85.悪役令嬢の学校教諭と収穫祭
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで24歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
学校には、建物と教材、そして先生が必要だ。
かなりの人数が必要なため、市民向け学校の教諭を養成している帝都立高等学校に相談する。
一方、ルイスは、『騎士団で負傷のため、不本意ながら、事務方で勤務している』騎士を、先生として活用する提案を出してきた。
軍人の騎士として働けないだけで、一般人よりはずっと強い。そして知識も教養もある。
コソ泥などの犯罪者にも対応できるし、防犯対策を教えることもできる。
帝立学園の騎士科出身で、初等学校の教材の知識を、軽く越えるものを全員が持っている。
あとは本人の希望と、教え方を学ぶことだ、という意見だ。
ウォルフ団長も賛成してくれている、と話す。
「事務仕事でくすぶってるよりも、身体を動かしてた方が、あの人達には絶対似合うし、生き生きすると思うんだ」
「職場環境も、住む場所もガラリと変わるのよ。
本当に押し付けがましくなく、自分で選び取ってきた方だけをお願いね」
「もちろん。それは絶対だ。押し付ける気はさらさらないよ」
それでも20人近い方々が手を上げてくれた。
エヴルー公爵領の内、元帝室直轄地領に建設予定の学校の先生達には、十分すぎる人数だ。
希望者には、急遽、エヴルーからやってきたアーサーと私の面接を受けてもらった。
学校教諭としての向き不向き、教育の意義について、理解の一致を見なかった数人は、残念ながらご縁がなかった事にしていただく。
ルイスが面接を行わなかったのは、騎士団内での今後のためだった。
待遇としては、今まで通り、本人一世代限りの騎士爵は維持され、給与も騎士団と同一だ。
ただし、帝都立高等学校の教諭養成課程の集中講座で、足りない単位を取得してもらうことが、必須条件だった。
この集中講座の費用は帝都立高等学校と、目的型寄附を行うことで、受け入れてもらった。
こういう寄附は、生きたお金の有効利用だと思う。
学校教諭の確保も見込みが立ってきた、11月初旬—
エヴルーは収穫祭の時期を迎えた。
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今年からは、エヴルー公爵家領 地 邸、通称新邸前の広場が主な会場となり、2日間に分けて行われる。
領民が続々と集まってきて、公爵邸独自の色目の民族衣装に着替えた、公爵邸の使用人達に指示を受けながら、簡易施設や屋台などを設営する。
公爵邸関係者は、通常の赤ではない色だった。
緑を基調にした女性のベストとスカートには、色鮮やかで見事な刺繍が細かく施されている。
男性は同じく刺繍された青を基調としたベストだ。
よく見ると、モチーフにはエヴルー公爵家の紋章が使用されていた。
どちらも基本の色目は私とルイスを採用してくれている。正直とっても嬉しい。
初日は農産物の品評会だ。
各地区の予選を勝ち抜いてきた畜産物や農産物、ハーブティー、ハーブ料理、各種のパイなどの地元料理が、部門別にテントや設営場所に並べられる。
審査員は、私とルイス、天使の聖女修道院の院長様とシスター様達だ。アーサーを始めとした行政スタッフが、評価のポイントを説明してくれ、採点していく。
審査員は一目で分かるように、まだ民族衣装に着ていない。
院長様達はいつもの修道服をお召しだ。
私とルイスは、出展品に敬意を込めて、黒の正装を着ていた。
私のドレスは極力動きやすいよう、かつ美しく、マダム・サラが調製してくれ、二列の真珠にサファイアが中央で輝くネックレスを身につける。
「エリー様、綺麗だ」「お美しい」「ルイス様も決まってるぜ」「お二人、お似合いだねえ」といった声が聞こえる。
この選択で良かったと思う。
牛や豚、鶏などの畜産は、優勝を勝ち得たものが、公爵家の買取になるので、精いっぱいアピールしてくれる。
そこは、行政スタッフが抑えてくれ、続々と部門ごとの優勝が決まっていく。
特に食肉用の牛が決まった時の盛り上がりようは、本当にお祭りだった。
丸々一頭、お買い上げ、それもご祝儀相場だ。
真剣勝負は他の部門でも続き、特に小麦は各地域、目の色を変えており、真剣さにこちらも応えるしかない。
『小麦だけは絶対に、事前にしっかり評価ポイントを理解しておいてください』という、アーサーの厳命がとてもよく分かった。
主産業なだけあって、各地区の誇り、そのものなのだ。
私もルイスも、修道院の方々も、真剣に鑑定、討議し、厳正に、三等賞まで決定した。
他の作物も、売買の評価点をそのまま採用し、説明され、採点していく。
ハーブ部門だけは、私と院長様に任された。
今年から“新殖産品”として、希望した農家で栽培を始めたものだ。
主力ハーブを、香り、味、色、様々な点で評価し、入賞を決めていく。
入賞できなかったものにも評価を与え、問題点を優しく指導し、来年以降の課題とした。
私と院長様はやり切った実感を、微笑みで交わした。
また、お楽しみ的な部門もある。
飼料用の巨大カボチャの重さ比べは、実にシンプルだ。
重い方が勝ち!
重量計に載せられ、記録が大声で叫ばれる度に、歓声が上がる。
ハーブティーや郷土料理部門は、奥様方の腕の見せ所で、試飲と試食だけでお腹がいっぱいになる。
ひと口ずつ丁寧に味わい、一つひとつにきちんと感想を伝え入賞を決めた。
全ての部門で採点を終えた夕方には、表彰式が行われる。
賞状と賞金が、私とルイスと院長様から、入賞者に手渡され、ガッツポーズを取ったり、喜びを爆発させている。
見ているこっちも嬉しくなっていて、ルイスなんか、男性の時は、優勝者と抱き合ってた。
うん、これは騎士団のノリだ。絶対そうだ。
私も優勝者が女性の時は、優しく軽く抱き、お祝いの言葉をかけると、感極まって泣く人も現れた。
領主として、本当に嬉しい。
一日目は日没と共に終わった。
収穫祭本番は二日目だ。
この夜の夕食には、招待して来てくれた、タンド公爵家の従兄弟夫婦も共にした。
修道院関係者の方々、そして、エヴルーの学校教諭採用予定者の皆さんとも一緒に、エヴルーの秋の味覚を満喫してもらった。
夕食後は各部屋で、お好みの香りのハーバルバスだ。
特に学校教諭の先生方には、エヴルーを理解してもらう、格好の機会になることを祈った。
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いよいよ、二日目—
収穫祭本番だ。
服装は、去年、婚約祝いに修道院のシスターの方々から贈られた、エヴルーの民族衣装だ。
女性は白シャツにベストと巻きスカート。
男性は白シャツにベスト、黒いトラウザーズ。
脚元は私は素足を見せないように、編み上げブーツ。
ルイスはショートブーツだ。
ベストとスカートには、赤を基調にした、色鮮やかで、細かく見事な刺繍が施されている。
去年からお手入れをして、大切にしまって、1年ぶりに袖を通した時は、本当に感慨深かった。
婚約と結婚を通して、領主としてやってきた1年間の総決算の気分だ。
ルイスも民族衣装を1年ぶりに着て、ジンとしていたようだった。
収穫祭は、若い領民達の男女の出会いの場でもあり、巻きスカートのリボンを結ぶ位置には意味がある。
左は未婚、婚約者や恋人なしのフリーで、募集中。
右は既婚か、婚約者や恋人あり。
子どもは前。未亡人は後ろ結び。
私はしっかり右で結び、マーサとルイスに確認される。
だって、奥様ですから。
『当たり前ですよ』と胸を張る。
私は金髪を編み込みカチューシャにして結い上げ、耳にはエヴルー公爵家紋章のピアス。
ルイスも同じピアスだ。
いつもの凛々しさに、かっこ可愛さが加わった旦那様に、いつも以上にときめいてしまう。
招待客の方々も、希望者には着てもらった。
特に先生方は、領民とは違うと分かるように、胸に大きな布章を付けてもらい、名前を書いてもらった。
私とルイスは、昨日、優勝が決まった、飼料用巨大カボチャの脇に作られた、木の台に立ち、収穫祭の開始の挨拶をする。
「エリザベス・エヴルーです!」
「ルイス・エヴルーだ!」
「「せーの!二人そろって、エヴルー“両公爵”!」」
もう、ここで領民達も興奮して、「領主様、サイコー!」とか「よっ!ご両人!」とか「お幸せに〜」とか、色々飛び交っている。
私もルイスも負けずに、鍛えられた声で、始まりを告げる。
「エヴルー収穫祭を始めます!
皆さん、美味しいものを食べて飲んで、楽しんでください!
安全第一で!
悪ノリしたら、旦那様を筆頭に、腕に自信のある方々が、運営本部に引っ張っていきますからね〜!」
「みんな、去年の予言通り、ルイス・エヴルーになった幸せモンだ!
今日は、毎日の苦労の結晶の収穫祭!
皆、そろって楽しもう!
今日一日は不敬抜きだ!よろしくな!
エヴルー領、万歳!
エリー、万歳!」
「ルイス、万歳!」
私がしっかり最後に滑り込み、2人の間に笑いがこぼれる。
領民達も笑顔で応えてくれる。
『エヴルー領、万歳!エリー、万歳!ルイス、万歳!』
こうして、二日目の収穫祭が始まった。
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朝も早くから、設営していた屋台の数々は、去年を軽く上回る。
ハーブ料理やお菓子、焼き菓子、チーズ料理といった“新殖産品”系屋台が軒を並べる。
また、今年から始めた、昨日の料理部門で入賞した地元ながらのパイ料理の屋台もある。
食べやすいサイズに小ぶりにした、ミートパイ、アップルパイ、パンプキンパイなども、つやつやしている。
飲み物も、エール飲み比べコーナー、果実水飲み比べコーナー、ハーブ水飲み比べコーナー、ミルクセーキといった乳飲料、赤白ワインなど、各種揃っている。
早速、どのエールが美味いか、論争が始まっていた。
地元はもちろん、帝都からも、去年も参加した、お洒落な小物、祭りの仮面などを中心に複数来ており、早速若い男女を中心に大賑わいだ。
吟遊詩人や、小さな楽団も音楽を奏で始める。
そして、広場の中央は牛の丸焼きステージだ。
去年に引き続き、実に豪快だが、今年はデカデカと、『品評会第一位獲得!●●地区産!』と看板を掲げ、焼き始めた関係者は、実に誇らしげだ。
公爵邸の料理人達が、領民と協力し合い、串に刺し、炭火でグルグル、こんがりじっくり焼いている。
子どもや大人達も集まり、実に楽しそうだ。
美味しそうに焼き上がったところから薄切りにして、分けていく。
味付けは、お好みだ。
肉の味が一番分かる塩だけから、ハーブソルト、シェフ渾身の各種ソースなどが用意されている。
この脇には、『小麦部門一等賞受賞、◎○小麦で焼いたパン』との看板付き屋台が作られ、一等賞を獲得した小麦で焼いたパンを売っている。
誰が始めたのか、飛ぶように売れるパンに切り込みを入れ、薄切り牛肉焼きサンドにして頬張っている人間が続出だ。
「あれ、食べてみたいけど、食べたらきっと、あれだけでお腹いっぱいだよね」
「去年みたいに、半分ずつ食べる?」
私とルイスが本部のテントに座り、囁きあってると、「お二人があそこにいらしたら、盛り上がりすぎて危険なので」と、アーサーが持ってきてくれた。
パンも薄切り焼肉も切り分けられ、調味料も全部揃っている。
「ありがとう!アーサー!」
「アーサー、好きなエールをおごるぞ!」
「どういたしまして。お二人で回るなら、こちらの仮面をつけていってくださいね」
アーサーがパカっと開けた、天鵞絨張りの鞄の中からは、去年贈られた、金茶の猫と黒犬の仮面が現れる。顔の上半分の仕様だ。
「アーサー。これも取っておいてくれたの?本当にありがとう」
「もちろんでございますとも。エリー様。
さ、ルイス様。奥様に、着けて差し上げてくださいませ」
「了解。ありがとう。アーサー。
さあ、可愛い子猫ちゃんになろうか、エリー。
しっかり警護の黒犬がいるから、安心して楽しもう」
「ありがとう。ルー様を黒犬にしてあげる。にゃん」
ルイスは私に金茶の猫の仮面を着けてくれ、私がルイスに黒犬の仮面を着ける。
最後はふざけて言ってみたのに、ルイスは片手を握りしめて、何度かウンウンと頷いている。
ひょっとして外した?恥ずかしくて赤くなってしまう。
誤魔化すように、元気よく声をかける。
「行ってきます!」
「例の準備までには戻る!」
この後、私達は去年のように屋台巡りに、ダンスに、と収穫祭を満喫した。
こういう催しに付き物の、酒に酔った不埒者も現れた。
去年のように、ルイスが手を下す前に、来賓の学校教諭採用予定の騎士団員が、秒で捕縛し、領民達から拍手喝采だ。
不心得者達は、公爵家の警備と共に、新築ホヤホヤの地下牢に連れて行かれた。
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今年は、服喪期間の分かりやすい自粛として、夕方に行なっていた、井桁が組まれた、焚き火を取りやめた。
その代わりが、『緊急信号の試し打ち』として、騎士団に届け出た、『通信用花火型狼煙』のテストだ。
事前に周囲の貴族領には、『有事ではありません。驚かないでくださいね』と周知してある。
皆様、快く了承してくれました。
公爵邸の正面玄関の屋上には、帝都防衛のために設置された、“監視部屋”や狼煙などの設備がある。
これを使うのだ。
「今から上げるぞ〜!豊穣の女神に感謝を!」
仮面を取ったルイスが、夕空の下の広場で告知し、屋上にいる、警備役達に合図する。
領民達が見上げる先には、装飾の切妻屋根を支えドーリア式の円柱が並び立つ荘厳な作りになっている、正面玄関がある。
円柱の装飾に、古代帝国の知恵と戦争の女神・ミナヴァの像が配置されていた。
その壮麗な玄関の屋上の、狼煙施設の前で、松明が大きく振られる。
それだけで、観衆はどっと声を上げる。
「豊穣の女神に感謝を!
大地と自然の恵みをありがとうございました!」
私が歌い上げるように声を響かせると同時に、白や赤、黄色、緑といった、色付けされた花火が、単発だが、次々と上がっていく。
領民達からは、『おお〜ッ』といった、地鳴りのような声が響いた。
10発打ち上げると、そこで終わりだ。
マルガレーテ第一皇女殿下の、祝砲の数11発よりも減らしておくという気配りは、さすが騎士団の参謀殿だ。
かっこいい。
文句なしに知性的なかっこよさです。
私の旦那様。
「みんな、聞いてくれ!
今日はこれを豊穣の女神への、捧げ物として打ち上げた!
本来の使い道は、帝国とこの領地を守るための信号だ!
これから少しずつ開いていく学校で、そういうことも教えるだろう!
もちろん、代表者は絶対に覚えてくれよな!
俺とエリーとエヴルー公爵家は、この土地を愛し、共に生き、そして、共に守る。
皆で麦のように、作物のように、強く育っていこう!
エヴルー!万歳!」
ルイスの呼びかけに、領民が答える。
『エヴルー万歳!エリー様、万歳!ルイス様、万歳!』
万歳の声は高らかに、宵の明星が輝く空に響き渡った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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