南木アヤネ1
逃げ惑う人々に道路交通法は意味を成さなかった
彼らを跳ね飛ばしながら走る車も傷害罪を知らないらしい
そのまま群衆に突っ込み血しぶきを上げたのはドライバーも覚悟の上だろうが
人混みに隠れたガードレールに衝突するところまでは予想出来なかったようだ
さらに人を巻き込み横転する車は
爆発し炎上するがドライバーは降りてこない
ざまあみろ、そのままくたばるがいい
しかし逃げ惑う人々は意に介さない
そんな些細なことを気にしている場合では無いのだから
輝く空には翼を広げた女が浮かび
赤子を抱え
微笑みを浮かべ
街を溶かしていく
ビルを焼き、人を燃やし、繁華街を金切声で埋めた
両手を合わせ慈悲を請うバカもいる
女は信仰を誓う新たな信徒にも平等に死を授けた
私は瓦礫の中を歩き
死体の少なそうな場所を選び
膝をつき
ブラウスを上げ
腹を出して短刀を添える
大きく深呼吸をして
刺す
小さく声が出る
足りない
痛みで震える体から流れる血が赤い
まだ、足りない
右わき腹に刺さった短刀を左に引く
情けないことに嗚咽が漏れる
腹から噴き出す血は黒く瓦礫を染める、来た
崩れ地に落ちたビルの壁
黒い血はそこに文字を描く
ब्रह्म सत्यं जगन्मिथ्या जीवो ब्रह्मैव नापरः
そして吸い寄せるように体に戻る
いつも遅えんだよバカヤロウ
その黒い血は私の腹に戻らず
うずくまり地に伏せる体をぬめぬめと這いまわり
カーボンナノチューブのように固まっていく
腕だ……腕に集中しろ……
痺れるような感覚が全身にまわる
この時点で裂いた腹の痛みはなく
むしろ切ない痺れが身体と情欲を支配する
生理的欲求に身を任せたい衝動に耐える
やだ………う…腕に…………ん……………
舌を強く噛む
さすがに少し痛み正気を取り戻す
唇から流れる血も黒い
ナノカーボン状の物質は全身の7割を覆うまでで止まり
腕と拳は、より硬質な金属状の輝きを帯びていた
先ほどよりギラついた瞳で輝く空を仰ぎ
翼のはえたクソ女に名乗りを上げる
「おっし、南木アヤネ、これより推して参る」