84.悪役令嬢のサロンコンサート
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで23歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー!エリーッ!どこだっ!エリーッ!」
ルイスが私の名を呼びながら、廊下を駆けてくる。
戦場声とはこのことだろう。
「ルー様?」
夕食後、休んでた自室から思わず姿を見せると、駆けつけてきたルイスに『ガシッ』と捕まえられた。
正しくは“抱きしめられた”のかもしれないが、感覚的には、捕獲です。捕獲されました。
黒い騎士服は今日もかっこいいけれど、あまりの迫力に猛獣を連想してしまう。
きゅうって死んだふりしたら、見逃してくれるかなって雰囲気は……、無理そう。
まあ、皇妃陛下へ出仕した時、警護の近衛役からルイスに筒抜けだろうなあとは思ってたんだけど、予想以上に心配かけたみたい。
本当にごめんなさい。
私の部屋で、ソファーに座ったルイスに、なぜかお姫様抱っこされながら、尋問、もとい、今日の経緯を確認される。
ルイスの伯父公爵に会って、色々あった流れを報告した関係で、帝立学園の短期留学の件もバレてしまった。
もう謝るしかない。
けど、この格好は落ち着かない。
降ろして欲しいけど、言うに言えない。
恥ずかしいことこの上ない。
「帝立学園のこと、どうして話してくれなかったんだ?」
「ごめんなさい。なんとなく、言えなくて……」
「嘘だ。俺に話すと、俺が昔を思い出して、嫌な思いをすると思ったんだろう?」
「…………」
動揺しないように、と思ったけれど、この体勢では丹田に力も込めにくい。
言葉を返す前につい、ピクリと反応してしまい、ルイスが私に覆いかぶさるようにため息を吐く。
「ふぅうううぅぅ。
もう昔の事は気にしてないって言ったじゃないか」
「それでも……。なんとなく嫌だったの。
ピエールから、淑女科の人達から、ルー様が馬鹿にされてたって聞いてたし……」
「ピエールのヤツ!後で絞めとく」
「ちょっと待って。私が学園生活の話を聞いてただけなの。ピエールは怒ってたのよ。
『どこが淑女科だ。アイツらは淑女じゃない。腹黒科だ』とか」
「クックックックッ……。腹黒科か。確かに言ってたな」
ルイスの笑顔でやっと雰囲気が和らぐ。
ほっとした私の額に、自分の額をくっつけたルイスが、そっと囁く。
「なるべく隠し事はしないでほしい。
特にこうして、後でわかってしまうものは。
逆にされたら、エリーだって不安だろう?」
確かにそうだ。
どうして話してくれないんだ、と思うだろう。
「ごめんなさい、ルー様。
でね。そろそろ降ろして欲しいなあって」
「ダメだ。もうしばらくエリーを堪能させてくれ」
「ちょ、堪能って……」
ここで壁になってくれていたマーサが、登場する。
「旦那様。お帰りなさいませ。
遅くまでお疲れ様でございました。
奥様もご入浴など、お休みのお支度がございます。
旦那様のお夜食も、お部屋にお運びいたしますので……」
暗に『“今は”離れろ』というマーサの凛とした圧に、ルイスも押され、素直に私をソファーに降ろす。
マーサ、本当にありがとう。
折りたたまれて、どこかにしまわれちゃいそうなくらいの心配オーラだったの。
マーサみたいな女性を、“本当の淑女”って言うんだと思うわ。
「さあ、奥様、お支度をいたしましょう」
私の手を取り、浴室へ向かう姿を見て、ルイスも冷静さを取り戻したようだった。
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「あと3ヶ月しかないって、焦りが高まって、ご自分を見失なってるんでしょうねぇ」
伯母様に翌日のお茶の時間に、昨日の経緯を説明すると、呆れ顔だ。
「そんなに、派閥争いの勧誘がひどいんですか?」
「いえ、派閥争いは逆に落ち着きつつあるのよ。
“パールグレー”で逃げられてるし、今は第五皇子にも近づけていないようなの。
皇妃陛下の進言で、皇帝陛下がウォルフ騎士団長に命じて、近衛役を張り付かせたのよ。
それもあって、焦っているのね」
「そうだったんですか……」
それでは皇太子の時のようにべったりの支持派は難しい。
皇帝陛下も皇太子の時の後継者争いの弊害に、思うことがあるようだった。
皇太子は亡くなり、第二皇子は“塔”で幽閉、ルイスは7歳で騎士団に入った。
皇帝として、また親として考えざるを得ない結果ではある。
「皇太子殿下の時のような側近になりたいのに、なれそうにない。
婚約者になれそうな、同世代の子女も微妙なの。
10歳くらいは婚姻の許容ではあるけれど、よほど相応しいか、他に相手がいないかでしょう?
皇太子殿下の時も、期待してた側室には決して首を縦に振らなかったし、あの二人のお嬢さん、どうするおつもりなんでしょうねえ」
伯母様も引っかかってはいるようだ。
「ルイスにも母方の従姉妹になる方達ですよね。
ピエールに聞きました。
淑女科じゃない。腹黒科だって」
「あら、ピエールったら、本当のことを言い過ぎね。
でも私だって、エリーだって、“多少は”腹黒でしょう。家を守るためならね」
「はい、伯母様」
私と伯母様は微笑み合う。ピエールがいたら、『こわっ』とか言われそうだ。
「あの二人のお嬢さんを、マルガレーテ皇女様の教育係にしたかったらしいの。
私達のあら探しをしてるみたいなのよね。
旦那様から、私も注意されたわ。
外出の際は気をつけるように、ですって」
「私もです。ルイスからマーサと護衛を離すなって」
「いっそのこと“淑女くらべ”でも、できればいいのに……」
伯母様は小さくため息を吐く。お好きな買い物ができず、小さな不満が溜まってるようだ。
「ああ、数代前、側室を選ぶのに行われたとか」
「そうなの。私たち、エリー以外の六人もそれなりに優秀な成績を収めて、帝立学園の淑女科を卒業したのよ。
こうまで言われると、しっかり反論したくなっちゃうわ」
「伯母様。でしたら、サロンコンサートはどうでしょう」
「サロンコンサート?」
「はい。淑女の嗜みの一つが音楽ですわ。
目と耳でわかりやすいかと」
社交シーズンでなくても、小規模でも開けば、それなりの噂にはなるだろう。
「あら、楽しそう。他の六人とも相談してみましょう。
エリーは何で参加したいの?」
「声楽でしょうか。ピアノやヴァイオリンは、ここのところ触れていないので、ある程度の練習は必要です」
「その辺の調整も兼ねて、一度皆で集まりましょうか?」
「はい、伯母様」
やっぱり頼りになる。
さすが公爵夫人の年季が違う。
私はほっとしつつ、何の曲を歌おうかしら、と少し楽しくなっていた。
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学校の立上げのために、情報は必要だ。
私はマーサを連れて、帝立図書館に来ていた。
ここなら『淑女らしくない』と言われないだろう。
移動は馬車だ。ルイスに心配をかけたくなかった。
利用者証を提示し、開架スペースに入ると、中は本の海、本の森だ。
匂いを思いっきり吸い込むと、幸せな気分になる。
学校の具体的な過程や教材について調べている内に、面白いものを見つけた。
サロンコンサートに役立ちそうなものだ。
これならインパクトは充分だと思う。
曲は暗記はしているが、私の声楽用の楽譜もやはり欲しい。
本を借り、早速、帝都で一番大きな楽器店に行くと、お目当てのものが偶然にも一揃い、おいていvた。
初心者用の曲の楽譜もセットになっていたし、これは七人の親交も深まりそうだ。
あとは私の声楽の楽譜だ。
何曲か“淑女らしい曲”と思われる、定番を選ぶ。
恋に激情の炎を燃やす、といった名曲もあるが、今回は選ばない。
楽器店も大好きな場所だ。
偶然にも来れて嬉しい。
そして、いい機会にルイスから一任されていた、エヴルー公爵領新邸に置く楽器の購入を相談する。
公爵家ともなると、一通り揃えてないと、外聞がありますので、とアーサーにも言われていた。
『“滅私奉公”癖、抑制チーム』のマーサの目が、少し厳しくなりつつあるが、音楽や楽器は触れているだけで楽しい。癒される。
仮注文をして、今度ルイスと来ようと思い、タンド公爵邸へ帰った。
珍しく、伯父様もルイスも揃った夕食—
話題は、エヴルー公爵領新邸で開かれる予定の収穫祭だ。
皇太子の服喪中のため、昨年よりも少し大人しめにせざるを得ないが、クレーオス先生も従兄弟夫婦も興味津々だった。
「儂の参加は決まりましたのぉ。姫君の主治医でエヴルーにもおります。楽しみじゃなあ」
クレーオス先生は、今からわくわくしている。
ルイスも、従兄弟夫婦に、遊びに来てくれたら嬉しいと誘っていた。
夕食後、私は思い切って、タンド公爵家の皆にも声をかけ、サロンに集まってもらい、新しく購入した楽器のお披露目をする。
「伯母様。これってどうでしょう?
まだ珍しいですし、一体感も出ると思うんです。
初心者の曲なら、リズム感さえあれば、合わせられるかな、って。試してみてもいいですか?」
「私は構わないけれど、みなさんに見せてご意見を聞いてからかしら」
「音だけでも、聞いてみませんか?
単音だけでも、とっても綺麗なんです。こんな感じです」
私は手袋をはめた手に取って、楽器店で教わったように、鳴らしてみると、澄んだ美しい音が静かに響く。
「おお」「あら」「まあ」「これは」「素敵ですわ」などと、興味を持ってくれる。
「面白そうじゃのう。どれ、儂も一つ」
クレーオス先生も、私に教わり鳴らしてみると、他の人達も、順番に触れてみて楽しそうだ。
なんと伯父様も、早速コツを掴んだ伯母様に教えてもらい、嬉し恥ずかしそうに、鳴らしている。
最後は、ルイスだ。
「いや、俺は無骨者だし」
「大丈夫。聞いてて嫌な音じゃなかったでしょう?」
「まあ、うん。綺麗だと思ったよ」
「騎士団でも、進軍ラッパで合図をするでしょう。
一音だけだもの。やってみましょう」
「そうよ、ルイス様。聞くだけじゃなく、参加しても楽しいのよ」
「俺だってやったぞ」
「私もなかなか面白かった」
「一音だけですよ、ルイス様」
「何を怖気づいてらっしゃる。噛まれたりしませんぞ。ふぉほぉふぉ」
私と伯母様だけではなく、ピエールにも嫡男にも伯父様、最後はクレーオス先生にけしかけられ、覚悟を決めたようだ。
おずおずと手に取り、私に教えられ、鳴らしてみる。
思ったよりも、ずっと優しく繊細な響きだった。
「俺が、この音を?」
「そうよ。ルー様が鳴らしたのよ」
ルイスの青い瞳に驚きの光が宿る。
初めての新鮮な感覚が呼び起こされたようだった。
そして、子供のように、無邪気に微笑んだ。
私はそれを見ていて、ぐっと胸に迫るものがあった。
皇子として育ったなら、楽器の一つや二つは素養の内だ。
その機会を捨て去らざるを得なかったルイスが、初めて、自分が楽器を演奏した音に触れたのだ。
「美しい音色だこと」
「ふむふむ、なかなかじゃ」
皆が素直に褒める中、ピエールが「俺には負けるけどな」とまぜっ返し、笑いで試演会は終了した。
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後日—
七人が参加したお茶会で、披露した時も好評だった。
元々全員、音楽好きだ。
しっかりとした素養もあり、すぐにマスターし、簡単な曲は、形だけでも演奏できてしまった。
「これは最後にやりましょう。お客様はきっと、驚かれるわ」
伯母様のご友人でもある公爵夫人が言い出し、他の方々も賛成に回る。
皆様、念のために、と楽譜や楽器を持ってきており、本番前のリハーサルの雰囲気だ。
曲目に、練習やコンサートなどの日程も、勢いで決まり、帝都にいらっしゃるご友人たちを招待しての、タンド公爵邸でのサロンコンサートが決まったのだった。
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ある昼下がりのタンド公爵邸サロン—
伯母様の簡単な挨拶で始まりを告げたコンサートは、ピアノ独奏、ヴァイオリンとピアノ、ピアノ連弾、フルート独奏、など、演奏される楽器も様々で、お客様もほとんどが飽きていないようだった。
私は少し年上の侯爵夫人がピアノ伴奏をしてくださり、明るめの軽やかな曲調で始まり、劇的な内容で終わる、小さな野の花が人間の娘へ思いを寄せた悲恋の歌を、まずは披露する。
もう1曲は、プラタナスの木々の優しい心地よさ、愛しさを謳った曲だ。これは木陰で休むルイスを想い、静かな曲調に強さも秘めて歌い上げ、拍手をいただけた。
ルイスも午後から休みを取ってくれ、演奏に耳を傾け、拍手を贈ってくれる。
公務のオペラのように、眠くはなさそうで一安心だ。
そして、終わりを飾るは、机の上にずらりと並んだベルの数々—
侍従や侍女が準備していく様子に、お客様も興味を持たれているようだ。
私達七人は、最後は例のパールグレーのエンパイアドレスに着替えて静々と入場してくる。
そして、机の上のベルを、手袋をはめた手でそっと取ると、皆で呼吸を合わせ、前奏から奏でる。
それは、伯母様の一音から始まった。
ハンドベルだ。
まだ珍しい楽器で、聖堂で聴くような音色に、お客様は耳を傾けてくださる。
曲目は、有名、かつシンプルな聖歌だ。
私達も、各々が担当する音とリズムで、メロディを奏で、伴う和音で彩りを添える。
最後の和音が響き、消えていった後、ポツポツと起こった拍手は高鳴っていく。
私達は無事に終わった安堵を心中に収め、“淑女らしく”優美に微笑み、礼儀正しいお辞儀で、コンサートを終えた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
作中のエリーの歌曲で、参考にしたのは、モーツァルトの『すみれ』と、ヘンデルの『オンブラマイフ』です。
またハンドベルは『きよしこのよる』です。季節外れですがご容赦を(^^;;
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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