88.悪役令嬢の邂逅(かいこう)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで27歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
12月初旬—
毎年、社交シーズンの始まりを告げる、皇城舞踏会が開かれる。
ただし、今年は皇太子の喪中のため、開催時間が短くなった。
5、6時間が、4、5時間といったところだ。
しかし貴婦人がたは喪中なりに、『最初が肝心』と、衣装に工夫を凝らし、この舞踏会に挑もうとしている。
帝都の服飾・宝飾関連の店や職人、下請けまでも含めれば、年に一度の稼ぎ時だ。
皇城に食品関係を納入する業者達もである。
その喜びと希望と経済活動を、無造作に蹴り飛ばし、一瞬にして消し去ろうとする、無慈悲な存在が現れた。
主催者の皇帝陛下である。
『皇太子の服喪を気にして、舞踏会に参加するよりも、喪が明けた後の1月下旬に、思いっきり、好きなように着飾って楽しく開催すればいいのではないか』
一見、まともそうな意見に聞こえる。
しかし、すっかり準備し、あとは参加するだけ、となっていた貴婦人がたや、商品を納入し、代金支払いを待っていた関連の店からは、恐怖の悲鳴と怨嗟の声、呪いのつぶやきが聞こえてきそうな発言だった。
貴族家も、夫人や令嬢の衣装に、その家の威信をかけ、豊かな経済状況を象徴しようとするが、実質問題、《予算》という大きな壁がある。
これを考えずに、湯水のように浪費していれば、すぐに家は傾く。
用意していた、『喪中なりにお洒落に工夫した衣装』がお蔵入りになり、また新たに注文するとなれば、1回分、それも予算配分が大きい衣装費用が再度かかり、残りの予算はそれだけ逼迫するのだ。
店にしても、代金が回収できず、年末年始の決算で、夜逃げをしなければならないところが、多発するだろう。
そういうことも考えずに、会議で口走ったものだから、伯父様を始めとした側近達に、ボコボコに言われた。
『今さらだ。言うなら、社交シーズンが終わった9月初めに言え』である。
仰る通り、ごもっともである。
どうやら、皇妃陛下が用意したご衣装が、喪中ということで、例年よりも控えめだったらしく、『第一皇女も生まれたことだし、思いっきり着飾らせたい。だったら、時期をずらしちゃえば、いいんじゃない?』という思いつきだったらしい。
どうしてこの人は、皇妃陛下が絡むとポンコツ、いえ、考えなしにおなりあそばすのだろうか。
報告が上がった皇妃陛下から、ぎっちぎちに締め上げられた末に、こんこんと説明されたそうだ。
皇妃陛下、お疲れ様です。
産後のお身体に、何の負担をかけようとするのやら。
愛情の方向性が、今三歩、ずれている皇帝陛下である。
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そんなこんなで、例年通り、12月初旬に開催された、皇城舞踏会—
去年の毒殺未遂やらは、考えないことにした。
近づくとうなされたりして、夜中、ルイスに起こされ、抱きしめられたりしていたが、参加を見合わせようか、という申し出は、心配ないと押し切った。
だって、去年と違って、ルイスがずっと側にいてくれる。
それだけで、心と身体が安心できる。
それに、エヴルー“両公爵”としては初めての参加だ。
私自身も色々と考えたが、そのアイディアに乗ってきた、伯母様や、マダム・サラ、エヴルーの工房スタッフの熱がすごかった。
今回は、ルイスも巻き込まれる。
喪中という、表現が制限される状況でも、その中でより大輪の花を咲かせようとするのが、表現者の性らしい。
出来上がった黒のVネックのAラインの上品なドレスには、右肩から左腰にかけて、真紅のサッシュにガーディアン三等勲章と胸に星賞を着ける。
そのサッシュの斜めがけのラインに沿って、細かなレース編みの見事な青薔薇が右肩から左腰まで飾る。
そして、エヴルー公爵家紋章を刺繍した、黒レースの腰丈肩掛けマントを羽織り、デコルテにかかるエヴルー公爵家紋章模様の太めの金鎖で留めていた。
他の宝飾は同じ紋章の金髪をまとめ上げた飾り櫛とピアスである。
一方、ルイスは、黒の騎士服だったが、騎士団のものとはデザインが違った。襟のカットやボタンの色と位置、身幅、ベルトの位置など、動きやすくまた着脱しやすくなっている。
全体的に差し色は、緑と金だ。
私の色目でもあり、エヴルーの小麦の若葉と実りの色でもあった。
私と同様、真紅のサッシュにガーディアン三等勲章と胸に星賞を着ける。
膝丈の肩掛けマントには、エヴルー公爵家の紋章が大きく刺繍されていた。
そう、今回の皇城舞踏会は、エヴルー公爵家騎士団の儀礼服のお披露目でもあった。
私のドレスも騎士服のイメージに寄せて、デザインされている。
公爵家の控室でも、中立派三家の間では評判がよかった。
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「エヴルー“両公爵”、ルイス閣下、エリザベス閣下、ご入場です!」
臣下として、一番最後に入場してきた私とルイスは注目の的だ。
二人で素材は違うものの、肩掛けマントと真紅のサッシュで、ガーディアン三等勲章を身につけている。
私が歩くたびに、デコルテの金鎖で留められた、ゆったりとしたレースの肩掛けマントが優雅に揺れていた。
「あの騎士服は?」
「騎士団のものではないぞ」
「おい、見ろ。エヴルー公爵家の紋章が入ってる」
「エリー様もレースのマントなの?昨シーズンとまた違う形だわ」
周囲の注目を集める中、凛として前を向き、ルイスにエスコートされ、皇城舞踏会専用ホールの光り輝くシャンデリアの下、堂々と歩く。
公爵エリアの指定された位置に立つと、皇族の入場だ。
まずは皇女母殿下が、ご実家の侯爵家の兄当主と入場なさる。
「帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下、侯爵閣下、ご入場です」
やはり黒のドレスで、優美な所作で入場される。
実の兄上にエスコートされ、安心ということもあるのだろう。
お二人が壇の上に立つと、いよいよ皇帝陛下と皇妃陛下の入場だ。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下、
帝国の麗しい月である皇妃陛下、ご入場です」
皇妃陛下も黒のドレスだったが、華やかさは抑えつつも、上品で素晴らしいドレスだった。
宝飾もティアラとネックレスを付けてらっしゃる。
『指輪やイヤリングがなかったから、もっと着飾って欲しかった』なんて、まだ思ってないよね、と思いながら観察する。
皇妃陛下と共に壇に立たれた皇帝陛下のお言葉は、厳かな、かつ押し出しのいい、荘重ささえ感じ、さすがだと思う。
あとは、人の気持ちの理解だろうが、皇妃陛下の解説抜きでは、難しいだろう。
皇帝陛下のご挨拶の後、皇城舞踏会の開会が告げられる。
バルコニー席にいる楽団が奏でる音楽が流れ、見事な美しいアーチを描く、高い天井のホールに響き渡る。
ファーストダンスは、皇帝陛下と皇妃陛下だ。
まぶしいほど豪華なシャンデリアが、いくつも輝き、豪奢な室内装飾の中、貫禄と典雅の一対は、すべるようになめらかにステップを踏む。
大理石の柱や壁の美麗な彫刻さえ、この一対の背景となり見守るしかない。
音楽が終わった後、万雷の拍手が起こる。
次に踊るのは、皇女母殿下とその兄侯爵だ。
皇女母殿下も場慣れしており、優雅にステップを踏まれ、若い令嬢達から憧れの眼差しを向けられていた。
お二人のダンスが終わり、楽しげな曲調の音楽が流れ始めると、下級貴族がダンスホールへ進み出で、踊り始める。
上級貴族は皇帝陛下ら皇族へのご挨拶だ。
去年と違い、一番最初は序列第一位となったエヴルー“両公爵”、私とルイスだ。
上級貴族の注目を浴びながら、皇帝陛下と皇妃陛下にご挨拶する。
私は深いお辞儀を行い、ルイスは騎士礼を取る。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下、
帝国の麗しい月である皇妃陛下、ご機嫌麗しゅうございます。
社交シーズンの幕開けを告げる、素晴らしいダンスをありがとうございました」
「皇妃陛下のお元気で優雅なお姿を拝見し、帝国の民もさぞや喜ぶでしょう」
ここでお言葉が返ってくるのだが、皇帝陛下は相変わらず、直球ど真ん中だ。
「二人とも苦しゅうない。楽にせよ。
ルイス。その騎士服は、エヴルー公爵家騎士団の儀礼服か」
「はっ、さようでございます」
「ふむ、よう似合っておる。帝室の藩屏のエヴルー公爵家の騎士団、心強く思うぞ」
「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
これで、エヴルー公爵家騎士団は、皇帝陛下に認められ、信頼を得ているアピールができた。
伯父様や皇妃陛下にお願いした根回しが、無事に結実しました。
ところが、ひと言多かった。
「エリザベス公爵も、肩掛けマントを着るか。雄々しいことよ。夫唱婦随。仲良きことは美しい」
「まあ、あなた。ルイス公爵との儀礼服と合っていてて、レースも刺繍もとても美しいわ。
エリー公爵はレース使いが巧みで、とてもお見事ね。
私もつい、着てしまったわ」
確かに皇妃陛下は、両肩から同色のレースをふわりとかけていた。マルガレーテ第一皇女殿下の祝事、三日目の名付け披露宴で、採用したドレスのレース使いだ。
マダム・サラが見たら、狂喜乱舞するだろう。
この形が今年のモードになることは確定だ。
「お褒めのお言葉をいただき、身の誉れ、誠にありがとうございます。
夫が率いるエヴルー公爵家騎士団を支える気持ちでございます」
「えぇ、これからも、ルイスと仲良くね」
私とルイスは再び、礼の姿勢を取ると、皇女母殿下の前に進む。兄上の侯爵は一歩控えていた。
ルイスは騎士礼を取り、私は深いお辞儀を行う。
「帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下。
優雅極まる素晴らしいダンスをご披露していただき、感服いたしました」
「どうか、ルイス閣下もエリー閣下も、お楽になさって。
正式な発表はこれからでしょうが、エヴルー公爵家騎士団発足、おめでとうございます。
エリー閣下のドレスは、本当に美しいこと。
今シーズンも楽しみにしていますね」
「はっ、帝室の藩屏として、お支えする栄誉を頂戴し、恐悦至極に存じます」
「お褒めの言葉を頂戴し、望外の喜び、誠にありがとうございます」
「エリー閣下。喪が明けたら、またいらしてね。
お待ちしているわ」
うわー。皇妃陛下を通して、再訪するつもりだったのに。
これも仕方ない。仰ってしまわれたのだ。もう元には戻せない。
「はっ、かしこまりました」
二人で再度礼の姿勢を取る。
次の序列第二位となった、皇妃陛下兄の公爵閣下は、ご機嫌でまだ皇帝陛下と話している。
後ろが詰まっているのが見えてないんだろうか、と思いながら、再び元の位置に戻ろうとすると、ルイスが私に右手を差し出す。
「我が最愛の妻、エリザベス・エヴルー殿。
美しき淑女である貴女と、今シーズン初めて踊る栄誉を、私にお与えくださいませんか?」
「我が最愛の伴侶、ルイス・エヴルー様。
ご立派な騎士である貴方と、今シーズン初めて踊れることを、心から誇らしく思いますわ」
私の手がルイスの手に重なる。
手袋越しでも伝わってくる想いの熱さと、護られている安堵感に身を任せ、音楽に合わせ、軽やかにステップを踏む。
私とルイスの肩掛けマントが翻る度に、二人で踊れる喜びで、胸がいっぱいになる。
去年は第二皇子が原因で、あんな危険で苦しいことがあったけれど、今年はルイスがこうして守ってくれている。
私もルイスを守るけれど、今はルイスのホールドに身を任せよう。
私はルイスと二人、帝国の建国神話の場面が、色鮮やかに描かれる素晴らしい天井の下、息もぴったりあった優雅なダンスで、エヴルー“両公爵”の仲睦まじさを体現していた。
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夫婦として許される二曲を連続して踊ると、挨拶から戻っていらしていた、伯父様と伯母様に出迎えられる。
「まあ、本当にお似合いだったわ。
皇帝陛下と皇妃陛下のお言葉も頂戴したし、騎士団の件はこれで大丈夫。
もう内定は通告されてきたんでしょう?」
「はい、先日されました。
まだ員数が少ないのですが、喪が明けて、2月か3月にも、お披露目したいと思っています」
「なに。多ければいいというものではない。
精鋭であれば、尚のことだ」
エヴルー公爵家騎士団のことを話題にしていると、中立七家の方々が集まってきて、歓談する。
その中で、私とルイスは、アンナ様とご夫君・ノックス侯爵家当主にダンスに誘われ、それぞれ踊ってくる。
お互いこれで三曲目であり、誘いを断れる口実ともなる。
ルイスに合わせた、私の肩掛けマントに興味津々のアンナ様と、楽しく話している時だった。
「エリザベス公爵閣下。どうか私に麗しい貴女と一曲踊れる栄誉を、賜われないでしょうか」
基本、身分の下から上へは、親しい間柄でもない限り、声はかけられない。
この方は公爵家に属している方でもない。
初めて会う方だった。
40代に入ったばかりだろうか。
優男系だが、金髪でなかなかの美丈夫だ。
ちょい悪系王子様的風貌と言えよう。
アルトゥール殿下がやさぐれて年齢を重ねたら、こういう風になるんじゃないかな、という印象だ。
どちらかの大使館に赴任されてきた方かしら、それにしては、美しい帝国共通語を話すなあ、と思っていたら、伯父様が私の前に進み出る。
伯母様がさらに私を背に庇い、ルイスに何事か囁く。
頷いたルイスは私を隠すように、肩掛けマントに包む。
視界を遮られた私の耳に、温厚な伯父様が珍しく、相手を威嚇する低い声が届いた。
「ラゲリー・ペンテス!
よくも我らの前に、顔を出せたものだ。
タンド公爵家の者には、二度と近寄らぬ約定を忘れたか?!」
「エリザベス公爵閣下は、エヴルー公爵家当主。
タンド公爵家の方では、ありますまい」
「よくもそのような言いがかりを!
エリザベスは、アンジェラの娘だ!
二度と近寄るでない!
ペンテス侯爵家にも抗議を申し入れる!」
二重三重に守られた私は、お母さまの“天使効果”関係者、筆頭とも言える名前を、聴覚で捉えていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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