エルザの村
翌日の夜のバーの営業時間に、伯爵とマリアベルさんが現れた。
当然クロエちゃんを伴って。
心なしか緊張している様子のクロエちゃん。
相手がこの国の最高権力者だから、本来はこんなものなんだろうね。
俺は立場を気にしないと決めたから、緊張なんてほど遠いんだけどさ。
リックに言わせると俺は特別らしい、人を特別扱いするんじゃないよ。
俺は俺の信念に従っているだけなんだぞ。
フンス!
さて、大事な会合となりそうだ。
ここは気を引き締めていきましょうかね。
伯爵は今度は何をしてくれたのかという顔で俺を睨みつけていた。
え!俺の所為なの?
違うでしょうよ・・・
まあいいや。
今回も大所帯になってしまった為、温泉宿の宴会場に移動した。
こうしてみると温泉宿は造って正解だったね。
結果論だけども・・・
大部屋があると助かるんだよね。
大人数の話し合いにはうってつけだな。
出席者は『アンジェリ』からは俺とクロムウェルさんだけ。
他のスタッフは絶賛練習中である。
王家からは王妃と皇太子、そしてロイヤルガードが脇を固めている。
伯爵家からは伯爵とマリアベルさん、そしてクロエちゃんだ。
いつもの如くギャバンさんは伯爵の後ろに控えている。
後は王妃のご指名で、ライゼルとリックが同席していた。
リックが居なくてバーの営業は大丈夫なのか?と思ったが、メイランが居るから大丈夫だろう。
モリゾーは・・・戦力にはならないな・・・残念ながら・・・
今日はアイレクスさんもいるし、最近では職人『アンジェリ』も適当に手伝っているから問題ないだろう。
たぶん・・・
クロムウェルさんは俺の執事に徹すると言っていた。
いや・・・俺に執事なんていらんがな。
まあ好きにやってくれよ。
何度も言うが、俺は只の美容師だっての。
開口一番王妃が挨拶を始める。
場を指揮ってくれる人がいると楽でいいよね。
「ベルメゾン伯爵、そしてマリアベル、久しいな」
これに対して仰々しくお辞儀をする二人。
「はっ!ご無沙汰でございます」
「お久しぶりで御座います王妃様。ご健勝そうでなりよりで御座います」
跪こうとする二人を視線で制する王妃。
先ずは座れと着席を促していた。
一応俺もその後に着席した。
礼儀作法はよく分からんが、多分大丈夫だろう。
間違っていてもそれに目くじらを立てる王妃じゃないしね。
「マリアベル、良い髪形をしているな。これはジョニー店長のお手並みか?確かもう少し癖のある髪だったはず・・・違うか?」
髪に触れ、笑顔を漏らすマリアベルさん。
今日もお綺麗ですよ。
「これはストレートパーマで御座います、勿論ジョニー店長のお手並みで御座います」
「それに若返って見えるが気の所為か?」
話の流れからか、伯爵が困った表情を浮かべていた。
女性の美容談義は止まらないからね。
気持ちは良く分かるよ。
「ウフフ、お褒め頂き光栄で御座います。これもジョニー店長のお店の影響で御座いますわ」
話しが長くなりそうな気配を感じた為、俺が割って入る。
「はいはい、お二人さん。美容談義は又にしましょうね。王妃、ちゃんと教えますから安心して下さい。五歳以上は若返らせてみせますよ、でも王妃はそもそも若く見えてますけどね。充分じゃないですか?」
「本当か!・・・まあよい。して・・・伯爵よ、何用だ?」
襟を正す伯爵。
「はっ!王妃様にご紹介したい者が御座います」
「ほう、余に紹介だと?」
「先日ジョニー店長から魔道具に関する話がおありだったとか、その際に協力的な魔導士を紹介することになったと伺っております」
頷く王妃。
「そうだ・・・よく知っておるな」
「実はその魔導士は家の家来で御座いまして」
「なんと!・・・してその者は何処におる?」
緊張の面持ちの儘のクロエちゃんが一歩前に出る。
「ん?」
顔を顰める王妃。
「王妃様、こちらがその魔導士にて御座います」
クロエちゃんに向けて手を掲げるマリアベルさん。
「確かその者はマリアベルのメイドではなかったか?」
「はい、仰る通りで御座います」
「メイドがどうして?」
疑問が絶えない様子の王妃。
そうなるよね、俺も正体を知った時には驚いたよ。
「実はクロエはロイヤルガードになる予定だった所を、私がメイド兼護衛に引き抜いたので御座います」
「ほう、それはどうして?」
「クロエが魔導士として我らの領地に訪れたのですが、その魔法の腕と人間性を鑑みて私の元へと、それに当時私には髪結いさんがおりませんでしたので・・・」
合点がいったと首を縦に振る王妃。
「フェリアッテか・・・なるほど、それにしても魔導士としての腕も確かなら、護衛を兼務することは可能か・・・」
「左様でございます」
「クロエとやらよ、お主出身はどこである?」
クロエちゃんが逡巡する。
これは王妃相手に緊張しているのとは違うな、出身地を答えていいものかと悩んでいるのだろう。
どうしてだろうか?
「それは・・・」
「ん?答えたくはないか?」
「あ・・・否・・・その・・・」
困っているクロエちゃん。
それを見かねてマリアベルさんが割って入る。
「クロエ、否なら答えなくてもいいのですよ。それぐらいでご機嫌を損ねる王妃様ではありませんよ」
クロエちゃんは下を向くと考えを巡らせていた。
そして決心を固めたのか、強い眼つきで王妃を捉えた。
「答えさせて頂きます。エルザの村で御座います」
この答えに戸惑う一同。
「なんと!」
「えっ!」
「嘘だろ?」
マリアベルさんだけが心配そうにクロエちゃんを見つめている。
「それは本当か?」
「はい!」
俺は置いてきぼりになる訳にはいかない。
「エルザの村って何なの?」
俺の質問に一気に注目が俺に突き刺さる。
ちょっと、知らないものはしょうがないでしょうよ。
俺は知ったかぶりは嫌いなんでね。
「そうだった、ジョニー店長はこの国に疎いんだった」
「ジョニー、お前そういう処だぞ!」
何故か俺を糾弾するライゼル。
「ライゼル、何がそういう処だ!知らないものは知らん!聞いて何が悪い!」
「まあまあ、ジョニーもライゼルも空気を読めお前ら」
リックが割り込んでくる。
俺は悪くないでしょうが!
「ジョニーがエルザの村を知らない事はしょうがねえ、王妃様。私が説明してもいいでしょうか?」
そう言うや否や、立ち上がるリック。
やる気満々じゃねえか。
最近リックの語りを聞いてばかりの様な気がするな・・・
「リック、任せた」
「御意に・・・さて、何処から話そうか・・・」
俺に視線を向けるリック。
リックによると、エルザの村は賢者マルーンが晩年に造り上げた村らしく、その村の住民は魔導士だらけらしい。
晩年の賢者マルーンは平和となった国を見届け、隠居する形で国を去ったとのこと。
そしてアリオロス王の心遣いとして、隣国との間にある森をマルーンに与えたのだとか。
隠居する本当の理由は魔法の研究をしたかったのだとか謂われているらしいが、真相は明らかになっていない。
特殊だったのはエルザの村は、村を形成した後に、村ごと姿を眩ましたのだった。
森の中に出来たはずの村が、まるで姿形が無くなったのだ、正に魔法の如く。
どうしてなのかは誰も分からない。
時の王のアリオロスは、それを笑って受け止めていたらしい。
「マルーンめ!やりおったな!ガハハハ!」
膝を叩いて高笑いしていたとのこと。
なんとも豪胆な王様だ。
その後エルザの村は伝説の村と謳われ続け、俗世との関係を一切経ったとされている、謎の多き村なのであった。
ただ時々、エルザの村に迷い込んでしまう者もいたようである。
しかし帰還したその者達は、エルザの村についての一切を語らなかったらしい。
中には何も覚えていないという者までいたのだとか。
そして極稀に、エルザの村の出身者が俗世に顔を出すこともあったにはあったが、大体は突然霧の様に消えてしまうみたいだ。
その時には決まって、
「魔導士の品格が問われるな・・・」
そう嘆いていたみたいだった。
エルザの村は摩訶不思議な謎の村なのであった。
「なるほど、そりゃあ答えていいか迷うよな」
ライゼルが頷きながら話していた。
「そうか、してエルザの村について話してくれるのか?」
王妃がクロエちゃんに問いかける。
「エルザの村については多くを語る事はできません」
「やはりか・・・」
残念そうに項垂れる王妃。
「村との約束がありますので・・・」
「そうか・・・」
「でも、話して良い事は話そうと思います」
クロエちゃんは力強く答える。
「よいのか?」
「はい、特に魔道具については製造方法など、必要であれば魔法陣の書き方まで話します」
話が先に進み過ぎだって、そもそもからちゃんと聞きましょうよ。ここはさ。
「ちょっといいかな?」
俺は割って入った。
数名のロイヤルガードが明らかに嫌そうな顔をした後に、しまったと表情を改めていた。
すまんねこんな性格で、王妃を蔑ろにしている気は更々ありませんのでね。
ご勘弁下さいな。
「何でしょうジョニー店長」
「そもそもの話さ、そのエルザの村から何で伯爵家に仕えることになったの?リックの話だとこれまでにそんな者は居なかった様に思えるけど?」
そもそも俗世から縁を切った村の出身者が、伯爵家に仕える事に疑問がある。
「はい、稀に出身を偽って王家や伯爵家に仕えていた者はいます。その理由は少なからず世情をエルザの村の者達も知る必要があるからです」
「だろうね」
俗世と縁を切ったからと言っても、放置とはいかないだろうしね。
時々様子は見に来るでしょう。
「私も出身地を偽っております。本当の出身地を知っているのはマリアベル様だけでした」
「そんな感じだよね」
そりゃあ偽って当然だろうね。
「知られれば、好奇の目に晒されるのは必然かと」
下手をするとエルザの村の事を教えろと迫られるかもしれないしね。
謎は人を惹きつけるからね。
実際俺も知りたいし。
「でも信頼のおけるマリアベルさんには本当の事は話しておいたと」
「はい、マリアベル様は私にとっては姉も同然、教える事に迷いなどありませんでした」
困ったなと表情を歪めるマリアベルさん。
確かにこの二人の信頼関係は絶大だからね。
最初の素性を知らない頃は、俺も本当の姉妹だと思っていたしね。
「フフ、良い家臣を持ったものだ、マリアベルよ」
王妃も二人の関係を認めていた。
「伯爵家に仕えたのは自分の意思だけではありません」
「ん?というと?」
意外そうにクロエちゃんを見つめるマリアベルさん。
ここは彼女も知らない事らしい。
「エルザの村には未来を予知する能力を持った者がいます」
「未来を予知?」
「はい、魔法の一種であると捉えて貰って良いかもしれません」
何ともファンタジーだねえ。
未来予知、気になるねぇ。
「それで?」
「その者からメイデン領に人を送り込んだ方が良いと、村長に提言がなされました。そしてメイデン領に仕えたい者がいないかと公募があり、私が手を挙げたのです」
「なるほど」
だから自分の意思だけではなかったということね。
「どうしてメイデン領に人を送り込んだ方がいいということなの?」
どんな予知なのか気にあるなあ。
「それは・・・不確かな話ですので、答えに窮するのですが、近い将来国を動かす出来事があると予知されているのです」
「国を動かす出来事?」
「はい・・・」
「それが何かは分からないということだね?」
「ええ、申し訳ありません」
俺に謝罪するクロエちゃん。
「いや、クロエちゃんが謝る事ではないよ・・・にしても・・・国を動かすか・・・」
「もしかしたら魔道具の事かと考えまして、ジョニー店長に王家に掛け合って貰う様にお願いしたんです」
「そうか・・・でも・・・」
ちょっと違う気がするな・・・
俺の只の勘だけど・・・
「フム、確かに魔道具の仕組みを公開する事や魔導士制度の廃止は、国にとって大きな出来事に違いない」
王妃はクロエちゃんに同意みたいだ。
「実際の所は分かりませんが、私はジョニー店長の競合を造ろう作戦を後押ししたい、そして今の魔導士制度について思う処があるのです。まずは魔道具の作製について一石を投じたいのです」
「ジョニー店長の作戦はさておき、魔導士制度については私も思う処があるわ」
王妃も何かしら思いがあるらし。
「では!」
喜々としているクロエちゃん。
「そう急くではないわクロエ、物事には順序がある」
「そ、そうですか・・・そうですよね・・・」
王妃は腕を組んで思案している。
「建国当初からの法律を変えるとなると、それこそ国を動かす一大事。慎重に事を運ばなければならん」
「それと・・・」
クロエちゃんはここぞとばかりに続ける。
「まだ何かあるのか?」
「はい、この国の魔道具はエルザの村の物に比べて格段に質が悪いです」
「なんと?」
クロエちゃんぶちまけるねえ。
「それに種類も少ないです」
「ムム・・・こうなると魔道具の仕組みを公開する事は魔道具の発展にも繋がる。魔導士制度の如何は抜きにしても、魔道具の仕組みの公開は決定事項となるな」
「先ずは一歩ですね」
「そうである、さあ忙しくなりそうだ。慰安のつもりだったのだが・・・やむおえんな」
そう言いつつも国の発展に繋がる事項だ。
王妃はにんまり笑顔であった。




