弟子を取る
折角なので、街を見て周ることにした。
もっとこの世界の事を知りたい。
街並みとしては近代的な家屋は無く、レンガ造りの家や昭和初期の頃を彷彿とさせる家が多かった。
とは言っても瓦は無く、屋根は石やレンガを使用している。
まぁ日本様式は独自だからね。
行き行く人々は教えられた通り、人族しか居なかった。
どうせなら他の種族を見てみたかったな。
この街を見るに、足元は石で固められている。
側溝なども見受けられ、一部の家では水道も完備されている様だ。
そして驚いたのは街道筋に時計があった。
おおー!数字は読み取れなかったが、数を見るに12進法だった。
だろうね。
日本との時差を感じなかったからね。
でも季節は真逆なんだよな。
いつか体調を崩しそうだよ。
数件の露店を見つけたので買い食いをしてみた。
正直な感想は、
「物足りませんね」
この一言に尽きた。
余りに味が薄い。
濃い味付けに慣れ過ぎてしまっているのだろうか?
栄養管理を見直すべきだろうか?
「それよりも、ジョニー店長の料理の味が濃いのでは?」
シルビアちゃんから咎められてしまった。
そうかもしれない。
現代の日本の食事は殆どの料理の味が濃い。
それは否めない。
でもそれに慣れてしまっているし、それが美味しいと感じてしまう。
その所為もあってか、日本では成人病を患っている方々が多いのかもしれないな。
たぶん塩分過多なのだろう。
それは良いとして。
物足りなさは否めなかった。
マリオさんに誘われて、俺達は酒場に行くことになった。
その酒場は喧騒に満ちていた。
所々でワイワイガヤガヤやっている。
おおー!賑わっているな。
こういう雰囲気は嫌いじゃありませんよ。
あり様としては居酒屋を彷彿とさせる。
誰もが適当に腰かけて自由気ままに寛いでいる。
そして見慣れた顔を見つけた。
ライゼルである。
「おいっ!なんでジョニーがここにいるんだ?」
俺を見つけるとライゼルが席を立って手招きをした。
誘われるが儘に俺はライゼルに近寄った。
別にいたっていいだろうが。
「なんだ?ライゼル、俺がここに居てはいけないのか?」
「な訳ないだろう、さっきお前の話題に花を咲かせていた所だぞ!」
噂をすれば何とやらか?
「お前、俺の余計な事を言ってないだろうな?」
「どうだかな?」
ライゼルがお道化ている。
ライゼルの周りには冒険者風情の者達が集まっていた。
全員歴戦の猛者の雰囲気を醸し出している。
この店は武器の持ち込みは可の様子。
腰周りに獲物をぶら下げている者もいた。
「そうだ!おい!お前ら、このジョニーの美容院に一度行ってみろよ!こいつは凄えぞ!美容師は半端ねえぞ!」
その発言を受けて、
「噂の御人だか?」
「あの『アンジェリ』の・・・」
「私もシャンプーを受けてみたい」
とのコメントを頂いた。
やっぱり噂になっているみたいだ。
嬉しい事です。
ここでマリオさんが前に出てきた。
「あの・・・失礼。閃光のライゼル様で御座いましょうか?」
「閃光?俺のことだが?」
おいおい、ライゼルは二つ名持ちだったのかよ。
まさかこのアホがね。
にしても閃光だって?
笑えるな。
「おおっ!あの高名な閃光のライゼル様がジョニー店長のお知り合いのご様子!」
「ん?ジョニーと俺はマブダチよ。マブ!」
はあ?勝手にマブダチ宣言してるんじゃねえよ。
まあいいけど・・・
「ちょっと待って下さい。お父様!」
シルビアちゃんが怪訝な表情を浮かべている。
もの言いたげだ。
「どうしたシルビア?」
シルビアちゃんは腕を組んでお冠な様子。
いきなりどうしたんだ?
シルビアちゃんらしくないな。
「この人は美容院『アンジェリ』にとっては害でしかありません!」
糾弾する発言に驚きを隠せないぞ。
どうしたシルビアちゃん、いきなり過ぎるぞ。
何があった?
「ちょっと、シルビアちゃん・・・」
思わず言葉が溢れ出る。
目を丸くしているライゼル。
俺も同じ気持ちだよ。
「だって!この人は決まってお店が混んでいて急がしい時に現れて、ジョニー店長の手を煩わせるんですよ!それに、無遠慮に店先の整備を勝手に行っているんですよ?あり得ますか?」
ありゃまあ、これはどうしたことか・・・
俺は思わずライゼルを見ていた。
分かったと口を歪めて頷くライゼル。
「すまないお嬢さん・・・俺は確かに無遠慮で浅はかな冒険者だ。でもな、あの店先の庭園は俺とジョニーで作り上げた庭園なんだ・・・分かってくれないか?」
流石に俺もフォローに入る。
「そうなんだよシルビアちゃん。確かにこいつはアホだ。それは間違いない。何度も美容院に相棒の剣のリリスを忘れていく忘れ物大王だ。でもこいつのお陰であの庭園が出来上がったのも事実なんだよ」
「ジョニー・・・お前結構辛らつだな・・・」
項垂れるライゼル。
間違ってはいないと思うが?
「はあ?事実だろ?」
「まあな・・・」
俺の忘れ物大王発言に周りの冒険者が頷いていた。
どうやらこいつの忘れ物常習犯は有名らしい。
この馬鹿が!
もう一度リリスに謝れ!
一転あわあわとしたシルビアちゃんは、
「そんな・・・知りませんでした、申し訳ありません!」
しっかりと頭を下げていた。
こればっかりはしょうがないよね。
でもシルビアちゃんは正義感が強いというか何と言うか。
よく冒険者に立ち向かって行けたね。
関心するよ。
「いいって事よ、これからもジョニーの店には顔を出すからよろしくな!嬢ちゃん」
だろうな、来るなと言ってもこいつはやってくるだろう。
それぐらい図太い神経をしているからね。
この忘れ物大王!
「ライゼル、嬢ちゃんじゃねえ、シルビアちゃんだ」
「そうか、よろしくなシルビアちゃん。俺は閃光のライゼルだ!」
ライゼルは立ち上がるとシルビアちゃんに手を差し出していた。
遠慮気味にシルビアちゃんは握り返していた。
自ら二つ名を名乗るって・・・ダサくないか?
でもこいつの本当の二つ名は忘れ物大王だと俺は思うけどね。
たぶんそれを言ったらここにいる冒険者達は賛同してくれるだろう。
まあ言わないけど。
「シルビアです。こちらこそよろしくお願いします」
「それで、見てたけど、シルビアちゃんはジョニーの美容院で働いているのか?」
しれっと座り直すライゼル。
おい!早く座ってくれぐらい言えよ。
「いえ、お手伝いをしながら勉強をさせて貰っております」
「そうなんだ、で、ジョニー。どうして酒場に来ているんだ?」
ライゼルよ・・・お前まさかこの場を回しているつもりか?
どうでもいいけど。
少々ドヤ顔に見えるのは気の所為か?
「さっき商人ギルドに『アンジェリ』を登録してきた処だ、そのついでに何か飯でもと思ってな」
「なるほど、まあ座りなよ」
やっとかよ、遅えよ。
ほんと気遣いできていないなこいつは。
「では遠慮なく」
マリオさんとシルビアちゃんも腰かけた。
「ジョニー、紹介させてくれ。俺の冒険者チーム『ライジングサン』のメンバーだ」
軽装な服装の男性が手を挙げた。
「俺はリックだ、よろしくな」
一際デカい丸刈りの男性が、
「おではモリゾーだで」
最後に引き締まった身体をした筋骨隆々な女性が名乗った。
「私はメイランさ、よろしく、ジョニー店長」
気さくに手を振っている。
「知っているだろうが、俺はジョニーだ。そしてこちらがマリオさんとシルビアちゃんだ」
全員が頷いていた。
「『ライジングサン』ですか、これはこれは、新進気鋭の冒険者パーティーですね。お知り合いに成れて光栄でございます」
マリオさんが反応している。
「新進気鋭って、俺達結構有名なんだな?」
リックが応答していた。
「有名も有名!先日はグリズリーを仕留めたとか。商人は噂には敏感なんですよ」
「てことは、あんたは発火木で有名なマリオ商会のマリオさんかい?」
「その通りで御座います」
マリオさんはハットを軽く上げて頭を下げていた。
ちゃんとハゲは見えない様に。
これは手慣れている。
流石はマリオさん、紳士の所作だ。
「てことはあれだ、最近話題の三巨頭が勢揃いしたって訳だ。これは面白れえ!」
ライゼルが騒いでいる。
お前煩いぞ。
調子に乗りやがって。
「でも話題の中心は何と言っても美容院『アンジェリ』さ、私もシャンプーを使ってみたがあれはいい、今度お店に買いに行かせて貰うよ」
メイランが追随する。
「だな、ライゼルの髪もサラサラだで。おでもサラサラになるだか?」
「モリゾー!お前は坊主だから関係ねえだろ!」
リックがツッコんでいた。
「ガハハハ!」
「間違いねえ!」
「おでだってお洒落したいだで!」
モリゾーが狼狽えている。
こいつ弄られキャラか?
「だってよ、ジョニー。お前どうするよ?」
にやけ顔で話を振って来るライゼル。
はいはい、そういうおふざけは止めなさいっての。
「大丈夫だよモリゾー、家に来ればちゃんと君にあった髪形にしてあげるからさ」
俺は平然と答える。
「はあ?どうやってやるっていうんだよ?」
訝し気なライゼルだが、目が笑っている。
「例えば、横にラインを入れたりとか、部分的に髪色を変えたりとか、いくらでも方法はあるさ」
「流石は美容師だな、ジョニーは本物だ。な?だから言っただろ?」
ライゼルが偉そうに宣っている。
この野郎・・・俺の評判を挙げようとしてくれているんだろうけど。
下手くそめ。
ちょっと大根が過ぎないか?
それに頷くメンバー達。
「ジョニー店長は凄いのです!」
シルビアちゃんが急に立ち上がって宣言した。
おいおい!照れるじゃないか、止めてくれよ。
周りから視線を感じるぞ。
現に辺りが騒めいている。
「お?シルビアちゃんもそう思うかい?」
調子に乗ったライゼルが乗っかる。
「はい!私はこの数週間ジョニー店長の仕事ぶりを見てきました。正にサービス業のお手本。接客もそれとなくお客さんを察して先回りして動き、私への指示も的確。美容師は最強です!」
褒めちぎってくれていますね。
顔が赤くなりそうだ。
止めてくれよ!照れるじゃないか!
折角だ、もっと褒めてくれ。
フフフ・・・俺も調子に乗ってきているのか?
「それにしても、シルビアちゃんは美容師に興味があるのかい?随分熱心に話をしているけど」
俺は気になって聞いてみた。
そうあの決心した様な眼だよ。
「それは・・・あるに決まっています!」
おおー!そうなんだ。
「やっぱり女の子ってことかな?美容に興味があるとか」
「そうではありません」
シルビアちゃんに替わってマリオさんが答えていた。
「というと?」
「せっかくです、シルビア。自分の口からお話なさい」
ん?どういうことだ?
「ジョニー店長・・・お話があります・・・」
どうしたんだ?
いきなり改まって・・・
「なんだい?」
「私を美容院『アンジェリ』で雇って下さい!私を美容師に育てて下さい!」
シルビアちゃんは立ち上がって、きっちりと頭を下げていた。
はあ?どうして?
「シルビアちゃん・・・唐突過ぎないか?」
「お願いします!」
「ちょっと待ってくれ、じゃあマリオさんのお店はどうするんだ?跡継ぎになるんじゃないのかい?」
俺はそう思っているのだが?
違うのか?
「それは大丈夫です、丁稚に出ている息子が近々帰ってきますので」
マリオさんが事も無げに答えていた。
「はあ?・・・」
そうなんだね・・・息子がいたのね。
知らなかったよ・・・
「マリオ商会は問題ありません」
「そうですか・・・」
でも・・・正直言って助かる。
実はお店のキャパと現状は噛み合っていないのだ。
逼迫している状況にあるのだ。
現状をお話すると『アンジェリ』はカット台が5台ある。
キャパ的に言って、スタイリスト一人と、お手伝い一人で回せるお店ではない。
要はシルビアちゃんを雇っても足りていないということになる。
本当はもう一人スタイリストの当てがあったのだ。
俺の弟子の健太だ。
健太は前のお店の後輩で、今回の俺の独立を機に、お店が落ち着いたらスタイリストとして『アンジェリ』で勤めることになっていた。
俺が独立することになった時に、
「ジョニーさんに付いて行きます!」
と純粋な眼差しで見つめられた時には、グッとくるものがあったよ。
でもそれがお店のオープンのドタバタで連絡が遅れ。
終いには先方から連絡があり、諸事情の為、今のお店を辞められなくなったということになってしまったのだった。
俺は呆気に取られるしか無かった。
所詮はこんな物なのかもしれない。
裏切られたとは思わないが、肩透かしを受けた気分だった。
正直、当てにしていた俺が悪いのだが・・・
複雑な想いに駆られた。
諸事情とは簡単な話で、彼女との間に子供が出来てしまったのだ。
健太の今の収入を支払っていくことは、開店まじかの「アンジェリ」には難しい。
それになにより彼女から東京を離れたくないと言われてしまったらしい。
それは彼女の実家が東京にあるからだ。
身重の身になってしまったらそうなってしまってもしょうがない。
本当は彼女も一緒にこちらに来る予定ではあったのだが・・・
ここは止むをえまい。
家族を優先してくれとしか俺は言えなかった。
当の健太は土下座する勢いだったが、俺は止めろと全力で制止した。
所詮そういう巡り合わせだったのだろう。
こればかりはどうしようもない。
俺の都合を健太に押し付けるなんて俺には出来ない。
生れてくる子供にとって、一番最良の道を選んでくれ。
本当にそう願うよ。
そんな事もあって、本当はもう二人は最低でも人財を確保したい。
それに美容師は直ぐに成れる職業ではない。
修業期間等は個人差もあるが、客を取れる様になるまでに時間が掛かる商売なのだ。
今日の明日には戦力にはなれないということだ。
俺はシルビアちゃんをしっかりと正面に見据えて話をした。
「シルビアちゃん、美容師は直ぐに成れる職業ではない。目に見えない処で努力が必要な職業だ。それでも目指すってのかい?」
「はい!勿論です!」
シルビアちゃんの眼は真剣そのものだ。
こうなってしまっては、久しぶりに弟子を取ってみるしかない様だ。
俺も腹を決めようか。
「そうか・・・ではここからは師匠と弟子だ。いいね!」
シルビアちゃんの眼が涙で滲んだ。
「よろしくお願いします!」
シルビアちゃんは再度きっちりと頭を下げていた。
横に並んでマリオさんも頭を下げていた。
「シルビアちゃん、よかったな!」
「おめでとう!」
「やったね!」
「あ、ありがとうございます!」
シルビアちゃんは涙をながしつつも万遍の笑顔をしていた。
まさかの異世界での弟子取りだった。
俺にしてみれば久しぶりの弟子を取る事になる。
少々力が入りそうだな。
にしも、どうしてこうなった?
さっぱり分かりまへんがな。