92.悪役令嬢の伯父と主治医
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで30歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「許すわけがなかろう」
皇帝陛下は不機嫌そうに答えた。
ラゲリー・ペンテスの件だ。
手紙は預かる。
だが、第四皇子本人に見せるか否かは、内容次第だ。
それを直接渡したいなど、いくら義理の祖母とはいえ、ほいほい許せるか。
使者も問題がありすぎる。いや、問題のかたまりだ。
現在、第四皇子と第五皇子、どちらが立太子するかを巡り、皇帝陛下が勢力争いを静観しているのは、その者の本性がよく分かるためだ。
皇帝陛下自身の時も、皇妃選びの時もそうだった。
第一皇子と第二皇子の時もそうだ。
前回は本人の資質に、二人共に問題が隠されていた。
今回はやり直しだ。
本人達の資質は、すでにかなり把握しているが、失敗は許されない。
より慎重になっていた。
そんな時に、第四皇子の母方の大公国が、わざわざ使者による手紙を届け、皇帝陛下ではなく、第四皇子に直接、渡したいだと?
面白くもない冗談は寝て言え。
皇帝陛下にとっては、何重にもありえない申し入れだった。
討議すること自体腹立たしい。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「会うだけは会う。その後、ただちに確保し“追放先に送還”せよ。
二度と帰国を許可するなと、大使に命じろ。
先代大公妃の男妾になって、気が大きくなっているのかもしれんが、“追放者”だぞ。
好き放題にさせてどうする?」
不機嫌は語調の激しさにそのまま現れる。
「も、申し訳ございません。
ラゲリーに言いくるめられてか、先代大公妃殿下より直々のお申し出があり、断るのも困難だった、との在大公国大使より、別途書状が届いております」
赴任先を”国外追放先”にしているのは、帝国側の事情であり、赴任国には“正式には”明かしてはいない。
正面から、それもその国の王族に要請されれば、断りにくいものもあった。
「在大公国大使を入れ替えよ。かなり長く務めておろう。
心情的な癒着もあり得る。
無意識に馴れ合っておるのだろう。
母方の母国から嘴をはさまれれば面倒だ」
「はっ、申し訳ありません。人事の件は早急に対処いたします」
外務大臣はひたすら陳謝し続けている。
「まあまあ。愛妾や愛妾一族を好きにさせた皇帝や、恋人を寵愛するあまり、政策を変更した女帝など、この帝国や他の国にも、数え上げればきりがありません。
恋は時として、判断を誤らせるもの。
自戒として受け止められてはいかがです?」
ウォルフ騎士団長が、固まりがちな空気をほぐすように持論を述べた後、真面目な面持ちとなる。
「それよりも昨夜、舞踏会に入り込んだ方法が問題です。
警備の穴を突かれました。
以前から改善を提案し、予算の壁に跳ね返されてきたものですが。
昨日の警備報告書を確認し、入館を許可した本人にも聴取しました。
ラゲリー・ペンテスは、身分と氏名を偽って入館しています。
正面玄関の担当者に、大公国の大使館関係者だと偽名を名乗り、大使の随行員を呼び出し、身元を保証させました。
外交慣例上、許可せざるを得ません。
当然、“内々の”警備を張り付かせておりますが、限界もあり、“両公爵”閣下への接近を許したこと、申し訳ございません」
ウォルフは、ラゲリーがあの場にいた経緯を説明し、最後は警備総責任者として謝罪する。
現状はどうでも、事実は事実だ。
「では、在帝都大公国大使館も関係、いや協力していると?」
「はい、現在、帝都の高級宿泊施設を捜査させていますが、ラゲリーの発見には至っておりません。
おそらく大公国大使館に滞在しているのではないかと推測します」
大使館内は治外法権だ。捜査はもちろん、騎士団の立入りもできない。
「そうすると、のこのこ現れるまで待つしかない、という訳か。実に不愉快だ。
牢にでもぶちこめぬのか?」
「昨夜、不敬を数件犯しており、可能ではございます。
ただ、先代大公妃の“お気に入り”です。
ことを荒立てずに、さっさと“追放先”に戻し、入管の『入国拒否リスト』に加えるのはいかがでしょう」
別の国務大臣が意見を述べる。
『入国拒否』は『入国禁止』よりも厳しい措置だ。たとえ大使の特別帰国許可証があったとしても、皇帝陛下の許可が必要となる。
「……ふむ。非常に不愉快だが、第四皇子のこともあり、ことは荒立てたくない。
タンド公爵。これで手を打ってもらえぬか」
この場にいる者達は、ラゲリーとタンド公爵家との“因縁”を知っている。
皇帝陛下は珍しく公爵に下手に出ていた。
君臣のやり取りを黙って聞いていたタンド公爵は、両手指をテーブルの上で組み、おもむろに話し始める。
「我が国の法律を明らかに犯している者を罰せねば、将来に禍根を残しかねません。
現在、より重視すべきは、大公国との外交上の問題ではなく、彼奴が皇城舞踏会に、招待されていない身を偽り、他国の外交特権を不正利用し入館した。
つまり、帝国と大公国、いずれも騙した。
このことでございましょう。
彼奴が暗殺者だったなら、陛下の身にも危険が及んだ可能性もある。
これはウォルフ騎士団長の、以前からの請願を受け入れられなかった諸事情にもよりますが、実務の対策により、陛下の周囲の警護は厚い。
しかし、我が愛する姪、陛下のご子息の妻、エヴルー“両公爵”のエリザベスはどうだったか。
お忘れなきよう、お願い申し上げます。
エリザベスは、王国の第一王女でもある身です。
協力した大公国大使も召喚すべきでしょう」
「…………正論だな」
声から熱が消えた。
下手に出た上の諫言だ。
皇帝陛下の評価は実にシンプルだが、重なる意味もある。
タンド公爵はそれにも屈せず、言葉を続ける。
「これを使われるのも、“良き手”なのでは?
また大公国への材料の一つにもなりえましょう」
「であれば、タンド。召喚するなら、いつだ?
ラゲリーとか申す者が、大使館に潜んでいるなら、勘付いて出てこぬ。
大使館の馬車にも我らは手は出せぬ故な」
「順当は、ラゲリーが出てきた後でしょう。
仮に逃避行となっても、国境までです。
彼奴を大公国で好きにさせてる方が、目に入らない分、危ういと思われませんか?
先代大公妃殿下には、また“お気に入り”を作っていただければすむこと。
手紙の内容次第では、先代大公妃殿下を焚き付けた可能性さえある。
何せ初めてのことなのですぞ」
「ふむ。外務大臣。側室や第四皇子と故国との手紙のやり取りは、今まではどうなっておる?」
「…………時候の挨拶のみでございます」
外務大臣が間をもって答える。
この報告は初めてではない。
覚えていないのか、覚える気がないのか。
問題が多すぎた公国の側室の抑えにと、後宮政治のバランスと同盟関係の維持で婚姻した。
皇帝陛下は立場をわきまえた、大人しい第四皇子母の側室を好んではいるものの、深い興味は持ってはいない。
「そうであったか。宛先は誰だ?」
「先代大公殿下と現在の大公殿下です」
「先代大公妃とは、一度もないと?」
「はい、内容で言付けはございますが、宛先ではございません」
「そうか、やはり異様だ。
そのラゲリーとやらが参れば、捕縛せよ。
その後、大使の召喚だ」
『はっ、仰せのままに』
君主の前に、臣下は従属の意を示した。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
翌日—
なんと、ラゲリーから『謁見の都合を聞くのを忘れた。いつになるか』との使者が皇城に現れた。
公国大使館の侍従だ。
外務大臣は、命令違反の上、抜け抜けと問い合わせてくる無礼者に怒り心頭だった。
しかし捕縛が第一だ。
皇帝陛下に確認し『2日後の午後』と答えた。
すぐにこのやり取りは共有される。
タンド公爵家では、執務室に、伯父様とルイス、私とクレーオス先生の四人が集まっていた。
私がラゲリーに関する、クレーオス先生の見解を伯父様に伝えたところ、より詳しく聞きたいと要望が出されたためだ。
「では、“天使効果”の“後遺症”の可能性もあると?」
「まともな判断ができておらぬのでしょう?
まあ、長年置かれた状況も特殊ではある。
全く功績が認められない、“他国への追放”。
こじらせても無理のない条件ではある」
私は王妃陛下を思い出しゾッとした。
お父さまに守られほとんど会えないまま、お母さまは天に召されたというのに、約20年間、“心酔”が続いていたのだ。
それが執着となると、どういうものか想像もできない。
「タンド公爵。行為は比べられないが、アンジェラ殿に当時の婚約者を奪われ、紛争勝利記念の皇城祝賀会で、エリーに赤ワインをかけようとした夫人がいたな」
「ルイス様。おりましたな。マギー伯爵夫人。
我が次男の妻の親族だ。ルイス様にもエリーにも申し訳ないことをした」
再度謝罪する伯父様を止めて、ルイスが当時の様子を、クレーオス先生に事細かに伝える。
クレーオス先生の主な質問は、行為に及ぶ前後の伯爵夫人の表情だった。
私はルイスの背中に庇われて、まともに見ていない。
連行された時の、見え隠れしていた、抑制された複雑な感情だけだ。
相対していたのはルイスだった。
「普通とは違う、強い違和感で気がついた。
直前にエリーに向けられたのは、強い憎悪、いや、似てはいるが、どろどろとした感情だった」
「ふむ。ワインをかけられた後も覚えてますかな」
「ああ、後の方が残ってる。
俺に赤ワインをかけた途端、憑き物が落ちたように憎悪が抜け落ちて、オロオロしていた。
たった今、俺だと気づいた表情だった。
あの日、俺がエリーをエスコートしていたのは、周知の事実だ。
それを忘れるほどの憎しみか、飲酒のせいかと思っていたら、後の取調べでは違ったんだ」
「え?そうなんですか?」
「ルイス様、どういうことですかな?」
私と伯父様には意外な情報だった。
伯父様を通しての警備からの報告は、『非常に深く反省しており、本人は修道院に入ると強く希望している。家族も大人しい夫人の行為に驚き、戸惑っている』という話だった。
「夫人はあの夜、ひと口も酒を口にしていなかった。いや、下戸でできなかったんだよ。
それに前後もよく覚えていないと話していた。
態度は形だけでなく、深い反省を示していた。
『どうしてあんなことをしたのか、分からない。自分が恐ろしい』とね。
婚約が解消された当時も、本人はほっとしており、周囲の方が派手に騒いでいた。
新しい婚約者とも円満で、傷害事件の時はアンジェラ殿に同情していた、との自供で、これは家族の聴取も同様だった。
だからピエールの結婚を許したんですよね、タンド公爵」
「ああ。嫁本人にあった時、『おばさまはもう何も思ってません。周囲が話のタネで騒いで不快だと思っていたけれど、自分がアンジェラ様を庇うとより酷くなるので黙っていた』と聞かされたためだ。
嘘はついてはいなかった。むしろ……。いや、なんでもありません。
実はアンジェラへの同情は、あの刃傷沙汰に加わらなかった、婚約相手や恋人達の数名からも聞かされた。
事件に巻き込まれたくないのか、と思っていたのだが……」
伯父様は途中、言い淀みつつも事情説明する。
「“天使効果”でしょうな」
クレーオス先生が、ポツリとはっきり口にした。
「え?」 「は?」 「それは一体?」
「お忘れかな?“天使効果”は男女、どちらにも関係ないんじゃよ。女性の時もある。
最たる例は王妃陛下でしょう」
「では、マギー伯爵夫人もかかっていたと?」
「おそらくは。
恋慕の情はアンジェラ殿が目の前から消え、奥底に沈んだが、解けてはいなかった。
無意識な深層に溜まっていた気持ちが、『振り向いて欲しい』という強い欲求となって、面立ちはそっくりな姫君に向かったんでしょうな。
どう考えても、普通ならやらんでしょう。
主催者は陛下、場所は皇城、姫君は祝賀会のメインの一人でもあり、自分とは縁戚のタンド公爵の姪でもあるのですぞ。
警備に取り押さえられる予測ができぬ、貴族はおりますまい」
「確かに。いや、だからこそ、当時、嘘の供述をしたとばかり……」
「違うと思いますぞ。ご本人に会ってもよいが、今はラゲリーじゃな。
捕縛し、ある程度捜査・聴取が進展した後、儂は診察しても構いませんぞ。
“天使効果”の症状として、執着が残っているなら、多少のお役には立つかもしれん。
姫君の主治医としても、患者の安全は第一じゃて」
私はこの時、お父さまがクレーオス先生を派遣してくれた意味をはっきりと悟った。
伯父様は申し出に大きく頷く。
「ぜひお願いしたい。できれば悪縁は断ち切りたい。
“物理”が無理なら、“治療”という形で…」
「承りました。
儂も“執着”タイプは初めてじゃ。
学術的な興味はあるが、何より医師としての使命があり申す。
“天使効果”を与えられて“しまった”方々の、少しでも役に立てば、と」
クレーオス先生の静かな決意に、私達は圧倒される。
「これは、年甲斐もなく、熱くなってしもうた。
診察は冷静第一。いかんいかん。
ふぉっふぉっふぉっ……」
いつもの和やかな先生の笑いが執務室に響いた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
※いつも読んでくださり、本当に感謝しています。
大変申し訳ありませんが、作者の実生活の都合により、更新の頻度を変更させていただくかもしれませんm(_ _)m
決まりましたら、詳細は活動報告、および前書きなどに記載させていただきます。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)





