら」
イングリスさんはお茶をご所望の様子。
緑茶でいいだろう。
「・・・ジョニー店長、アップルジュースとは何でしょうか?」
「アップルジュースとはリンゴという果実のジュースだよ。これも甘くて美味しいジュースだよ」
「果実!是非それでお願いします!」
やっぱりそうなったか。
「了解」
俺はバックルームに行くと飲み物の準備をした。
シルビアちゃんにはグラスに入れたアップルジュースを手渡した。
イングリスさんには、急須に緑茶の葉を入れて、お湯を注いで蒸らしておく。
程よく蒸らした処で、緑茶用の陶磁器のカップに注いで手渡した。
シルビアちゃんがアップルジュースを一口飲むと叫びだした。
「甘ーい!、美味しいー!」
ハハハ。
こうなるだろうと思っていたよ。
「まあ、これは温まりますわ」
イングリスさんはほっこりとした表情をしていた。
流石にコーヒーを淹れる程の余裕は無いため、ここは俺も緑茶にした。
ふうー、落ち着くな。
10分後。
一度イングリスさんの髪を触って感触を確かめる。
うーん、やっぱり初めての薬液は反応がいまいちだ。
「もう少し待ちましょうかね」
「分かりました」
俺達は雑談で時間を過ごした。
この雑談も実りのあるものだった。
とは言っても、この国の第二皇太子が失踪したという、俺には関係のない噂話だったんだけどね。
さて、そろそろかな?
髪に触れて感触を確かめる。
よし、いいだろう。
「じゃあ、シャンプー台にどうぞ」
俺はイングリスさんをシャンプー台に誘導した。
お湯で髪を流して一液を洗い流す。
そしてアルカリ除去剤を塗布する。
もう一度お湯をかけて洗い流す。
タオルで髪を拭いて髪を纏める。
「では、カット台に移りましょう」
再度イングリスさんをカット台に誘導する。
次にドライアーで髪を軽く乾かす。
ここからは集中力が必要な局面だ。
俺はヘアーアイロンを片手に髪を5ミリ単位で真っすぐに整えていく。
地味ではあるが、これが仕上がりを大きく左右する。
腕が問われる処だ。
そして作業には時間が掛かる。
妥協は許されない。
集中力が試される場面だ。
一点だけで無く髪全体にも意識を向ける。
良し!良い感じだ。
肩よりも先までを真っすぐに仕上げた処でカットに入る。
「ではここからは一度カットを行いますね」
「はい」
想定通り、肩より少し長い程度に髪をカットしていく。
その際にも、髪が真っすぐになっている事に注意を怠らない。
伸ばしっぱなしの髪がバッサリと切られていく事に躊躇いを感じるかと思っていたが、イングリスさんにはその様な素振りは全くなかった。
嬉しい事だ、俺を信頼してくれているみたいだ。
カットを終えてから、今度は毛先が内巻きになる様にヘヤーアイロンをする。
これが実はコツだったりする。
これでいいだろう。
そして2液を塗っていく。
これも独特な匂いがする。
もう俺にとっては慣れた匂いではあるのだがね。
ここからは再びの放置時間だ。
俺はバックルームに向かった。
シルビアちゃんにとっては宣告された時間だ。
お皿にエクレアを乗せて運ぶことにした。
「はい、お待たせ。今日はエクレアだよ」
目がキラキラとしているシルビアちゃん。
甘味ワールドに入ってしまったか?
「キャアー!!!」
絶叫している。
煩いってば!
俺は二人にエクレアを乗せたお皿を手渡した。
シルビアちゃんがプルプルと震えている。
ちょっと怖いのだが・・・
大丈夫だろうか?
シルビアちゃんはエクレアを乗せたお皿を上に挙げたり、横から眺めたりと涎を垂らしながら眺めていた。
・・・マジか。
それを窘めることなく、絶句しているイングリスさん。
おいおい、あんたもかよ。
我に返ったイングリスさんは恐る恐るエクレアを口にした。
「・・・んん!」
イングリスさんの眼が見開かれる。
「ああ・・・甘い・・・幸せの味です・・・ここは天国・・・」
いや・・・言い過ぎでしょうが・・・
そして問題のシルビアちゃんだが・・・
一口食べると無言で固まっていた。
「・・・もう、死んでもいい」
いや、それは止めてくれ。
スイーツで死なれたらこちらとしては敵わんぞ。
甘味殺人事件ってな。
洒落にならんぞ。
シルビアちゃんは、泣きながらエクレアを頬張っていた。
嘘だろ?
そんな鼻水混じりでは味は分からんだろうが?
でも泣きながらも恍惚の表情を浮かべているシルビアちゃん。
・・・勘弁してくれよ。
10分が経過した。
そして再度髪を洗う。
これで2液が洗い流されたことだろう。
この後オゾンを使用する事になる。
このオゾンはシャンプーで使用しているオゾンと同じになるが、湯を通じて髪にオゾンを届けるのでは無く、湯気を通して髪にオゾンを働き掛けることになる。
もう少し説明をすると。
先ず、このお店にはオゾン発生装置がある。
そのオゾン発生装置からゴム管がシャンプー台に繋がっており、それをシャンプーで使用する。
そしてオゾン発生装置から水を通してゴム管が上に伸びており、その先には頭に被るキャップが付けられている。
そのキャップを頭に被ると、そのキャップの中にオゾンが充満し、髪にオゾンが働きかけるということだ。
今回のオゾンの使用はストレートパーマの定着を良くする為だ。
実はオゾンには汚れを落とすだけでは無く、パーマやカラーを定着させる効果があるのだ。
オゾン発生装置は、美容院にとっては顧客満足度を格段に挙げる設備なのである。
でもこのオゾン発生装置だが、実はこのお店用にカスタマイズされている一品なのだ。
簡単に他の美容院が真似出来る物ではない。
そして費用もそれなりに掛かるし、酸素ボンベを使う為、維持費もそれなりに掛かる。
俺は顧客満足度向上に拘りがある為、費用の事は考えないことにしている。
ここはケチってはいけない処だ。
ある意味この美容院のウリでもあるのだから。
これが美容院『アンジェリ』の差別化である。
他にも拘りがあるが、今日はこれぐらいにしておこう。
ああー!差別化についてもっと話したい!
ここは次の機会ということで・・・
イングリスさんはオゾンマッサージを受けていた。
その隣では、甘味ワールドから帰って来たシルビアちゃんが不思議そうにオゾン発生装置を眺めていた。
オゾンの独特な臭いがお店に充満している。
ここから10分待つ事になる。
ここでも俺達は世間話を行った。
実りのある時間となった。
10分が経つと自動的にオゾンが止まる。
そしてイングリスさんをカット台に再び誘導した。
ブローを行う。
左手を髪に触れて、髪を解きながら右手でドライヤーの風を当てていく。
イングリスさんを見ると気持ちよさそうに温風を受けていた。
これまた食い入る様にシルビアちゃんが眺めていた。
この時に毛先を確認する。
ウン、これは軽くする必要があるな。
でもその前に、
「軽くマッサージしますね」
「お願いします」
俺は肩周りからマッサージを始める。
マッサージのコツは揉みほぐしながらツボを押さえることだ。
特に肩周りは胸を開くようにマッサージすると、気持ちよさを助長することになる。
これを知らずにパンパン肩を叩くマッサージをする美容師が多いが、あれは大きな音を出すことでインパクトはあるが、正直に言ってしまえば受けている側の満足度は低い。
たいして解れていると感じた事は一度もない。
俺はそんな見た目騙しなんて行わない。
施術を受けている間に凝ってしまった肩から上をちゃんと解したい。
しっかりと筋肉を解してあげないとね。
肩周りの次は首を中心に解していく。
首は繊細に行わなければならない。
その為、俺は親指と人差し指の付け根を使って、首を下から上に向かって解すようにマッサージを行う。
この箇所が一番手の中で柔らかい箇所だからだ。
イングリスさんを見ると、気持ちよさそうに眼を瞑っていた。
思わずにやける俺、ちょっとドヤ顔になっているか?
俺のマッサージは気持ち良いのでね。
そして仕上げに入る。
耳の後ろにある窪んだ部分に両手の親指を当てて、上に持ち上げる。
「ああ・・・」
イングリスさんが声を漏らしていた。
それを羨ましそうに見ているシルビアちゃん。
最後に凡の窪に左手の親指を当てて、右手はこめかみに手を当てて頭を上に挙げる。
「はあ・・・」
どうやら気持ちの良い時間を過ごしてくれているみたいだ。
フフフ・・・
「イングリスさん、最後に軽く髪を空きますね」
「はい、お願いします」
最後に空くのはスタイルを整える為だ。
そうしないと綺麗なスタイルに纏まらない。
ハサミを立てて、空きハサミで毛先を空いていく。
よし、完成だ。
いいだろう。
「イングリスさん、どうですか?満足して頂けましたでしょうか?」
「ええ・・・それはもう・・・」
イングリスさんは鏡に映る自分をまじまじと見つめていた。
そして静かに涙を流していた。
とても美しい涙だった。
それをシルビアちゃんが感慨深く眺めている。
シルビアちゃんも貰い泣きしそうだ。
「ジョニー店長・・・ありがとう・・・私、今日から楽しい毎日を送れそうです!」
「それはよかったです」
イングリスさんは涙を拭いて、笑顔になっていた。
女性を綺麗にする。
より美しく、より可愛く。
周りの人達に見て欲しくなる様な、そんな想いを叶えたい。
これが美容師の醍醐味ってね。




