90.悪役令嬢の伯父
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで28歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「アンジェラ殿とラゲリー・ペンテスとの経緯は理解できた。
もう遅い。今夜は一旦休もう」
ルイスが皆に解散を告げる。
一軍を率いたこともあるその声は、説得力があった。
また説明を終えた伯母様は、辛かったころの記憶を鮮明に思い出されたせいか、見るからにお疲れが酷い。
従兄弟達は伯母様を専属侍女に預け、私とルイスは部屋に戻り着替える。
「ハーバルバスにじっくり浸かって、気分転換してから集合ね」と約束し、私はマーサの気遣いで、ラベンダーの香りに包まれる。
お母さまは、私が受けたよりも、ずっと酷い目に遭ってきた。
お父さまがあれだけ、傷ついた小鳥を風にも当てぬよう匿い、“天使効果”を極力防ぎ、お母さまを大切にしたのも当たり前だと思う。
『深い人間不信になっていただろうお母さまと、よく結婚できたなあ』と、改めてお父さまのお母さま愛に、尊敬の思いを抱いた。
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私とルイスはお互い寝衣にローブを重ね、寝室のソファーに座る。
先日以来気に入っている、ハーブティー割りのお酒がテーブルにはあった。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「エリーもよくやってくれた。ありがとう」
軽くグラスを掲げ、香りと酒精を味わう。
気をつけないと今日は飲み過ぎそうだった。
「ルー様も本当にありがとう。
あの、ラゲリー、でしたっけ?
ルー様がいたから、全然恐くなかったのよ。
あのマントで、くるんって包んでくれたもの。
あれ、すっごく丈夫そう」
「それはまあ、色々工夫してるんだよ。
エリー。今日だけじゃない。
あのラゲリーから、俺はエリーを守る。
気が早い、と思われるかもしれないが、わざわざ約定を犯して接近したんだ。
何か目的があるはずだ」
「そうよね。あんな風にマナー違反も犯してわざわざって。
伯父様と伯母様、ううん、タンド公爵家を挑発してるもの」
「あとは、なぜあそこにいたか、だ。
侯爵家の控室も挨拶がてら、確認したがいなかった。
可能性としては、大使館関係者として、途中からこっそり入り込んだかだ。
タンド公爵は、大使館関係者には、いつも入場前に挨拶して回ってる。見逃さないだろう。
明日、ウォルフに確認してくる」
「ん〜。騎士団への確認で分かるだろうけど、それなりの後ろ盾を得たんじゃないかしら?
ペンテス侯爵家じゃないと思うの。
現当主にしてみれば、ずっと大公国に実質“追放”されてた弟でしょ?厄介者でしかない。
よっぽど美味い話じゃないと、タンド公爵家の古い恨みを掘り起こしたくはないと思うのよね」
「ふむ、一理ある」
「大公国と言えば、今の帝国では、第四皇子の母方の母国でしょう?
勢力争いの片方の派閥絡みじゃないかしら?」
「ふぅううう……。アイツらは、あれだけ仲がいい。
第四皇子も、恐らく自分の立場は分かってる。
周囲の大人が何をやってるんだ」
私もマルガレーテ第一皇女殿下と、カトリーヌ嫡孫皇女殿下の受洗式で、本当に仲良くのびのびとしていた二人を思い出していた。
「……アイツ達を、俺のようにはしたくないんだ」
臣籍降下した身だと、公の場では、あれほど公私を分けるルイスが、弟達、第四皇子と第五皇子を、“アイツ達”と呼ぶ。
そこには、表には出さない弟達への想い、愛情が窺えた。
「ルー様。“しない”ように、お兄さんとお義姉さんで、頑張ってみましょう?」
私はわざと両肘を曲げて、二の腕に力こぶを作って見せる。
それを見たルイスは、目を細め笑い出す。
「クックックックッ……。
エリーはやっぱり可愛いなあ。
そうだな。エリーのためでもある。
さっさと“島流し”の“島”に戻っていただこう」
「それがいいよね。
伯父様もすっごく怒ってたから、胃とか体調のためにも、早くいなくなってほしいな。
ね、近づいてきたら、『不気味』とか言っちゃっていいと思う?」
「ああ。遠慮なく言うといい。
ただ、もしエリーに執着してきたら、そんなんじゃ効かないだろう?」
「そうね。嗜好によっては喜びかねないって、お父さまの研究ノートにはあったの。
そうだわ。クレーオス先生に相談してみるのはどうかしら?」
「クレーオス先生か。とてもいい考えだと思う。
明日にでも相談してみよう」
「ん。色々対策も練ったし、とりあえず、眠っちゃおう。
こういう時は、あったかいのが一番でしょう。
心も身体も、ぽかぽかがほっとして、安心して、気持ちいいもの」
「了解。エリーは温かくて、柔らかくて、抱きしめてて、ちょうどいいんだ」
「私も、ルー様の腕の中、だあいすき」
「またそういうことを言う」
照れたルイスが、私をお姫様抱っこで抱きかかえ、ベッドに運んでくれる。
お鼻をこすり合わせて、ノーズキスしあっていると、どこからか、愛しさとおかしさが込み上げてくる。
互いに微笑んで、おでこや頬に唇でそっと「おやすみ」と告げた後、私はルイスの腕の中で丸まる。
触れ合った身体から伝わる、ルイスの心臓の鼓動に、自分の心音を重ね、安堵の眠りが身体を包んでくれた。
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翌朝—
ルイスと早めに食堂へ行くと、伯父様がすでにいらしていた。
香りからして、胃痛に効能のあるハーブティーを飲んでらっしゃる。
「おはよう、公爵」
「おはようございます、伯父様。こんなに早く、お身体は大丈夫ですの?」
「おはよう、エリー。ルイス様。
ああ、平気だ。食べ終えたら、二人で私の執務室に来てくれるか?少し話したいことがある」
「わかりましたわ」 「了解した」
「それでは、失礼」
ハーブティーは食前ではなく、食後だったようだ。
私とルイスは、しっかりと食べる。
「エリー。食欲がなくても、食べるように」
「ご心配なく、ルー様。とっても美味しいから、しっかりいただきます」
二人でフルーツデザートまでいただくと、執務室で伯父様と話し合う。
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伯父様は務めて冷静にいようとしているようだった。
それが却って、怒りの深さを感じさせる。
「外務大臣は、ラゲリー・ペンテスが一昨日帰国したことを知っていた。特例で帰国を許可していた。
ただ非常に驚いていた。
あのような公の場に出る許可は出していない。指定された官員宿舎での待機を命じていた。所用がすめば、“赴任先”へ戻る。
なので、タンド公爵家当主である私には知らせなかった。
非常に申し訳ない、と謝罪された。
ペンテス侯爵とは話していない。時間の無駄だろう」
「今、どこにいるんですの?」
「すぐに確認したが、待機と宿泊を指定された官員宿舎には戻っていなかった。
それどころか、一度も現れていないと管理者の証言だ。
現在捜索中で、発見され次第、確保される予定だ。
ただ驚くべき情報を耳にしてね。
特例で帰国を許した理由であり、恐らくは昨夜のように振る舞った理由にも通じてくるんだが……」
伯父様が妙に言い渋った後、口に出す。
「朝から貴婦人の前で、あまり言いたい話題ではないが、仕方ない。
ラゲリー・ペンテスは、先月から大公国の先代大公妃殿下のご寵愛を得ているそうだ」
私を気遣ってのようだが、夫と死別後の未亡人の恋人は比較的よく聞く話だ。
ほとんどが割り切った遊びだが、男性側が既婚者だったり、婚約者がいると面倒になる場合がある。
「伯父様。大公国の先代大公妃殿下はご夫君を亡くされた未亡人で、今は確か40代の独身でいらっしゃいますわよね?現大公殿下がご子息で……」
「ああ。先月まで囲っていた役者から、ラゲリー・ペンテスにご寵愛が移り、大公宮殿内の一室も与えられているそうだ。
彼らのような不祥事での内密な“追放者”は、その赴任先、“追放先”でも、結婚や養子縁組、実子・養子を儲けることも禁じられている。
つまり、『一生を独りで送れ。血筋も家名もお前で断絶だ』ということだ。
だが、今回はそれらの禁止事項のどれにも合致しないのだ。
先代大公妃殿下は社交的な集まりにあまりお出にならないのだが、いつのまにか籠絡したらしい」
「それでヤツは気を大きくしてるわけか?
何かの違反で逮捕し、首を刎ねた方が帝国のためにもなるのではないか?」
「……ルイス様。私もそれを迷っているのですよ」
二人が真剣に吟味する気配を察知し、私は止めにかかる。
「ちょっと!ルー様も伯父様も恐いことは仰らないでください。
帝国は法治国家です」
伯父様は私の言葉に苦く微笑む。
「エリー。感情的になってしまった。すまない。
今回の件は、アンジェラの時のやり残しに思えて仕方ないのだ……」
「伯父様……」
「刃物による負傷後も、アンジェラは悪くもないのに、同情を集めたのは加害者側だった。
あれだけの件数の婚約解消や恋人関係の破綻、“心酔者”達の存在は、やはりおかしいと、アンジェラ側からの関与が、また疑われたのだ。
『被害者 対 被害者“達”』という図式になった」
その過程は容易に想像できた。
お父さまがお母さまのために統計を取り、客観的に証明するまで、誰も“天使効果”なんて存在は信じなかっただろう。
「学園側は当然、この不祥事を引き起こした責任を取らされた。
担当教諭やその上の管理職、学園長らは責任を取り辞任したが、アンジェラを負傷させたりイジメを実行した者達以外、アンジェラを脅した『被害者達』の処分は謹慎ほどで軽かった。
まあ、『嫉妬の制御もできず刃傷沙汰を起こした』という、“当たり前の噂”が流れ、ほとんどは修道院へ行くことになったがね。
このラゲリーも内密にだが“国外追放”させた。
だが、本来なら堂々と罪に問えたのに、という思いは、まだ燻っているのだよ。
私が当主であったならば……とね」
実質的な報復処置は、伯父様が行ったようだった。
“裏”に回っただけに、ほとんどの“獲物”を逃しはしなかっただろう。
「父上は責任追及よりも、『自慢の愛娘がこんな姿になったのは、自分が嫌がるアンジェラに、学園を卒業させようと無理強いしたためだ』という自責の念が強かったのだ……」
伯父様が複雑な表情をする。
お祖父さまの想いもわかるが、歯痒くもあったのだろう。
実際、公爵家の家督はこの後、伯父様が継承している。
当時は伯父様も悔しい思いを“工作”にぶつけたのだろう。
お祖父さまは今でも悔い続けていらっしゃる。
タンド公爵家にとって、周囲の記憶の風化とは全く別に、お母さまの事件は“胸の中で”生き続けていた。
いや、終われる種類のものではないのだろう。
私は雰囲気を変えるため、話題を変える。
今回の対策のためには、割り切らなくては冷静になれない。
過去は過去、今は今、だ。
私は労った後、意識して事務的に話を進める。
「お母さまの件について、伯母様のお話での不明点はよく分かりました。ありがとうございます。
それで、ラゲリーの帰国が許可された理由はなんですの?」
伯父様も気持ちを切り替えたのか、落ち着いた口調だ。
「先代大公妃から、第四皇子殿下への書簡、お手紙を託されたそうだ。
義理、とはいえ、孫への手紙という訳だ。こんな事は初めてだそうだ」
「なるほど。手紙自体、ヤツが誘導して書かせた可能性もある、と」
ルイスも“こっち”に戻ってきてくれてよかった。
本当に“物理的”に首を刎ねそうな迫力だった。
第四皇子母の側室様は、帝国と隣接する大公国の公爵令嬢だ。
先代の養女となり、大公女として帝国に嫁いでこられた。
現在の大公殿下の義妹である。
元々縁戚関係にあったので、全く血が繋がっていない訳ではないが、実の孫でもない、という訳だ。
伯父様が話を続ける。
「そういうことです。
外務大臣に、自慢気に、在大公国大使からの特別帰国許可証を見せ、第四皇子殿下に直接手渡したいと申し出た。
申し出は保留された。
成人男性の後宮内への立ち入りは、役職以外、皇帝陛下の許可が必要なためだ。
で、待機を命じられたのに、どこかに消えた。
その内、許可の確認に現れるだろう。
現れたら、連絡をくれる予定だ」
「そういう流れか。了解した。
そのご寵愛とやらで、贅沢に慣れたんだろう。
どっかのホテルにでもいるんじゃないか?
小遣いもせしめてるだろう。
俺は昨日の警備について確認してくる。ヤツが会場内に入れた理由だ」
「ルイス様。ウォルフ殿にも一通り、事情説明をお願いします」
「了解した。公爵は?」
「私は皇城で、外務大臣と共に陛下に説明してきます」
お二人が各々、てきぱきと役割分担を決め、皇城で務めを果たしてくる。
その時間は、前から聞きたいと考えていた良い機会に思えた。
「私はクレーオス先生に、念のため、“天使効果”のお話を伺ってきますね」
「エリー。俺が帰ってからにしないか?辛いだろう?」
「大丈夫よ。クレーオス先生だもの。最初にお願いしておくわ。
私にとって、精神的負荷が大きすぎると判断した時は中止してくださいって」
「くれぐれも無理はしないように」
皇城に向かう伯父様とルイスを見送り、私はクレーオス先生の元を訪れた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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