商人ギルド
今日はお店の定休日だ。
異世界美容院『アンジェリ』の定休日は毎週月曜日と、第1第2第4火曜日、そして第3日曜日だ。
異世界には曜日という概念が存在しない為、ここは日本の暦に合わせている。
今日は第3日曜日であり、休みではあるのだがやる事がある。
本当は家でのんびりと過ごしたい。
ネット●フリッスやアマ●ンプライムなど、俺の好きなサブスクのドラマやアニメが見れずに溜まっているのだから。
人気作品は見ておきたい。
特にネッ●フリックスの作品はちゃんと見たい。
だって凝りに凝っているのは製作費から明らかだからね。
おっと、俺の趣味の話は置いておこうか。
また時間がある時にでも是非。
今日は商人ギルドでのお店の登録をしなければいけない。
商売人の義務なんでね。
この街で美容院を構える以上、許認可関係を無視することは出来ない。
日本人気質がべったりと身体に沁みついていますのでね。
法律違反なんてできませんよ。
それに俺は小市民なんでね。
反体制派になんてなれませんよ。
その為、俺はマリオさんにお願いして、二人で商人ギルドに向かう事にした。
残念ながら一人では許認可関係の手続きは敵わない。
無念だ。
その理由は簡単で、この世界の文字の読み書きが俺は出来ないからと、マリオさんは名の売れた商人だから、同行して貰った方が何かと都合がいいと考えたからだ。
最大限マリオさんを利用してしまおうということだ。
だってなんでも手伝うと言っていたからね。
ならば頼るべきでしょうよ?
違うかい?
お店で備品の手入れをしながらマリオさんの到着を待っていると、外に馬車の止まる音がした。
この世界の馬車は日本の車と違って様々な音を奏でている。
そういえば、一度電気自動車が後ろから近づいてくるのに気づかずに、轢かれそうになったことがあったな。
電気自動車は静か過ぎるよ。
耳を澄ますと微小のファーンという音を出しているが、後ろからだと聞こえなかったりする。
俺も齢をとったということなのか?
安全に努めたいものです。
どうやらシルビアちゃんも着いてきたみたいだ。
やっぱりだな。
シルビアちゃんは最近俺のお店にべったりだからね。
そう思えても当然だろうよ。
「マリオさん、シルビアちゃん、おはようございます」
「おはようございます」
シルビアちゃんが元気よく答える。
「おはようございますとは?」
マリオさんは朝の挨拶に戸惑っていた。
シルビアちゃんはお店の手伝いで、この1週間毎日この挨拶を行っていたから慣れたみたいだ。
でもマリオさんはそうでもないご様子。
「お父様、おはようございますとは、ジョニー店長がいらした国での朝の挨拶です」
「ほうほう、朝の挨拶とは、これは心地よいですね」
「朝から元気よく挨拶出来るって、嬉しい文化です」
俺には当たり前の事なのだが、そう言った感想になるんだな。
分からなくはない。
ここは異世界、文化の違いを受け入れなくてはいけないな。
文化が違えば挨拶の有り様も違うのは、ある意味当たり前だろう。
でもこの世界の挨拶ってなんだろう?
今はいいかな。
「今日はお世話になります、早速行きますか?それとも飲み物でもお出ししましょうか?」
「いえ、お気遣いなく。さっそく商人ギルドに向かいましょう。今日は馬車を用意しておりますので」
分かってますよ。
ばっちり路肩に止まってますしね。
それにしてもありがたい。
歩くのも好きだが、商人ギルドまで歩いていくとなると一時間以上掛かるらしい。
後日知ったのだが、馬車は時間制で料金が発生するとの事。
であれば時間を少しでも短縮したいのは当たり前だな。
「分かりました、お願いします」
俺達は馬車に乗り込んだ。
これが馬車か・・・それなりに狭いな・・・
膝が前に向かい合わせに座っているマリオさんと触れそうだ。
もうちょっと広く造れないのだろうか?
それに隣に座るシルビアちゃんとは肘が当たっているし。
これ以上は小さくなれないよ。
馬車には初めて乗ったが、これが一般的なんだろうか?
小さくて狭い。
俺の感想はそんな処だった。
「では向かって貰るかな?」
マリオさんは御者に早々に向かう様に指示していた。
馬車に揺られている。
かれこれ10分程になる。
ああ・・・ケツが痛い。
地面との振動がダイレクトに使わってくる。
サスペンションなんて無いんだろな?
それに車輪が木だったし、ゴムなんてあまり流通してないんだろうね。
でもせめて座布団が欲しい。
折角だ、ここはマリオさんにちょっとしたお返しだ。
「マリオさん、この馬車は一般的な物なのでしょうか?」
「そうですね、この国での馬車は概ねこの様な馬車で御座いますね」
「なるほど、こう言っては何ですが・・・乗り心地がいまいちですね」
「ハハハ、私などはもう慣れてしまっております」
「そうですか、ちょっと面白い知識をお披露目させて頂きますね、商売に繋げるのかはマリオさんに任せますよ」
「ほう、是非お聞かせください」
マリオさんの眼が光る。
商売人の顔つきに一変したな。
「私の国に、サスペンションという物があります」
「サスペンションでしょうか?」
「はい」
俺はサスペンションの構造と、その効果等を説明した。
マリオさんは途中から紙を取り出してメモを取り出した。
熱心にメモを取っている。
そのメモ用紙って・・・家のお店の包装紙では?
見なかったことにしよう。
うん、そうしよう。
ペンは・・・万年筆か・・・一周周ってかっこよくないか?
今時拘りの強い文豪さんぐらいしか使ってないんじゃない?
前にシルビアちゃんが不思議そうにボールペンを眺めていた事があったっけ。
商売人の娘として気になったのかな?
一本ぐらい借りパクされてたりして。
あの子にそれは無いな。
いや、俺もそんな事をした事は一度も有りませんよ。
日本の文房具は世界一だからね。
前に外国のお客さんを担当したことがあったが、日本の文房具をべた褒めしてたからね。
因みにプチ自慢として、一般的な日常会話ぐらいなら俺は英語を話せる。
というか、話せるようになってしまった。
それなりに外国のお客さんを担当する事が多かったからね。
実戦で培った力だよ。
でも今では翻訳アプリがあるから接客に困る事は無くなっている。
ほんと文明の力って凄いよね。
顎に手を置いてウンウンと頷くマリオさん。
真剣ですね。
「なるほど・・・これは商売になりますね。問題はそれを造る技術を持った職人がいるかどうかですね・・・ここまでの物となると・・・あそこでは無理か?・・・いやどうにかなるだろう・・・」
マリオさんはぶつぶつと言いながら考え込みだした。
こうなると手が付けられない。
そうこうしていると、目的地に到着したみたいだ。
マリオさんは根っからの商売人だな。
実用化出来る事を願っていますよ。
サスペンション付きの馬車をね。
今後乗る事になるかは知りませんが、俺のお尻を守って下さいな。
「行きましょうか?」
そんな言葉に誘われて、俺はマリオさんに着いて行った。
商人ギルドは大きな石造りの立派な建物だった。
重厚感が半端ない。
これは3階建てか?
外から見る分にはそう見えるな。
それに結構な人で溢れている。
ずいぶんな賑わいだ。
ちょっと人酔いしそう・・・
「ジョニー店長、こちらにどうぞ」
中に入るとマリオさんにカウンター前に誘導された。
其処には受付嬢が笑顔を添えて待っていた。
「商人ギルドにようこそ、受付担当のミヤです」
ミヤさんはにっこり笑顔で迎え入れてくれている。
ナイスな笑顔です。
スマイル0円ってか?
大きな瞳の眼鼻立ちが整った顔をしていた。
要は美人さんですね。
「どうも、始めまして。お店を開きましたので、登録に来ました」
であってるよね?
「畏まりました、こちらには初めてお越しでございましょうか?」
「はい」
ここでマリオさんが前に出てきた。
頼りになるなあ。
ではお任せします。
「マリオ商会のマリオでございます、ミヤさんご無沙汰でございますね」
「あら、マリオさん。お久しぶりです」
旧知の関係かどうかは分からないが親しい関係に見えるお二人。
流石はマリオさん、顔が売れてますね。
「ええ、ミヤさんお元気そうで」
「はい、お陰様で」
「こちらの方はマリオさんのお知り合いでしょうか?」
ミアさんが手を俺の方に向ける。
「ええ、この御方はジョニー店長、この度美容院『アンジェリ』をお開きになられた御仁ですよ」
「えっ!最近話題の美容院『アンジェリ』ですか?」
「はい」
話題になってんの?
これは嬉しいぞ。
浮かれてしまいそうだ。
やったぜ!
俺の美容院も人気店に仲間入りか?
「私も友人に分けて貰ってシャンプーとリンスを使いました!最高です!」
ミヤさんの俺を見る目が一瞬にして変わった。
シャンプーのインパクトって凄いね。
因みにミアさんは黒髪のお下げヘアーだ。
髪形の所為か、少々若く感じる。
「ハハハ、それはなによりです」
「今度お店に行っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「やったー!シャンプーを受けてみたいです!」
またシャンプーか、とは口が裂けても言えないな。
全然大丈夫ですよ。
もう慣れてきている俺がいる。
「お待ちしています、でも家は予約制なんですよ」
「じゃあ、明後日に伺います!お昼2時はどうですか?この日は私お休みなんです!」
「たぶん・・・大丈夫です」
と思う・・・まあどうにかなるだろう。
流石に予約表は頭に入っていない。
特に今日は休日だからね。
完全に休日モードだ。
俺はオンとオフは分けるタイプなんでね。
「ミヤさん。お手続きをお願いできますかな?」
マリオさんが先を促してくれた。
「ではこちらにご記入下さい」
ミヤさんから用紙を手渡された。
俺にはこの世界での読み書きが出来ないので、マリオさんに代筆をお願した。
その後マリオさんと一緒に用紙に記載を行った。
マリオさん本当に助かります。
今晩は晩飯ぐらいは奢らないとね。
そうしないとバチが当たるよ。
用紙に記入を終えた俺とマリオさんは、ミヤさんから改めて商人ギルドの説明を受けることになった。
マリオさん様々です。
あざっす!
その内容はだいたいマリオさんから前もって聞いていた内容だった。
先ずは税金は売上の概ね10%。
だから概ねって・・・アバウトにも程があるだろうが。
不要に搾取されたら俺は切れるぞ!
まあいいや。
そして月に一度税制徴収官がお店に現れて、税金を徴収していくとのことだった。
その際に帳簿を見せなければならない。
おそらく日計表で大丈夫だろう。
更に年に一度、土地の税金として決められた金額を支払わなければならない。
要は固定資産税だ。
日本でも固定資産税は支払わなければならない。
まさかのダブル支払である。
ちっ!駄目女神め!お前の所為だ!
お前が払え!
どうせ上から見ているんだろ!
くそう。
しょうがないか・・・
そしてお店の登録料として、金貨10枚を支払った。
この1週間の利益の4分の1近くが消えてしまったぞ。
はあ・・・否になる。
しょうがないか。
これを払わなければ何も始まらないからね。
やだやだ。
事情を察したマリオさんから貸しましょうかと言われたが、それには及ばない。
金銭の貸し借りはしないのが俺の主義だ。
その想いだけ頂いておきます。
助かります!
更に監査があるかもしれないという事だった。
それも不定期に。
あー、面倒臭い。
何の監査だよ。
説明を受けていると、ミヤさんの後ろから中年の男性が現れた。
ひと際存在感がある。
というのも、片目に傷があって塞がっていた。
隻眼に傷って・・・ヤクザ者かよ。
それなりのインパクトだ。
体格も筋骨隆々。
高身長でとてもではないが、商人には見えない。
これこそ冒険者ではないだろうか?
その男性がこちらにズカズカと近よってくると話し掛けてきた。
「マリオ、久しぶりだな!」
野太い声が響き渡る。
「おお!バッカス。元気そうだな」
どうやらお知り合いのご様子。
「バッカス、ちょうどいい。紹介させてくれ」
マリオさんにしては珍しく、随分と砕けた話し方だ。
「どうした?」
「こちらはジョニーさんだ。最近話題の美容院『アンジェリ』のオーナーだ」
それを受けて俺は名乗る事にした。
「始めまして、丈二・神野です。ジョニーと呼んで下さい」
「ほう、お前さんがあの美容院『アンジェリ』のオーナーか。なるほど、良い面構えをしているな」
面構えって・・・商売人にいるのか?
「ハハハ・・・」
ここは笑うしかないな。
にしてもプレッシャーが半端ない。
少々怖いぞこの人。
「店の登録に来たのか?」
「はい、そうです」
「そうか、これは嬉しいな。これでたくさん稼がせて貰えるな!ガハハハ!」
笑ってますがな。
稼がせて貰えるって・・・勘弁してくれよ。
お手柔らかにお願いします。
「バッカス、ジョニー店長に無理を言うなよ。私が認めた商売人だからな」
「ほお?マリオが認めるとは・・・」
値踏みする様にバッカスさんが俺を見てきた。
視線が痛い。
「私はジョニー店長には借りがある。無理難題を押し付ける様なら私は黙っていないぞ!」
「ガハハハ!分かった、分かった!そう尖るなマリオよ!」
「ふん!」
珍しくマリオさんが声を荒げていた。
でも嬉しいじゃないか。
こんなに肩を持って貰えるとは。
マリオさんに着いて来て貰って正解だったな。
「ジョニー店長、このバッカスですが、こう見えて商人ギルドのギルドマスターで御座います」
嘘でしょ?
冒険者ギルドの間違いじゃないのか?
「そうですか、今度ともよろしくお願い致します」
ここは頭を下げておこう。
「ああ、こちらもな。それでジョニー店長、ちょうどいい、一つ確認させて貰えるかな?」
確認とは?
「なんでしょうか?」
「『アンジェリ』は美容院ということだが、髪結い屋とは違うということだな?」
意味深な視線で見つめられてしまった。
これは何かあるな・・・
「はい・・・私のお店は美容院です」
「そうか・・・ならいい」
ん?
どういうことだ?
やっぱり何かあるのか?
「バッカス、何が言いたいんだ?」
マリオさんがグイっと前に出てくる。
今日のマリオさんは強気だ。
「只の確認だ、気にするな」
「バッカス・・・もしかして髪結い組合か?」
マリオさんが探りを入れる。
「どうだかな・・・」
「この古狸が・・・」
「いいから気にするなマリオ。お前随分と肩を持つな」
「だから言っているだろう、ジョニー店長には借りがある。それに私はジョニー店長はこの後何かを成し遂げる存在ではないかと考えている」
はい?
何の事?
買い被りにも程がありませんか?
俺は只の美容師ですが?
間違っても歴史に名を遺す様な者ではありませんよ。
「ちょっと、マリオさん。俺を買い被り過ぎですよ。止めてください」
俺を窘めるかの如く、俺の肩に手を置くマリオさん。
「否、ジョニー店長には何かがある。それにシルビアも随分とお世話になっていますしね」
「いやいやいや、シルビアちゃんにはこちらがお世話になっていますよ!」
マリオさんの後ろでシルビアちゃんは黙って話を聞いていた。
よく見るとシルビアちゃんは何かを決心した様な眼をしていた。
ん?どうしてだ?
「まあいい、俺も今度お店に顔を出させてもらうぞ」
俺達のやり取りが可笑しかったのか、バッカスさんはにやけていた。
「是非お越しください」
「ああ、美容院に興味がある。何せこの国初のお店だからな」
やっぱりこの世界に美容院はないみたいだ。
こうなると専売特許だな。
しめしめだ。
この国には独占禁止法はありませんよね?
「そうですか、私の故郷では美容院はどこにでもあるんですけどね。それこそコンビニ以上に」
「そうなのか?コンビニってなんだ?よく分からんが」
コンビニはこの世界にはないよね。
例えを間違えたな。
「お前さんの故郷は何処なんだ?」
「ジャポンという小国です」
この設定であってるよね?
たぶん・・・
「ジャポン?聞いたことがないな・・・」
でしょうね。
この世界に本当にあるのなら行ってみたいよ。
ある訳ないけどね。
俺のでまかせだからさ。
「そんな事はいいではないか、バッカスよ」
「だな」
どうやら引き下がってくれたみたいだ。
タイミングよくミヤさんが手続きを終えたのだろう。
「お待たせしました、こちらが証明書です」
運転免許証サイズのカードを手渡してきた。
「これは?」
「こちらがお店の証明書になります。大事に取り扱ってください」
「はあ・・・」
マイナンバーカードみたいな?
「こちらの証明書で今後納税状況等が確認される事になりますので」
ミヤさんによると、このカードを基に魔道具によって税金関係が管理されるみたいだ。
魔法って便利だね。
どうやらバーコードリーダーの様な魔道具があるらしく、それで色々と管理を行えるみたいだ。
案外ハイテクじゃないか。
異世界・・・侮れないな。
それにしても魔道具・・・実に気になる。
そういえば、マリオさんのお店にも印刷をする魔道具があったな。
でもマリオさんが言うには、そもそも紙が少ないから需要がないみたいだが。
紙の製造法をマリオさんに教えようかな?
今はいいか。
俺達は商人ギルドを後にした。