89.悪役令嬢の囁(ささや)き
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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イジメ・犯罪行為について、デリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで28歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
タンド公爵家サロン—
伯母様は怒りをふつふとたぎらせていた。
「せっかく楽しい夜だったのに。
20年?以上ぶりだったけど、あのキザったらしいところは、少しも変わらないのね。
よくも私やあの人の前に顔が出せたものだわ。
厚顔無恥も変わらないままね」
「伯母様。私は気にしていません。
伯母様もあんな人のために、お怒りになるのはもったいないですわ。
よかったら、どうぞ。蜂蜜を足しておきました」
私はマーサと共に入れたハーブティーを皆の前に置いていく。
伯父様が伯母様に、『全員に事情を説明しておくように』と命じたため、従兄弟夫婦達も、ルイスもそのままサロンに座っている。
伯父様は情報収集と、ペンテス侯爵家当主へ抗議の申し入れのため、皇城に残った。
「エリー。やるべきことは全てやってから帰る。安心して先に休んでなさい」と、私を優しく抱きしめてくださった。
私はラゲリーという人が、瞳と髪と雰囲気と“天使効果”以外は、お母さまに似ている私に、どういう反応を示すか分からず、その点は不安だった。
王妃様系だけは、心底止めてほしい。
伯母様はハーブティーをひと口味わうと、静かに深呼吸し、気持ちを鎮める。
そしてゆっくりと話し始めた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「あなた達の叔母、アンジェラのいわゆる“天使効果”については、前に説明したわよね」
伯母様が従兄弟夫婦達に話しかける。
四人はしっかり頷く。
私が帝国に来て以降、どのタイミングかは不明だが、話してくれていたようだった。
「ラゲリー・ペンテスという男は、先代、あなた達のお祖父様の親友の息子だったの。
当時、ペンテス侯爵の次男だったわ。今の当主の弟ね。
さっき、容貌を見たでしょうけど、見かけはいいのよ。見かけは。
元々、女性にモテてたわ。
アンジェラとは幼い時に、ほんの少し遊んだくらい。
お祖母様が、社交界デビュー前の集まりに、アンジェラを出さず、私みたいに“天使効果”が効かない、本当の友人以外は遠ざけていたの。
そのタイミングに重なって、幼児期はほんのふれあいだけですんでたのよ」
伯母様がひと息入れるように、ハーブティーを飲む。
「状況が変わったのは、アンジェラが帝立学園に入学してからよ。
ラゲリーは、“天使効果”による、強烈な“心酔者”になったの。
元々モテてた事もあって妄想が爆進したのね。
『アンジェラと自分は恋仲だ。だが、自分以外の男もアンジェラに好意を持っていて、二人の仲を裂こうとする。早く婚約したい』と主張して、父親、当時のペンテス侯爵に訴えたの。
ペンテス侯爵は、あの見かけだけはいい次男を自慢に思ってたから、お祖父様に婚約を申し込んだの。
アンジェラにしてみれば、『え?何の話でしょうか?』って感じよ。
さっきも言ったけど、最初は参加してた社交界デビュー前の集まりで、幼いころに皆で少し遊んだくらいなんだもの。
『帝立学園に入学後も、挨拶を交わすくらいです。恋人でもなんでもありません。婚約は辞退したいです』って答えたの。
お祖父様は、私達、“天使効果”が効かない数人の友人にも確かめて、念のため、在校生にも調査して、アンジェラの言うことが正しいと確認した上で、ペンテス侯爵家当主、自分の親友に断りを入れたのよ。
『申し訳ないが、ラゲリー殿の思い込みのようだ。アンジェラに恋人がいると聞いて驚き調査したが、そういう事実は出てこなかった。挨拶を交わす程度の仲らしい。
儂もまだ、アンジェラの婚約は考えていない。大変申し訳ないが、今回は……』とていねいに断ったの。
ペンテス侯爵もそういうことならって受け入れて、息子に『婚約の申入れは断られた』と伝えたんですって。
それからよ。
ラゲリーが、『可愛さ余って憎さ百倍』で、アンジェラをイジメ始めたのは。
『アンジェラは、品行方正を装って、男に色目を使い、言い寄って、飽きたらすぐに捨てる。自分も被害者だ』と、まずは自分の周囲に訴え始めたの。
ラゲリーはペンテス侯爵家の次男で、あんな顔立ちだし、女子生徒にも人気があったのよ。
侯爵家の息子だったから、下級貴族の男子生徒の取り巻きも多かったわ。
ソイツらが、ラゲリーの主張を鵜呑みにして、アンジェラをイジメ始めたの。
登校してきたアンジェラに、『男に色目を使った上に、遊んで捨てる悪女』とか、もっと酷い事を散々言いたてて、私達友人が庇って、反論しても多勢に無勢。
逃げるしかなくて、本当に悔しかった。
私達の目を盗んでは、アンジェラの机に落書きしたり、水浸しにしたり、学用品をボロボロにされたこともあったわ……。
ラゲリー本人じゃなく、周囲が面白がってやるの。本当にいい加減にしろって思ってた」
「母上。叔母上はこのタンド公爵家の令嬢ですよ。
どうしてそんな目に遭わなきゃいけなかったんですか?!」
正義感の強いピエールが質問する。
「あなた達も通った帝立学園は、学園内の生徒間の平等を謳ってるでしょう?
マナーに則った限界はありますけどね。それで図に乗ったのよ。
下級貴族の子女にしてみれば、公爵令嬢をイジメるなんてあり得ないことを、自分達はやってる。そんな高揚感もあって、上級貴族だった私達、アンジェラの友人達だって怖いくらいだったの。
“数の暴力”ってヤツね。
あなた達も気をつけなさい。
下級貴族だからって、決して驕った態度はとらないこと。
陞爵を控えてるから、特に注意すること。
ただし、絶対に舐められてはダメよ。
絶対にね」
伯母様は息子達と嫁達に、しっかり言い聞かせ、厳しい眼差しで見つめる。
四人とも迫力に押されたように、しっかり頷いていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「話がそれたけど、さすがにお祖父様も学園とペンテス侯爵家に、厳重に抗議したのよ。
でも、口だけは立つラゲリーに言いくるめられてた父親と学園長は、こう言ったそうよ。
『アンジェラに人気があるのは事実だ。何かしているのだろう』って。
それで、改めて、お祖父様は私達友人に聞き取ったの。私達も本当に困ってたわ。
アンジェラは、ごく普通の態度しか取ってないのよ。
たとえば、挨拶されたら、挨拶に答えたり、落としたものを拾ってあげたり、『次の授業は何か知ってるか』って尋ねられて、答えたり。たったそれだけなの。
それなのに、『恋人だ』『婚約してほしい』『親に紹介したい』って付きまとい始めるのよ。
この人たち、どうしてこうなるのよ。思い込みが恐すぎるって、友人達とも話し合ったわ。
アンジェラには、もう挨拶も声じゃなくて、会釈だけでいいんじゃないか、他の質問は私達が答えるからって、対策を立ててたくらいだったの」
「そんなに酷かったんですか……」
嫡男の妻が、つい出た思いのままを言葉にする。
「えぇ、酷かったわ。
アンジェラはもう学園に来るのが、すっかり恐くなってて、私達も事情を説明して、レポート提出とかで、登校を最低限にして、卒業できないかって、言ってたくらいなの。
こんな中でも、アンジェラはものすごく成績は良かったの。
テストではいつも首位を争ってたし、先取りした単位もかなりあったわ。
嫌な事を忘れたくて、勉学に打ち込んでいたと言うのも、とても大きいと思う。
ラゲリーはそれも気に入らなかったんでしょうね。
それにさっきみたいな思い込みの酷いヤツらに、婚約者や恋人がいれば、『恋人や婚約者を奪われた』と、アンジェラが恨まれてしまうのよ。
何もしていないのに、婚約者や恋人を奪った悪女だって。とんでもないわ。
アンジェラこそ、被害者だったのよ……」
伯母様は当時を思い出したのか、焦燥した表情を浮かべる。私の隣りに座ってくれていたルイスは、そっと肩を抱いてくれた。
「……ラゲリーは、そういう、思い込みの強い相手の恋人や婚約者に、アンジェラの悪口を吹き込んで、イジメを上手くけしかけてたわ。
最悪の事態が起こったのは、婚約者や恋人をアンジェラに奪われたって逆怨みした人達が、ラゲリーの呼びかけに集まったのよ。
私達やアンジェラもやられっぱなしじゃなく、対策を立ててたから、イジメもそうそう、成功しなくなってたの。
それに、きっと苛立ったんでしょう。
あの悪女、アンジェラも刃物で脅せば、おとなしくなるだろう。なに、女子生徒同士だ。
そんな大事にはならないだろうさ、ってね。
その中に、もっと思い詰めた女子生徒がいたの。
アンジェラが、傷物になれば、婚約者も目が覚めて、自分との仲も元に戻るだろうって。
彼女達は、私達友人を『先生が呼んでる』とか『次の授業の準備をするように伝言された』とか、アンジェラから引き離して、人目のつかないところに巧みに呼び出し、ナイフを持ち出したのよ。
ほとんどは、ラゲリーに言われた脅しよ。
でも、本気だった女子生徒は、アンジェラに向かって、ナイフを振るったの……」
「そ、それで、叔母上はどうなったんですか?」
嫡男が震えた声で尋ねる。怒りと怯えが混ざったような声だった。
「先生の呼び出しや、他の用事も嘘だって気づいた私達が探し出した時は、アンジェラは刺されて、地面に倒れていたわ……」
ひゅうっと思わず、私の喉が詰まる。
お祖父さまから話を聞き結果は知っているのに、お母さまの側にいた伯母様のお話には、直接関わった人間の臨場感があった。
ルイスが私にハーブティーを飲ませてくれる。ぬるくなっていたが、こくこく飲めてちょうどよかった。
伯母様の話に耳を傾ける。
「……集められた人間はいなくなってた。さすがにまずいと思ったんでしょうよ。
急いでハンカチで出血を押さえて、救護室の先生を呼んできて、手当をしてもらった。
担架で運ばれていった、真っ白なアンジェラの顔は忘れられないわ。
不幸中の幸い、傷は浅くて、命に別状はなかったの。
でも傷痕は残ってしまった。
これが何を意味するかは、あなた達もよく分かるでしょう?」
“お義姉様”達が、深刻そうに何度か頷く。
貴族令嬢として、まともな嫁ぎ先を見つける確率は、非常に低くなった。
結婚することさえ、難しい。
「その後、タンド公爵家の権力を結集して、火を吐くような怒りをもったお祖父様の責任追及に、学園側も厳しく調査して、加害生徒を処分したわ。
ラゲリーもその一人で、でも実行犯じゃなかったから、学園の処分は謹慎で済んだ。
でもお祖父様はそれでは済まさなかった。
証拠を集め、ペンテス侯爵家と交渉し、学園卒業後は、大公国大使館の外交官補佐官見習いの職場を紹介するので、この国から消えろ、タンド公爵家の前に、二度と現れるな、と約定したの。
表沙汰にはできない不祥事の時に使われる、内々の“国外追放処分”ね。
取り決め書は今でも絶対にお持ちでしょう」
マーサが皆のティーカップを取り替えていく。
その冷静な表情からは、思いは読み取れなかった。
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「お祖父様は、ご自分にも責任を感じてらしたの。
イジメられて、もう学園には行きたくないと訴えるアンジェラに、『誇り高いタンド公爵家の娘ならば、学園は卒業しなければ』と言ってたそうよ。
それもあって、もう帝都には居たくないと泣くアンジェラを、学園と交渉して、成績優秀により繰上げ卒業させたの。
実際、卒業にふさわしい単位はほぼ揃ってたそうよ。
そして、使用人を厳選したエヴルーで療養させたの……。
その後のことは、知ってるでしょう?
エヴルーでも“天使効果”で居づらくなり、『国が違えば、ひょっとして』と、最後の手段と思って、王国への外交団に同道させてもらい、エリーのお父さま、ラッセル公爵に出会ったの。
本当に、本当に奇跡だと思うわ」
伯母様は立ち上がると、私を優しく抱きしめ、頭や背中をそっと撫でてくれる。
「エリー。あなたは絶対に守って見せるわ。
指一本触れさせはしない。安心して、ここにいてね」
「ありがとうございます、伯母様。
それと……。帝立学園で、協力しあって、お母さまを、ずっとずっと守ってくださって、ありがとうございました。
きっと心強かったと思います。
伯母様達、お友達がいらしたからこそ、勉学にも打ち込めたんだと思います。
私が王立学園でもそうでしたから。
マーサ。お母さまは伯母様達のこと、何か仰ってなかった?」
壁際に控えていたマーサは、小さく会釈して答える。
「……アンジェラ様はいつも、ご友人達の幸せを祈っておられました。
自分はこういう不祥事の被害者となり、負傷もした。まだ不審な出来事も続いている。
たぶん、友人達には二度と会えないだろうけれど、一生、ずっと、死ぬまで友達で、心よりの幸せを、神の恩寵を祈っていると。
奥様が旦那様とご結婚した際は、本当にお喜びでございました。いつまでも幸せに…、と。
あの時に『せめて最後に』とお届けした、お手紙のままでございます」
「アンジェラ、アンジェラ、アニー……」
伯母様は私を抱いたまま忍び泣く。
私はそっと、伯母様の頬にハンカチを当てる。
「伯母様、お母さまの側にいてくださって、本当にありがとうございました」
お母さまの面影を胸に抱き、私はそっと囁いた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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