琥珀紗音
発光する飛翔体を下から見上げる者もいた
琥珀 紗音
彼女は本名で呼ばれることを嫌う
常にこのペンネームを名乗っていた
売れない同人作家でもある彼女は
常にゴシックロリータのスタイルを貫いていた
黒いワンピースに白いレースが襟元を飾り
黒い眼帯が片目を覆う
「あかんわ、増殖始まってますやん」
紗音はお揃いの眼帯をしたウサギのショルダーバックから
愛用の万年筆を取り出し
鋭くとがったペン先で
傷だらけの手首を切りつけた
タラタラとだらしなく流れる赤い血はそのままに
眼帯を外しその眼球に万年筆を
刺す
仰け反る琥珀紗音
噴き出す黒い飛沫はインクか血か
ともかく彼女は歯ぎしりを立てて痛みに耐える
「うぎぎ……はよせえ……はよせんかい!」
装甲を急かしているのか痛みを取り除きたいのか
ともかくとして黒い血はボダボダと真下に落ち
黒い夜の黒いアスファルトに黒い文字を描く
「…………………………………」
「見えへんわ!読めるか!黒い所に黒い字書くな!」
キレる紗音
痛すぎて何を見ても腹が立つのだ
眼球を突きさしたわりには余裕があるようにも見えるが
とにかくナノマシンは注入された
姫カットされた長い金髪を残し
黒い血が体を覆う
全身装甲しないのは危険だからという理由もあるが
お金と手間をかけてセットした自慢の金髪を残したいからでもあった
目の痛みが一瞬で甘い痺れに代わる
黒い血が全身を巡る感触が切なさを帯びる
全身に装甲しろ、全てを開放しろ
そうすればもっと……
抗しがたい欲求が紗音を侵食する
「いやや……うちは……こんなん…いやや……」
アスファルトに爪を立て耐える紗音
抗えば抗うほど分泌される得体のしれない物質に
うずくまり悶えるほか成すすべを持たない
「やめて……おねがい……いや……」
装甲が完了し体内の再構築も終了した紗音は
紅潮した顔も装甲に覆われ
長い金髪をなびかせ立ち上がる
「………ほな、いこか」
飛翔体は急速に分裂をして目視で数は計り知れないが推定200体以上
しかしまだ本体ほどの能力と思考を有さないものと判断する
紗音は絶叫する
「落ちろボケー!」
分裂したばかりの飛翔体が数十体落ちる
重力波で踏みつぶしながら紗音は本体に近づく
まだまだや、気合が足りん
「くぉらー!」
周辺のビルが崩れ落ちる
相当数の飛翔体が地に落ち
踏みつぶすまでもなく重力で弾け飛ぶ
あと少し、本体まで、届け
飛翔体が落とした分裂の中には意図的な個体が紛れていた
本体を地に落とすことに集中していた紗音
その死角から飛翔体が束になって彼女の体に飛び掛かり
貫通した
右わき腹より左下腹部への貫通
飛翔体は小さく質量化したため銃創のような穴ではあったが
胴体をつらぬいた時に人体で広がる衝撃波は
通常人間を死に至らしめる