86.悪役令嬢の友人
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで25歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エヴルーの収穫祭、私も来年は行きとうございますわ」
「ぜひ、お越しください。よろしければ旦那様と」
「楽しみにしておりますわ。
私達が領地にいた時、収穫祭は見ましたが、品評会などはしておりませんでした。
飼料用のカボチャってそんなに大きくなりますの?」
「えぇ、とっても。
私と夫を足したよりも重いのがごろごろあって、笑ってしまうくらいでしたの」
「まあ、エリー様とルイス様よりも?
本当に楽しそうですこと」
タンド公爵邸の昼下がりのサロン—
コンサート以来、歌曲の伴奏をしてくださったノックス侯爵夫人アンナ様と仲良くさせていただいている。
今日は二人でお茶会だ。
お互いの音楽の趣味があったことで、話が弾んだのがきっかけだった。
また共通の友人、知り合いがいた。
皇女母殿下だ。
アンナ様と皇女母殿下は、帝立学園の淑女科でご一緒に学ばれた間柄だ。
ノックス侯爵家嫡男に見そめられ、婚約者となった伯爵令嬢のアンナ様は、その侯爵家嫡男を狙っていた他の令嬢達から、イジメられることもあった。
こういうの、学園あるあるなのね。
この手の嫌がらせはやる本人にもリスクが高いのに、と思う。
アンナ様の場合、学園卒業後、侯爵夫人になるのだ。
自分の社交を考えたら、ダメージは大きい。
実際、アンナ様はイジメた相手とは表面上の挨拶のみで、何か頼まれても絶対に断ると話していた。
私も嫌がらせを受けたので、気持ちはよく分かる。
この点でも意気投合した。
大変だったアンナ様を、皇女母殿下がさりげなく庇ってくださり、よくご一緒されている内に減っていったと、いくつかのエピソードと共に話してくださった。
現在、内密な自主謹慎中の皇女母殿下とも、手紙のやり取りをしており、私の話題もたまに出るという。
ハーブティーの調合やお話相手を務めた事、立ち会い出産などについて、感謝していたと簡易に教えてくれた。
早く皇太子の喪が明けて、皇帝陛下が現在の後継者を決めて、勢力争いに終止符を打ってほしいと切に願う。
そうすれば、伯母様やルイスに相談が必要だが、皇妃陛下のお使いと称して、会いに行ける可能性もある。
アンナ様もお会いしたいと話していた。
「そうそう。夫にエリー様達の計画のお話をしたら、その『通信用花火型狼煙』でしたっけ?
ゲール騎士団長閣下にお願いして、騎士団本部の物見櫓に見に行ったんですのよ。
私には内緒で。ずるいと思いません?」
「まあ、わざわざ 騎士団までご覧に?」
「えぇ、『自領に取り入れようと思ってるんだ』とか言ってましたけど、『中々、綺麗だった』とも言ってて、本当にちゃっかりしてるんですの」
アンナ様の旦那様は、財務大臣の補佐官のお一人だ。中々お茶目なところもあるようだった。
「まあ、しっかりなさってらっしゃるのね。
それに人脈もお広いこと。騎士団長閣下にお願いできるなんて、簡単にはできませんことよ」
「それが騎士団の予算の折衝担当になった時、なぜか飲み仲間になってしまわれたんですの。
それ以来ですのよ」
はい、“人喰いウォルフ”参上ですね。
ウォルフ・ゲール騎士団長閣下は、人の懐に入るのが非常にお上手で、ルイスはこう呼んでいます。
「あら、それでしたら、夫とも顔見知りで?」
「えぇ、存じ上げているそうです。
エリー様との仲睦まじさを、騎士団長閣下からお聞きして、二人で『変われば変わるものだ』と言ってたそうですのよ」
少しからかうような眼差しをなさる。可愛らしい、茶目っ気もおありなのだ。
「夫の変わりようは、私も驚いてますの」
「まあ、ご馳走様です。
そうだわ。私、思ったんですけれど、エヴルー公爵家のお歌?
公爵領のお歌、を作ってみるのはいかがでしょう?」
「エヴルー公爵領の歌、ですか。
アンナ様のお家、ノックス侯爵領にはおありなんですか」
私は思ってもみなかった事を提案され、興味を覚える。
「えぇ。ございますの。
学校の視察に行くと、子ども達が歌ってくれて、愛らしく思えます」
「まぁ、素敵ですわ。故郷に誇りを持ってもらえるかもしれませんし、夫に話してみますわ」
「決まったら、ぜひ聞かせてくださいね」
「アンナ様のお家のお歌もぜひ聞いてみたいですわ」
他にも色々と情報交換し楽しくお話もし、お見送りした。
「うん。エヴルー公爵家領の歌、いいかもしれない。
子ども世代からでも、領地が一つになれたらいいなあ」
旧伯爵領と元帝室直轄領の住民は、気質が違う。
たとえば、新しいものに対して、柔軟だったり、保守的だったりするし、対抗意識もある。
『ウチは公爵領になる前から、エヴルー家の領地だったんだ』とか、『ウチは皇帝陛下に直々に仕えてたんだ』とかだ。
ルイスに相談した時の顔が楽しみ、と私の執務室で書類処理を始めた。
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今日は、伯父様もルイス達も早めの帰邸だった。
このところ、遅い帰邸が続いていたので、ハーバルバスにもゆっくり入ってもらい、クレーオス先生も一緒に、9人の夕食を囲み楽しむ。
その後、従兄弟達とルイス、私は、伯父様の執務室に呼ばれた。
「お前達に話しておきたいことがある」
伯父様が息子達に告げたのは、皇太子の喪が明ける、1月下旬以降に、陞爵の話がある、という事だった。
この話は、第二皇子による、私の毒殺未遂と相殺にしてもらう条件だった。やっと実現するようだ。
時間がかかると皇帝陛下は話していたが、事件のあった、去年の社交シーズン幕開けの皇城舞踏会から、もうすぐ1年だ。
忘れたのか、と思っていたから、実現してくれて嬉しい。
「タンド公爵家全体への褒賞だ。
ノール伯爵を侯爵へ、ウィンド子爵を伯爵へ、とのことだ」
ノール伯爵は嫡男が継承している従属爵位、ウィンド子爵はピエールが継承している従属爵位だ。
私は内心ほっとする。特にピエールに対してだ。
元々、タンド公爵家の従属爵位は、嫡子がノール伯爵とウィンド子爵を、次子以降がエヴルー伯爵を継承してきた。
それが、先代、お祖父さまの代に、“天使効果”にまつわるトラブルで、社交界から身を引かざるを得なかったお母さまに、エヴルー伯爵位を継承させた。
その後、お父さまが交渉した結果、私がエヴルー伯爵家を継承し、タンド公爵家から半ば独立した形となった。
この時、割を食ったのがピエールだった。
継承できる爵位が、本来なら嫡孫が名乗るウィンド子爵となり一段階落ちた。
子爵と伯爵は色んな意味で違いが大きい。
今回の陞爵で、それが半ば解消されるのは、私にもとても大きな意味があり嬉しいことだった。
皇帝陛下。嫡孫分の新しい子爵位授与も忘れないでくださいね。
「タンド公爵家が、王国との友好通商条約の締結に、尽力した事に対するものだ。
お前も夜遅くまで、よく務めてくれたな」
伯父様は嫡男を労る。
「ピエールも去年の紛争で貢献した。
周囲との兼ね合いで、陞爵までは難しかったが、今回はタンド公爵家全体に対してだ。
ありがたくお受けするように」
まっすぐな気質のピエールが、『俺は何もやってない』と感じたことを、伯父様は読み取ったのだろう。
すぐにフォローの言葉をかけるのはさすがだ。
ピエールも“合わせ技”に納得したようだ。
「さて。ここからが本題だ。
タンド公爵家にとっては、非常な名誉だが、他者にとっては、嫉妬の的となる。
言動に充分注意し、つけ込まれぬよう、そして他者への配慮を怠らぬようにせよ。
陞爵は、それだけ責任も生ずる。
二人とも浮かれるでないぞ。よいな」
「はい、父上」 「了解です。父上」
「ならば、よし。
ルイス様もエリーも、色々言われるでしょうが、流していただければ、ありがたい」
「了解した、公爵」「わかりましたわ、伯父様」
伯父様は真面目な顔のまま頷くと、息子達を退出させる。
私達にはここからが本題のようだ。
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「ルイス様。皇女母殿下の処分はお聞き及びですかな」
皇女母殿下は、アルトゥール殿下を私に会わせた件で、現在自主的に謹慎中だ。
薬物はアルトゥール殿下に騙された侍女長が、私と皇女母殿下に盛った。
ご自身も非常に悪質だったアルトゥール殿下に騙されたとはいえ、結果的に私をアルトゥール殿下に会わせ薬も盛られた事を、自ら重くみたのだ。
侍女長は最北の修道院に入会した。実質的な流罪だ。
事件自体、表沙汰にできないため、また非常に悪質な手口に騙された被害者の面がある皇女母殿下には、処分は下されなかった。
それでも真面目なあのお方はご自分を罰し、避けられない公務以外は、自主的な謹慎を続けていた。
「様子を拝見していると、公務以外ほぼ禁足状態で、人との直接の交流は侍女以外は、毎日挨拶に来るカトリーヌ皇女殿下だけだ。
他は数人との文通のみで、間隔も長い。
半年の喪が明けるまでで十分だという意見がほとんどだが、ご自身はせめて正式な1年間は、と思い詰めていらっしゃる。
自責が酷く、精神的によろしくない状態ではないか、と侍医は危惧し、気鬱のお薬を出しているそうだ」
「では、皇太子殿下のされた事はとても言えませんな」
「それが、私とエリーにした事は、どこからかすでにお耳に入ったらしい。
例の『スペア論』と『“10日間の祝辞”行事の予算捻出の為、陞爵の儀と結婚式を同時に挙行相談』の件だ。
『我が夫が、我が子を思ってだろうが、あまりに酷い』と、知った後、しばらくは寝込まれたそうだ」
「ふむ、では毒の件なぞ到底言えないと」
「アレは義姉上と会う前からで、元々、義姉上のせいではない。アイツが異常者だったためだ。
知る必要はないと考える。
カトリーヌ皇女殿下について、お苦しみになる必要はない」
「それが騎士団の捜査結果の結論だ、との解釈でよろしいのですね」
「ああ。その通りだ。ウォルフも同じ見解で、タンド公爵に尋ねられた際の発言権も得ている。
今の義姉上に求める事は、自分とは無関係の過去の贖罪よりも、カトリーヌ皇女殿下の未来に向けての養育だ。
父親の責任を子どもに背負わせるのは、現帝室では私で最後にして欲しい」
ルイスの最後の言葉には重みがあった。
懐妊中だった第二皇子母の側室への、皇帝陛下の配慮のなさで、同年生まれのルイスは、後宮中からイジメを受ける状況だった。
さらに歪んで思い込んだ皇太子が、第二皇子を使嗾し毒殺されかけて、巻き込まれた乳母は死亡した。
伯父様が皇帝陛下の側近であることを知った上で、『伝えろ』と言わんばかりの物言いだ。
「了解しました。遅くまで付き合わせて申し訳ない。ゆっくりおやすみください」
「公爵もあまり根を詰めすぎるな。おやすみ。
エリー、行こう」
「伯父様。ハーブティーを持ってくるよう伝えますね。お酒は控えられて。おやすみなさいませ」
「ああ、エリー。ありがとう。おやすみ」
互いに気遣い微笑んで、執務室を出た。
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私は今夜、ルイスを到底放っておけなかった。
「ルイスも一緒にハーブティーを飲みましょう」
「ああ、いいね。お酒で割ってもいいか」
「大人の飲み方ね。いいと思うわ」
私は今夜はマーサを下がらせ、二人っきりになった。
カモミールと果実をブレンドしたハーブティーを入れ、ルイスには好みのウィスキーで割り、私はシードルで割る。
柑橘と飾りのフレッシュハーブを載せて、テーブルに置く。
「シェフが用意したみたいだ」
「ルー様の奥さんはこれくらいは頑張れるんですよ。シスター様達も寒い冬は、赤ワインにハーブを入れて温めて飲むのよ。身体がポカポカでよく眠れるんですって」
互いにグラスを掲げ、微笑み合う。
今夜のルイスの青い瞳は、優しくも陰りを感じさせた。
「そうか、乾杯」
「ルー様の健康に。乾杯」
「エリーの心の美しさに。ん、旨い。ウィスキーとハーブと果実がいい感じだ。つまみがいらないな」
「気に入ってもらってよかった。どれどれ」
私は二人で座っていたソファーの後ろに立ち、ルイスの首筋や肩に触れる。
思った通り、かなり凝っていた。
あんな話をしたのだ。無理もない。
肩や首を中心に、手で温めたりマッサージをする。
マッサージしながら、「私はルイスにどれだけ寄り添えるのだろう」と思う。
彼が心の傷の多くを、私にだけは見せてくれていることが救いでもあった。
あんな想いを抱え、騎士団の部屋で一人眠っていたルイスを思うと、切なくなってくる。
何も考えずに眠りたいと、稽古に打ち込んだ日々は容易に想像できた。
ルイスは私に体を預けてくれる。
「エリーはマッサージもうまいな。気持ちいい」
「お父さまを元気にしたくて、侍従長に教わったの。
小さな時は全然力も足りないのに、喜んでくださったわ」
「小さな時っていくつくらい?」
「えっと。6歳くらいかしら。私の婚約が決まって、すっごく落ち込んでらしたの。
それで元気になって欲しくて……」
「そのころのエリーは本当に天使みたいだったろうな。ありがとう。充分だ。隣りにいて欲しい」
私は隣りに座り、温もりが伝わるように寄り添う。
独りではないと伝えたかった。
「エリー。俺を選んでくれて、ありがとう」
「ルー様。私を選んでくれて、ありがとう」
三枚のシグナキュラム(識別票)が、二人の生命が重なる。
互いに温もりと想いを優しく分かち合い、深い癒しの眠りに導かれていった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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