81.悪役令嬢のお父さま 5
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ラッセル公爵視点です。
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後半は、ざまあ感が強く、デリケートな描写があります。
苦手な方は、閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで20歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ラッセル公爵視点】
「アルトゥール殿下、メアリー百合妃殿下、弔問団の団員殿。
ご無事のご帰還、おめでとうございます。
長旅ではお辛いこともあったでしょう。
本日は疲れを取った上、明日、陛下にご報告ください」
出迎えた弔問団の雰囲気は、なかなか良かった。
特にアルトゥール殿下とメアリー百合妃殿下は、仲睦まじい。
目を疑うほどだ。
出発時は互いに嫌悪し、往復1ヶ月近く同乗する馬車の旅が破綻しないか危惧していた。
もう一台、予備の馬車を連れて行ったほどだ。
団員の取りまとめ役に、「完全に決裂する前に、メアリー百合妃殿下の体調不良を理由に、馬車と宿泊部屋を分けるように」と、念のため厳命していた。
今は、メアリー百合妃殿下に尻に敷かれている雰囲気は強いものの、『これなら次世代が期待できそう』な雰囲気である。
「出迎えご苦労。ラッセル宰相。
あなたの貴重な時間を使わせて申し訳ない。
それと、至急、報告したいこともある。
陛下とのお時間を作ってもらう訳にはいかないだろうか」
ほほう。爽やか好青年の笑顔を取り戻している。
報告書の通り、シャンド男爵令嬢に会う前の精神状態か?
そこから深刻なほど表情が変わる。
メアリー百合妃殿下がすっと距離を詰めて寄り添い、「殿下、お鎮まりください。殿下の口からきちんとご説明しなければなりません」と手を握り励ましている。
目の前の三文芝居に付き合わなければならないのは、不愉快極まりない。
帝王“再”教育中の身の上を忘れないで欲しい。
まだまだ、バカ(=王子)は、バカレベルのようだ。
私はバカ(=王子)に近づくと、囁きに近い声で告げる。
「殿下。本当に、“至急、報告したい重要事案”ならば、弔問団員が全員揃っているこの場で、大声で話すことは避けるべきでしょう。
また、“お薬の件”でしたら、帝国駐在大使から、すでに早馬で報告が数回来ております」
バカ(=王子)の顔に衝撃が走る。
当たり前だろうが。
下手をしなくても、友好通商条約は破棄され、開戦されても文句は言えない立場だったんだぞ、と怒りが込み上げてくるが、表面上は穏やかな微笑みを保ったままだ。
メアリー百合妃殿下は驚きが最小限で、それも扇ですぐに隠す。
覚悟しており、励ますために「しっかりまとめて報告なさいませ」とでも言っていたのだろう。
「そちらの件は、すでに対処が着々と進んでおります。それ以外に、至急報告する案件はございますか?」
「い、いや、ない」
「でしたら、明日、ご報告願います。
これから解団式です。
団長として、そのご挨拶の職務をまずお果たしください」
ここで表情がキリっと締まる。
メアリー百合妃殿下は開いていた扇を畳む。
「殿下。ただ今出来ることをいたしましょう。
信頼回復の道は、一歩一歩ですのよ」
「ああ。私の悪い癖が出たようだ。原稿はあり、練習もした。頑張るよ。
ところで、ラッセル宰相。
ソフィアの様子を知ってるか?
悪阻が終わっているなら、見舞いたいんだ。大切な時にそばに居てやれなかったので」
あ゛〜。どうしてここで、その話題を出す!
メアリー百合妃殿下と道中、“仲良く”してきたんだろうが。
メアリー百合妃殿下に、以前、見られなかった嫉妬が、ほんのうっすらと感じられる。
後でいくらでも尋ねられることを、
なぜ、今、ここで、聞く?!
ソフィア薔薇妃殿下は、どこにも逃げない。
逃げられては、こちらも大問題だ。
24時間、人を張り付けてある。
しかし、こちらとしては、悪くもない。
メアリー百合妃殿下が、どれほどこのバカ(=王子)に、心が傾いているか、測るにはちょうどいい。
私は声を低め、丁重に答える。
「ソフィア薔薇妃殿下は、母子共に順調でございます。
殿下がご出発されて以降、“気苦労”が“減った”ためか、悪阻も終わり、みるみる回復なさいました。
今夜、“お渡り”なさるなら、“ご負担”なきよう、ご配慮願います」
メアリー百合妃殿下の畳んだ扇が、小さく『ミシッ』となった。
嫉妬を抑えるのに、つい手に力が入ったようだ。
だが、すぐにはらりと扇を開き、顔を隠す。
ふむ、正妃の嗜みは、お忘れでないと見える。
一方、バカ(=王子)は焦りの色を付けた、幸せオーラを振り撒く。本当にバカだ。
「わ、私はそんなつもりで、聞いた訳じゃないよ。
嫌だなあ、宰相。人をからかって。
メアリー。ソフィアは順調なようだ。
優しい君が気にしていたから、僕も気になって聞いてみたんだ。
後で二人で顔を見てこないか?」
ほほう、中々の手だ。
女性の扱いは、まあまあ“改善”したらしい。
『嫌だなあ、宰相』などとは、二度と声を掛けてほしくはない。
穏和な微笑みは保っているが、たわけた事を言う、あの口を引き裂き、舌をこの場で引っこ抜きたいほどだ。
例の“緊急案件”で、私と外務大臣と陛下に、どれだけの負担をかけたと思っている。
優しく美しい天使のような愛娘が改善してくれた、胃痛に効能のあるハーブティーを、私がどれだけ飲んだと思ってる。
まあいい。笑えるのは今のうちだけだ。
“胃痛地獄”に、いや、それ以上の地獄に、明日から引きずり込んでやろう。
“矯正処分”で、マイナスだった精神状態と自己肯定感が、プラスに転じているのが幸いだ。
メアリー百合妃殿下も少し機嫌を直したのか、「そうですわね。お土産もございますし」など、答えている。
嫉妬の制御は、愛娘の見込み通り、中々のようだ。
仲睦まじくなって以降、初めて遭遇する、ソフィア薔薇妃殿下とバカ(=王子)を目の前にしての言動を、確認しなければならないが。
「さあ、解団式を始めよう。
皆も苦労の汗を一刻も早く王国の湯で流し、王国のワインで癒されて欲しい」
好青年となった、バカ(=王子)の呼びかけに、雑談していた団員が集まり始めた。
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翌日—
バカ(=王子)の謁見を前に、クレーオス殿の報告に再度目を通し、確認すべき点の優先順位を決める。
クレーオス殿は、“矯正処分”について、こう記していた。
『“矯正”と申しても、バカ(=王子)が、純真な“おバカ”になった程度。
つまりは王立学園入学後くらいで、あの性悪女と会う前に戻ったとお考えいただきたい。
可能な限りは“余計なモノ”を取り払った。あとは本人の努力と周囲の導き次第。
また、姫君に対しては、王妃陛下の長年の暗示による、非常に強い執着があった。ほぼはぎ取ったが、念のため、復活した際の手は仕込んである。
この点は別紙をご確認頂きたい』
別紙は、難解な古代王国語で記されており、解読に時間を要したが把握し、国王陛下にも伝えた。
クレーオス殿に深い感謝を捧げ、早馬に託した手紙にもその旨は記した。
つまりバカ(=王子)の精神は、こと恋愛関連に関しては、真っ白に近く、帝王教育も仕上げ前の状態な訳だ。
ここから、再度の立太子後に、中継ぎでも国王となれるか、種馬一直線かは、本人の努力次第という、スタート地点に立ち戻った訳だ。
愛娘と国家を裏切った大きなマイナスから出発し、与えられた立ち直りの過程でさえ、エリーに対する執着からか、“余計なモノ”を自分で心に生み出し続けた。
汚泥のような未練と後悔と欲望を、際限なく膨らませ、そこからさらに“余計なモノ”を産み、エリーへのどろどろした深すぎる執着の檻に、自分自身で囚われた。
そしてよりにもよって、帝国で事件を引き起こした。
クレーオス殿は、エリーへの穢れに近い執着を断ち切る“処置”もしてくれた。
焦ることはないのだ。
時間はまだある。ソフィア薔薇妃殿下のお子は、来年の二月初旬が出産予定日だ。
最悪でもそこまで保たせればいいだけだ。
私は弔問団の報告後、完全に人払いされた謁見の間に向かった。
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国王陛下が壇上の玉座に座り、その傍に私が立ち、おバカ(=王子)が壇の下に立つ。
国王陛下のお言葉から始まった。
「アルトゥール。
帝国の第三皇子ルイス殿下と婚姻し、帝国内でエヴルー“両公爵”の地位に就いておる、そちの義妹・エリザベス第一王女に対し、問題行動を起こした、と早馬で報告が来た。
ラッセル」
「はっ、まずは弔問団歓迎の晩餐会で、席を立たれたエリザベス殿下の後を、単独で追い、お花摘みから出てこられた殿下に対し、
『リーザ。運命の恋なんて、嘘だろう?たった1年も経たずに。一緒に王国へ帰ろう』
と発言した。
さらには黙秘していたエリザベス殿下を、大声で怒鳴りつけた。
それを目撃していた夫君・ルイス公爵閣下に、取り押さえられ、『これ以上近づくな』という警告に、『分かった、離せ』と返事をした上で解放された。
アルトゥール殿下。ここまでで、間違いございませんか?」
「ありま……せん」
無駄に返事を引きずる。
早速、自己憐憫癖が復活したのか、と思いきや、いきなり絨毯に座り込み、額をめり込むように、床につける。
王国の海上民族に残る、古い謝罪の慣習“ドゲーザ”だ。
海上民族が非武装化し、王国に属した際、使節団全員が、このポーズを取って以来、最大級の謝罪として知れ渡った。
が、何度“ドゲーザ”しても追いつかないことを理解していない。
「エリザベス殿下とルイス閣下には、なんとお詫びしていいか、分からないことをしました。
さらには、エリザベス殿下が帝国の皇女母殿下の元をよく訪問していると、ソフィアから聞いていたので、そこで出会うために、皇女母殿下に嘘を付きました。
また、すぐに立ち去らずに楽しく話せるよう、城下で手に入れた怪しげな薬を、皇女母殿下の侍女長を騙し、二人に盛りました。
なんという事を仕出かしてしまったのか。
謝罪の言葉さえ、見つかりません。
私の、この取るにたらない命を、と思いましたが、帝国側は、エリザベス殿下のとりなしもあり、なかった事にしてくれました。
それは帝国側での裁きです。
父上の裁きを受けさせてください!」
この長台詞の間も、“ドゲーザ”の姿勢は、ピクリとも変わらない。どこで練習してきたのか、これだけは見事だ。
ただ、『裁きを受けさせてください』とは、まだ傲慢なことだ。
『生命も含め、全てをお任せします』が、最低ラインだ。
「そうじゃな。死刑を何度繰り返しても足らぬ罪じゃ。
弔問団の団長として、帝国へ行き、その弔問した方の妻、皇女母殿下と、臣籍降下したとはいえ、第三皇子の妻に薬を盛るとは。
宣戦布告なしの、不意打ちの攻撃と取られても致し方ない。
その時は、そちの首を先頭に、帝国軍が我が国に侵攻し、焦土と化していたであろう。
この王国の王族として、死して余りある罪状じゃ」
陛下が怒りのオーラを久しぶりに発散されている。
帝国の皇帝陛下宛ての詫び状を、しかも必要以上の言質を与えずに書くのに、血を吐く思いだったのだ。
当然だろう。
エリザベスが調合した、胃痛向けハーブティーを喜んで飲んでいた。
推敲した私もだ。
「申し訳ありません。ソフィアの子が生まれ次第、処刑願います」
ここで陛下が私を見上げ、首をクイッと“ドゲーザ”を続けるバカ(=王子)に向ける。
『ヤってしまえ』ということだろう。
では、遠慮なく、ヤらせていただこう。
「アルトゥール王子殿下。まずはお立ちください。
陛下は“ドゲーザ”の姿勢をとる事をお許しになってはおりません。
“ドゲーザ”は、我が国の海上民族の、誇り高き謝罪の姿勢です。
他民族が勝手に行っていいものではございません」
「あ、も、申し訳ありませんッ」
すぐにぴょこんと立ち上がり、直立する。
ふむ、変な悲嘆癖で行った訳ではない、ということか。
「謝罪を態度で示されたいと仰せなら、貴婦人の取るお辞儀をしていただきましょう。
エリザベス殿下は婚約時に、あなたに教えたと仰っていました。ここには三人しかおりません。
どうぞ、最大級の謝意の姿勢をお取りください」
「は、はい」
戸惑いつつも、深いお辞儀を行う。なかなか見事だ。
エリーよ。このおバカ(=王子)に、『お辞儀なんて楽なものだろう』と言われ、理解させたかったとはいえ、よく教えこんだものだ。
「では、尋問を続けます。
侍女長を騙す際、ソフィア薔薇妃殿下にへ宛てた、エリザベス殿下からの手紙を使いましたね?
これは了承を得て持ってきたものですか?
それとも盗んできたものですか?」
「盗んできました」
ほう。そのまま認めたか。
机の上にあったから借りてきたんだ、なぞと世迷言を口にしたなら、見えないところに鉄拳を加えようとしたのに残念だ。
「あの手紙は、ソフィア殿下の、あなたへの愚痴に付き合ったいつもの手紙ではなく、悪阻に苦しむソフィア殿下を励ますため、例外的にあなたを褒めたものでした。
わざわざ選んだ、ということは、普段から私信を盗み見していた、という事ですか?」
「はい、その通りです!」
「その理由は?」
「エリザベスの文字と香りが懐かしく、犯行に及んでいました」
自分から『犯行に及ぶ』と言うか。
また気持ち悪い犯行を認めるにも、爽やかさを保持するとは。
クレーオス殿、なかなかの腕前だ。
「では、城下で手に入れた薬物の代金は、どこから捻出したのですか?
安い買い物ではなかったはずです」
「母方の祖母から譲られた貴金属を渡しました。
端的に言えば金の指輪です!」
「端的にお答えいただいて結構です。時間の無駄だ。
それは形見の品と言うのでは?」
「はい、そうです!」
「で、どうしてそのような怪しげな場所を知っていたのですか」
「シャンド男爵令嬢達と遊んでいる時に、教わりました!」
「他にも薬物を手に入れ、使用したことはありますか?」
「ありません!」
ふむ、本当に“真っ白”に仕上げたか。
恥ずべき行いも、潔くと言うか、率直すぎるほど真っ正直に認めている。
ここから帝王“再”教育で、統治者へ持っていけるかは、本人の努力と、教育者の腕の見せ所だな。
今回以降は陛下にも時間の許す限り関わっていただこう。
製造者責任だ。
「では、エリザベス殿下へのお気持ちについて、確認します。開戦理由にもなり得た問題です。
正直にお答えください。
未練はまだお持ちですか?」
「持っていません!お互いに結婚もしました!もう過去のことです」
甘い!の一言だ。
私は壇を下り、お辞儀を続ける、王子の脇に立ち、丸めた報告書で、ポンポンと数度、頭の上で軽く弾ませる。
「それは帝国訪問時も同様です。それなのに、近づいて帰国を迫り、あまつさえ薬を盛った。
二度とこのような事されては、国家存亡の危機。
国を賭けた恋なぞ、恋愛小説に没頭しているような、このお花畑な頭の中だけにしていただきたい!
未練をお持ちでないと、私と国王陛下に示してください」
ここで、バカ(=王子)に変化が見られた。
顔つきが変わり、口調に激しく切迫感が加わる。
「それは、それは、とにかく思い切ったんです!
もう、好きでいてはいけない人なんですッ!
絶対に、忘れなきゃいけないんだ!
僕はもう、エリザベスを、リーザと呼んではいけない!
好きだと思ってもいけない!
そう、そう、母上の言うことは聞いてはいけないんです!
もう、エリザベスを愛しては絶対にいけない!
求めても絶対いけない!
探しても、大好きでも、絶対にいけない!
義妹として、適切な距離を保ち、礼儀正しく接することだけが、許されてるんですーーッ!!!
鈴が鳴る!鈴が!うるさい!鈴が鳴る!もう鳴らすな!
わかってる!わかってるから、止めろ!止めてくれーーーッ!!!」
それまでお辞儀を保っていたが、途中から頭を抱えて、体がぐらぐらと揺れ始める。
最後にはバタリと倒れ、肩でハアハアと息をしていた。
なるほど。この辺りが限界か。
それでもよく仕込んでくれたものだ。
国王陛下は驚きの目で見てはいたが、助けようとはされなかった。
私も壇上の国王陛下の傍に戻り、直立した上で、穏やかに呼びかける。
「アルトゥール王子殿下。立ち上がってください。
お辞儀の姿勢から。倒れることは命じてはいませんが、特別に猶予しましょう。
騎士団に則り、起立したまえッ!」
「はいッ!」
先ほどの取り乱しようが嘘のように、ぴょこんと立ち上がり、姿勢正しく起立する。
この後も尋問を続け、『鉄は熱い内に打て』の言葉通り、真っ白なおバカ(=王子)に、現実を再認識させた。
涙は流さず、歯を食いしばって耐えていた。
同情はしない。
エリザベスは、お前の穢れた暗示と闘い、あの麗しい唇から、尊い血を流したのだから。
本当に八つ裂きにしてもし足りない罪深さだ。
陛下の結論は、ご自分も参加される、無期限24時間監視付き(ただし、正妃居室滞在時間除く)の帝王“再”教育の実施と、私が監修した“精神鍛錬メニュー”を全てこなす事だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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