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異世界美容院Angeli  作者: イタズ
第3章 黎明期 フェアリーバード編

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諜報員

我等北の国の者達は、この世界において軽蔑されているのは自覚している。

その理由は明らかだ。

自分達の無いをいい事に、奪うを生業としているからだ。

生れてこの方、それを悪い事と思った事はこれまで一度も無かった。


だかしかし・・・その価値観は崩れ去りそうになっていた。

今では罪悪感と恐怖心を拭い去る事が出来ない。

それはある事を目の当たりにしてしまったからだ。

あんな惨事を、俺は生れてこの方見た試しはない。

思い出しただけでも身震いしてしまう。

あれは悪魔の所業だ!




我等の国はメイデン領の北に位置する、広大な土地に恵まれた大地に、その領土を抱える北の国『ロシエメイト』この世界の最北端に位置する国だと教えられてきた。

我等は時に北の蛮族と揶揄されることもある。

蛮族とは我等にとっては褒め言葉でしかない。

それを知らず、そう揶揄うダンバレーの国民を鼻で笑いたくなる。

無いものは無い、有るものは有る。

原理原則はそれ以上でもそれ以下でもない。

だから奪って何が悪い。

そう俺は考えている。


我等の国土は、年に4カ月以上は雪に覆われている。これは南部に限った話だが。

北部ともなれば話は別だ、年中雪原が覆っている土地すらもある。

その為、育つ植物は限られている。

森の実りも少ない。

それに家畜も寒さに弱く、大きく身を付けることはあまりない。

もしかしたら育成方法などを変えれば、話は変わるのかもしれないが、それを知るすべは俺達にはない。


俺は『ロシエメイト』諜報機関の副隊長のスバルだ。

スバル・フォルテン、人は俺を闇夜のスバルと呼ぶ。

この諜報機関はそもそもこれまでには無い部隊だった。

諜報部隊は女王陛下の鶴の一声で設立された部隊だ。

女王陛下は聡明であらせられる。

だが、正直俺は辟易している。


設立当初は、この部隊が結成された意味がさっぱり分からなかった。

だってそうだろう?俺達は北の蛮族。

無ければ奪えばいい。

それが諜報?なんの役に立つんだ?

でもこれまでも実は諜報活動は人知れず行われていたらしい。

記録などはないから伝え聞く限りでしかないのだが。


要はメイデン領の実りの季節に、どこで食物の搬入が行われていて、何処に何が運搬されるのか?

その情報を掴む為の諜報活動は行われていたということだ。

そしてどこでどう襲撃を行うのか、この情報の意味はとても重要だ。


それだけでは無い。

どれほどの警護の者達がおり、どういった警備の布陣であるのか。

予め知っておかなければいけない情報は多岐に渡る。


こちらも命がけだ。

俺達はそこいらの強盗紛いとは訳が違う。

やっていることは同じだが、その意義が違うからだ。


俺達には自分だけでは無く、腹を空かせた家族、子供達がわんさかいる。

襲撃を違える事は、つまり家族の餓死を意味する。

命を懸けた襲撃なのだ。

自分が飢えることはどうだっていい、泥でも啜ってやるよ。

でも家族や子供達が飢えることはあってはならない。

その為、俺達は奪う。

生きてゆく為に。

何が悪いってんだよ。

こちとら小さな命が掛かってんだよ!




諜報活動は地味な作業だ。

身分を偽って、情報を集める。

北の蛮族は独特な衣装と髪形をしている。

俺達北の蛮族の誇りは、その髪の長さと髭の長さにある。

髪の毛なんて切らない。

髭も剃らない。

伸ばしっぱなしだ。

どれだけ長いのかが自慢だったりもする。

その為、おじい達の中には、腹まで達しようかという長さの髭を蓄えた猛者もいる。

羨ましい限りだ、惚れ惚れする。

俺もああなりたいものだ。

しかし身分を偽るとは、これとの決別を意味する。

長髪や長い髭なんて身分がバレてしまうからだ。


くそぅ!

諜報部隊に入って真っ先に髪を切られて、髭を剃らされた時には、俺は膝から崩れ落ちた。

俺のプライドは呆気なく霧散してしまった。

畜生!

これをメイデン領の奴らにぶつけてやる!

俺の髪の毛と髭を返せ!

・・・八つ当たりなのは分かっている。

でもよう・・・くそぅ!


現女王殿下は穏健派だ。

つまり前国王とは違い、自給自足を原則としている。

諜報の中には、北国でも育つ植物の情報や栽培方法を集めろというミッションもある。

そんなもんがあれば、これまでにいくらでも集まってきただろうに。

何を今更・・・

女王殿下は甘いな・・・


だが、現実的にはそうはいかない。

その為、止むを終えず奪う。

これをしなければ、国民の大半は飢えてしまうからだ。

最近では、隣国から支援を受けようという派閥もある。

何を呑気な・・・

そこにあるんだ、奪えばいいだろうが。

そう俺は思ってしまう。




俺はひっそりと諜報活動を開始した。

冒険者に身を偽り、街を散策し、酒場に繰り出す。

情報集めは酒場に限る。

酒場は情報の宝庫だからだ。

差し出されたぬるいエールをチビチビと舐めながら、世間話に耳をかた向ける。

国のなけなしの金を使っているのだ、無駄使いなんてできっこない。

ぬるいエールなんて、たいして美味い物ではないが、周りがこれを飲んでいるのだからそうしないのは返って目立ってしまうだろう。


そしてとあるお店の噂を耳にした。

バー『アンジェリ』

なんでも至極の酒と、これまでに味わったことが無い、激旨の酒のつまみを提供するお店とのこと。

俺は一気に興味をそそられた。

それにこの領内の重要人物も集まるバーらしい。

そんなお店はこれまで一度も聞いたことが無かった。

どこの酒場に行っても、この噂が耳に入ってきた。

こうなると自らの眼で確かめるしかない。

至極の酒が飲みたいし、激旨のおつまみを食べてみたい・・・

いや、違う。

これはあくまで諜報活動の一端だ。

重要人物達の話に耳を欹てて、貴重な情報を得なければならない。

そう俺は自分に言い聞かせた。

決して旨い酒や、つまみを食いたいのではないと・・・でもどんなお酒とおつまみだろうか?




なんなんだこのお店は・・・

俺は空いた口が塞がらなかった。

目の前にあるお店は、この世界にあってはならないとすらも感じる異質感。

どうしてこんなにも艶やかで、透明感のあるお店が存在しているのだろうか。

これまで俺は様々なお店を見てきた。

でもこんな、店内まで見通せるお店は始めて見る。

どうしてこんなにガラスが透明なんだ?

店内の様子が透けて見えているぞ・・・

不用心じゃないか?

いや、違う。これは自信の表れだ!

どれだけでも店内を見てくれても構わない、危害を成すことなどは一寸たりともさせないとのものだ。


実際恐ろしいプレッシャーを感じる。

このお店に危害を加えようものなら・・・俺の命は無いな・・・

お店の奥の方から異常な波動を感じる。

俺は首を絞めつける様な奇妙な緊張感を感じていた。

訳も分からず冷や汗をかいていた。

人ならざる者がいるのだろうか?・・・そう思わざるを得なかった。


どうやら、バー『アンジェリ』は庭先で営業されているみたいだ。

まだ寒い時期だってのに・・・

年柄年中こうなのだろうか?

でもちゃんと暖を取れるように、焚火がくべられている。

これはありがたい。

店内には厠を借りる際には入れるみたいだが、それ以外では立ち入り禁止らしい。

どうにも厳重だ。


周りを見渡したが、この領地の重要人物の様な者は見かけなかった。

そのお客のほとんどが冒険者と家族連れだった。

これは外れだったか?

でも雰囲気はいい、酒場の喧騒というよりは、和気藹々とした空間が自然と表情を溶かしてくれる。

これは噂になるもの頷けるな。

ここには通いたくなるのもよく分かる。

おっと・・・仕事をしなくてはな・・・


俺は適当に席に着くと、見たことも無い髪形をしたごつい女性に尋ねられた。

なんだこの髪形は・・・無茶苦茶カッコいいじゃねえか・・・これは編み込みか?

否、違う。これはもっと手の込んだ髪型だ・・・


「初めてのお客さんだね?まずは生ビールと適当なおつまみでよかったかい?」


「ああ・・・助かる」

こいつは・・・冒険者か?

とても給仕には思えないぞ・・・

身の熟しも鮮やかだ。

こいつ・・・出来るな・・・真面に殺りあって勝てるとは思えない。

体捌きが素人のそれでは無いぞ・・・


ん?・・・あいつは確か・・・閃光のライゼル・・・

こんな大物がどうして・・・でも・・・髪形が随分と変わっているな・・・

坊主なのか?・・・金髪だった筈では?・・・

こいつもお店のスタッフなのか?

噂の生ビールを運んでいるぞ。


っち!策士リックもいやがる、まあそうか、ライゼルがいればリックもいて当然か・・・

これは仕事がやりずらいな。

でもこいつらも忙しくしている様子。

であれば隙はあるだろう・・・なんなんだこのお店は・・・


なんて考えていると、同じ匂いのする奴が隣にいた。

一瞬だけ視線を合わせると、意味ありげに口元を緩めていた。

こいつは間違いなく、こちら側の人間だ。

俺の眼は誤魔化せないぞ。

明らかに人から奪ってきたタイプの人間だ。

特徴的なのはその視線だ。

真っすぐに向いている様でいて、少し下を向いている。

それは腰周りに視線を向けている事を意味する。

その理由は腰に下げている獲物の確認と、そいつの体捌きを確認する為だ。

腰周りの動きをみれば、どれだけ俊敏な奴なのかが分かるからな。


さり気無く気を伺ってる様に、肝が冷える。

おいおい兄弟よ、この店では止めておけよ。

まず間違いなく上手くいかないぞ。

ライジングサンからは逃げられねえぞ。

ああ、思い出したよ。

このごつい女はメイランだ。

なんてカッコいい髪形をしてるんだ。


そしてそこであたふたしているデブはモリゾーだ。

こいつらになんて敵いっこない。

メイデン領きってのナンバーワン冒険者グループなんだぞ!

くそぅ!

なんでライジングさんが店を取り仕切っているんだ。

これは情報には入って無かったぞ。




メイランが生ビールを給仕してくれた。

このグラスジョッキの透明度は・・・それにキンキンに冷えてやがる。

なんと言ってもこの旨そうな泡だよ・・・

これはチビチビ舐めてなんかいられねえ。

ここは一気に飲もう、そうしよう!

グビッ、グビッ・・・

んん?!この喉越しは?・・・旨い!

何だってんだ!あり得ない美味さ!

まだ寒い時期だってのに、キンキンに冷えた飲み物がこんなに旨いなんて・・・

ああ・・・これが至極の酒か・・・よく分かったよ・・・間違いなく至極の酒だよ・・・

くそぅ・・・嫌になる・・・これまで俺が飲んできた酒は何だったんだよ・・・


メイランから生ビールと同時にツマミを給仕された。

紙皿に乗せられた、見たことも無い茶色のペラッとした菓子だろうか?

白い豆も混じっている。

これが激ウマのおつまみなのか?・・・甚だ疑問だ・・・


ん!辛い!・・・でも・・・旨い!

後を引く辛さだ!この生ビールが進むぞ!

ああ・・・なんという相性・・・これは手が止まらないぞ!


気が付くと、俺はもう生ビールを飲み干していた・・・

これが至極の酒と、激旨のおつまみ・・・

やられた・・・降参だ。

もう一度味わわずにはいられない。


「すまない!生ビールをもう一杯!それとこのおつまみも!」

考えるよりも先に注文してしまっていた。

ん?俺は何をしにこの店に来たんだっけ?




仕事に戻ろうか・・・ここは情報収集に徹するに限る。

間違っても奪おうなんて考えちゃいけない。

誘惑は多い、この生ビールのジョッキだけでも相当高価な物だろう。

それだけじゃあない、食器、魔道具、豪華な物が散乱している。

はっきり言って涎物だ。


気持ちは分かるぜ兄弟よ。

このフォークなんて銀食器に違いねえ。

これだけでもそれなりの金額になりそうな物だ。

でもそういうことじゃねえ。

命あって物種だろう。

そう俺は視線で訴え掛けてみた。


だが、チッ!

やりやがった!

こいつ、ポケットにフォークを入れやがった。

馬鹿が!早く返せ!

殺されるぞ!

俺は心配になって周りを見渡す。

そうとは気づいていないライジングサン一同。

自分達の業務に追われていた。

これは逃げ切れるのか?


俺は胸を撫で降ろそうとしたその時。

兄弟の背後からヌルりと声がした。

余りの出来事に俺は腰を抜かしそうになった。

このおっさんどこから現れた?!気配を全く感じなかったぞ!


「これはいけませんねぇ、お行儀が悪いですねぇ」

壮年の執事風の男性が兄弟の背後に立ちはだかっていた。

そして肩に両手をおいて動けなくしていた。

その声を聴いてモリゾーがノソノソと近づいてくる。

あのどぎまぎしていた表情はどこへいったのやら、指をバキバキと鳴らして、こちらを睨みつけている。

だから言わんこっちゃねえ!


逃げようにも座った状態で、肩を押えられては立つことは敵わない。

一際気合の入ったモリゾーに後ろ手に縛られた兄弟は、店内に連行されてしまった。

この出来事に、バー『アンジェリ』は最初は騒然としていたが、次第に雰囲気が変わっていった。

どうやら空気感から、これは初めての事では無いらしい。

結論を知っている数名の客達が色めき立っていた。


「今日もでるのか?」


「あれは酷いからなあ!」


「でもこれは見物だぞ!」


「でるぞ!でるぞ!」


鏡の前に置いてある椅子に無理やり押し込まれた兄弟は、ライジングサンに囲まれて小さくなっている。

そこに地獄の笑みを携えたこの店の店主らしき男性が、見たことも無い魔道具を片手に、肩を回してやってきた。

なんだこいつ!

無茶苦茶怖い笑顔をしているぞ!

人はこんなに狂気に満ちた表情をする事ができるのか?

恐ろしいー!


「悪い奴には躾の時間だ!」

そう叫ぶとその店主は魔道具で髪を刈りだした。

それもおでこから・・・


嘘だろ!

なにやってんだよ!

止めてくれ!ああ・・・そんな・・・


バリバリバリ!と嫌な音を立てながら魔道具を扱う店主。

その表情は喜々としていた。

こちらが引くほどに・・・

兄弟が抵抗しようと頭を動かした。


すると、

「動くんじゃねえ!怪我をしても知らねえぞ?」

腹に響く声で恫喝していた。

この声に完全に心を折られた兄弟は、この後はなすすべなく茫然としていた。


そして兄弟は完全に人が変わってしまった。

おでこから天頂部分がしっかりと刈り込まれた髪形になっていた。

でも横髪や後ろ髪は長い儘だった。

余りに酷い有様だった。

これはえげつない・・・


俺はこれにはどんな事があってもなりたくは無い。

なんでこんな事が出来るんだ?

躾って・・・限度があるだろう・・・

確かにお店の備品を奪おうとした兄弟が悪い。

でもこれはやり過ぎじゃないのか?

何もここまでしなくても・・・ああ・・・


後日知ったのだが、これは落ち武者ヘアーという髪形らしい。

これはこのメイデン領では、人の物を奪おうとした者や、やってはならない事をした者に施される刑罰だった。

こんなものを見た日には、俺は人の物を奪う事を、もう良しとは思えなくなっていた。

俺は落ち武者にはなれない。

それにこの髪形をした者は、このララの街ではつま弾き者扱いを受けることになる。

もう真面にこの街を訪れることは敵わないのだ。


それは密偵にとっては、その職責の終了を意味する。

俺はこれになる訳にはいかない。


それにしても・・・怖かったー!

なんだよ、あの店主の地獄の笑顔はよう・・・

落ち武者は嫌だー!

俺は絶対に成りたくねえー!!!


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