80.悪役令嬢の喜び
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※日常回です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで19歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「やった〜!終わり!終わり!終わり!終わりよ!
社交シーズン、終了!」
部屋着に着替えた私は、クッションを抱えて、ソファーに座りながら小さく跳ね、全く貴婦人らしくなく、社交シーズンの終わりを噛み締めていた。
皇妃陛下の調合師として、今日、産後初めての出仕をすませてきたから、当分は呼ばれないだろう。
お会いできたマルガレーテ様を抱かせていただいた。
とても愛らしかった。
皇帝陛下の溺愛から守らなければ、と心に誓った。
帝国は社交シーズンが長い。長すぎる。
12月から8月までと、1年の75%を占める。
もっと領地にいられればいいのに、と思うが、帝室としては、領主が領地に密着すぎて、それぞれが独立国のようになられても困るのだ。
最悪、帝室に取って代わろうという野望を抱く者も現れかねない。
そのため、子爵家以上のほとんどが、領地に代官を置いて、3ヶ月で業務を確認、来年の計画・指示をして、また帝都へ戻ってくる。
代官との信頼関係も重要で、我が家はお母さまの代からアーサーで、本当に良かったと感謝している。ありがとう。
代官方式以外は、世代交代で、領地と帝都を守る方法だ。
タンド公爵家はこのタイプで、お祖父様がしっかりと、従属爵位分も含めた公爵領を治めている。
皇城で勤める高位貴族に多い方法だ。
夫人も各家それぞれだ。
全く領地に戻らない方々もいるが、夫と共に往復するのが多数派だった。
領地での社交も、当主夫人の重要な仕事の一つだ。
帝都で手に入れてきた、流行や社交界などの情報を領地で披露し、周辺の各家とも交流する。
私のように頻繁に領地と帝都を行き来する者は珍しい。
帝都周辺はほとんどが帝室直轄領であり、エヴルーは偶然、帝室直轄領に隣接している伯爵領で、タンド公爵家としての飛び地だった。
タンド公爵家がこの地を拝領した経緯は、今は割愛する。
つまり、これからのオフシーズン、皇城勤めのないほとんどの貴族は、領地へ帰る。
帝都では小規模なお茶会や集まりなどはあるものの、大きなものはない。
要するに、勢力争いの場が少なくなり、ほとんどが皇城内となる。
それだけ陰に回り面倒になる場合もあるが、我が家は“錦の御旗”を得た。
第一皇女殿下だ。
ここ数日でさえ、伯父様もルイスも、職務に集中できるありがたさを噛み締めていた。
大切な家族が嬉しければ、私も嬉しい。
さらに社交シーズン終了で、堂々とエヴルーに帰れるのだ。
喜ばずしてどうしよう。
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「エリー様。お喜びはわかりますが、もう少し、落ち着かれませ。奥様でございますよ」
「はい、マーサ。
そうよね。第一皇女殿下に淑女教育するのに、こんなことしてちゃいけないわ。
でもマーサとルイスとクレーオス先生の前だけなの。
少しは大目に見てね」
クレーオス先生は、このごろは帝立図書館の特別室で医術の新刊本を読んだり、帝立医術研究所に顔を出している。
私の“健康問題”の引継ぎで、帝室の侍医の方々と面談した際、すっかり意気投合しフリーパスを手に入れていた。
何気に素晴らしい社交術をお持ちだ。
少し寂しいが、お話を聞くのもまた楽しい。
「仕方のない奥様でいらっしゃいますこと」
『全くもう』という雰囲気だが、私を適度に甘やかしてくれるマーサが好きだ。
マーサが給仕してくれたハーブティーを味わう。
お父さまのための、胃痛に効能があるハーブティーの改良版だ。
しばらく前に送ったが、今ごろ飲まれているのだろうか。
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伯父様が教えてくださったが、名付け披露宴から数日が経過した皇城では、明らかな変化が起こりつつあると言う。
誰が始めたかは不明だが、衣服のどこかに『パールグレー』の色目を取り入れるのだ。
女性はリボンを結んだりする。
男性はポケットチーフを刺したり、布章のように、小さな布地をピンで胸や腕に留める。
そして、第五皇子派や、第四皇子派の誘いがあった際は、『私は●●として、誠実なる忠義をもって、お仕えすることを、皇帝陛下に心よりお誓い申し上げています。皇帝陛下の御裁可を待ちたく存じます』と答えて逃げる、という動きだ。
●●には、役職や家名が入ると言う。
言わば、『勢力争いには参加しません』という、ふんわりとした“パールグレー派”が出来つつあるという。
この答えは、乳母兼教育係を拝命した際の、皇帝陛下への私の言葉の模倣だ。
あれが皇城内のあちこちで、繰り返されていると思うと、無性に照れくさく恥ずかしい。
また、あの“パールグレーのドレス”は、皇妃陛下から『“乳母兼教育係”の七家当主夫人へのご下賜された品』という評価で落ち着いた。
つまりは、“制服”である。
あの“お揃い”は、伯母様のアイディアだった。
四人での会議の夜、貴族的微笑を浮かべた伯母様は、何度も政争を乗り越えてきたタンド公爵家の女主人だった。
「わかりやすいのが良いと思うのよ。
目に見えるものって、はっきりするでしょう?
七人もいれば、着てるだけで目を引くわ。
インパクトは充分でしょう?」
「伯母様。今から間に合いますの?」
私の問いかけに、「ふふふ」と不敵に微笑み、答えてくれる。
「実は、我が家のお嫁さん達とエリーのために、色目のお揃いを作ろうと、布地は確保してたのよ。
『タンド公爵家とエリー閣下は同じ中立派ですわよ』という意味を込めてね
マダム・サラと、上品かつ流行を少し取り入れたデザインに決めてるから、明日にでも奥様達に同意いただければ、たぶん間に合うわ」
その色目が、あのパールグレーだった。
「ブルーグレー、ピンクグレーとくすんだ色が多いでしょう?
習慣だから仕方ないけれど、やっぱりそればかりだと気分が晴れないのよね。
マダム・サラと相談して、控えめな色に、パールがかった光沢を付けてみたの。
光沢が服喪にふさわしくないってお説教されかかったら、『王国との友好通商条約は、亡き皇太子殿下も参画されていたもの。その締結へのささやかな祝意でございます』って答えればいいかしらって」
「伯母様、素敵ですわ。
そうですわ、そのお揃いのドレス、皇妃陛下から頂戴したことにいたしませんこと?」
「それは素晴らしいわ。
名付け披露宴だけでなく、第一皇女殿下の乳母兼教育係だと、皇城内でも一目で分かるもの」
伯母様はピンときたようで、すぐに反応する。
伯父様は一拍遅れて、「ふむ、なるほど」と頷く。
ルイスはしばらく考え、「近衛役の騎士服みたいなものか?」とほぼ正解を導き出していた。
さすが私の伯父様と旦那様だ。
という訳で、同じパールグレーのドレスを着た七人がずらりと並んだ光景が、あの夜出現した。
名付け披露宴後に、「“ご下賜”ということで、何とぞよろしくお願いします」と、皇妃陛下に追認を取った伯母様の凄腕たるや。
私は“実戦”では、まだまだ、ピヨピヨな“ひよっこ”だ。
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「皇妃陛下も一ヶ月は産後の療養をされるわ。
皇妃陛下に、『出仕の際はお手紙でご用命ください』ってお願いして、了承してくださったから、エヴルーに帰れるのよ。
皆へのお土産は何にしようかしら」
「使用人一同、旦那様と奥様の、ご無事なお姿と笑顔が一番でございますよ」
「あら、エヴルーに帰れたら、自然に笑顔になれるもの。
5、6時間の馬車旅に耐えられるなら、健康体でしょう?
流行りのお菓子にしようかしら」
私が浮かれていると、「ルイス様がまもなくお帰りにございます」との先触れが聞こえる。
ささっと身嗜みを整え玄関ホールで出迎える。
「ルイス、お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」
今日のルイスは黒の騎士服だ。
今朝も見た。
けれど、何度見てもよく似合っていて、ほれぼれしてしまう。
さすが私の旦那様。
「ただいま、エリー。元気なようでよかった。今日も綺麗だよ」
ルイスはとろけそうな笑顔で、優しく抱きしめてくれる。
使用人達が見ている前で恥ずかしくあるものの、やっぱり嬉しい。
しばらくして解くと、夕食のために着替えに行く。
「ふう。今日もかっこよかった」
「奥様。今朝も同じ言葉を仰せでした」
「騎士服着てると、本当に素敵なの。
あれってルイスの魅力?それとも騎士服のせい?
相乗効果かしら?」
私も夕食のために着替えるが、控えめなものだ。
伯母様が呆れるほど、普段の私は衣装にこだわりはない。
王国の婚約者時代に使い果たしてしまった。
マダム・サラに、『着心地のよさを第一条件に』と部屋着と普段のドレスは全てお任せしている。
ただし大きな社交の場は別だ。
エヴルー領の広告塔となり認知してもらい、せっせと売り込むために、材料からデザインまでマダム・サラと考え尽くす。
そういう時はとても楽しい。我ながら不思議だ。
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伯父様はお仕事で遅くなるという。
今夜はクレーオス先生も一緒の8人の食卓だ。
「皇城内では、あなた達の周辺で、“パールグレー”は、まだ続いてるの?」
伯母様が息子達に尋ねている。
「母上。まだまだ続いてますよ」
「騎士団なんか、上から“お勧め”されてるよ。
派閥争いで話しかけられたくない者は、近衛役や皇城内巡回の際は、パールグレーの布章をつけておくといい。
服装規定違反には問わない。むしろ推奨する、ってさ。
なあ、ルイス」
「ああ。ウォルフ騎士団長の指示だ。
騎士団の食堂に、箱入りでどさっと置いてある。
おかげで、騎士団内でも時折りあった、派閥の声かけがほとんどなくなったと報告が上がってきてる」
「ピエール。油断して不意打ちを食らわないようにね。答える台詞、覚えてる?」
「さすがに覚えてますよ、母上。
『『無骨者で騎士一筋。皇帝陛下の御為に働く所存です。父も兄も常々申しております』でしょう?
これでも、朝晩、必ず繰り返してるんです。
な?」
ピエールが妻に同意を求める。
「はい、お義母様。ピエール様は真面目にお務めですわ。
実は……。お願いがあるのですが、あの、パールグレーのドレスの布地、まだ手に入りますでしょうか?
お友達に聞かれてしまって……」
従兄弟達の奥様、お義姉様がたの分は、伯母様もしっかり確保しておいたが、その他はどうなのだろう。
「マダム・サラのショップの在庫分は、まだあると思うわ。カードに一筆書いておきましょう」
「ありがとうございます!お義母様」
嫡男妻も合わせて申し出てくる。
「あの、お義母様、私もお友達からお問い合わせがありましたの。領地に帰る前に、手に入れておきたいと仰っていて……」
「あなた方。限りはあるから、相手を見極めてご紹介するのよ。
昔からのお友達も大切でしょうけど、伯爵家夫人、子爵家夫人としての選別も忘れないように」
「はい、お義母様」「かしこまりました」
『よかった』と思っていたら、私にも尋ねてきた。
「エリーは取り置きはいいの?」
「はい、今のところは」
「あなたも、あなた自身のお友達ができると心強いでしょうに…」
心配の眼差しで見られてしまった。お義姉様方も気遣いの目線だ。
うーん。こういう時、帝立学園に全く関わっていないのは大きい。
まあ、帝国に来て色々ありすぎました。
ルイスと出逢い、怒涛の推しに、婚約式、陞爵の儀、結婚式。
皇帝陛下に始まる、帝室の方々。
そして、皇太子やら、皇太子やら、皇太子やら……。
やめよう。
楽しい夕食の場にはふさわしくない。
「来シーズンの努力目標にいたしますわ。
七家の中にも、お歳が近い方もいらっしゃいますもの」
「そう、私からも紹介できるから、遠慮しないことよ」
「エリー様。私もですわ」
「もちろん、私も」
「儂もじゃよ、姫君」
「ありがとうございます。伯母様、お義姉様達、クレーオス先生」
え?ちょっと待った。どうして、私より後に帝国に来たクレーオス先生に、紹介できるお友達がいるんだろう?
侍医の方達かしら?それとも、以前の帝国滞在中からのお友達?
先生が「美味しいの〜」とか仰って話が進み、聞くタイミングを逃してしまった。
まあ、個人的には、タンド公爵家の温かさだけで、充分なんだけど、“両公爵”家としてはそうもいかない。
ルイスは騎士団を通して、それなりにいるが、“両公爵”家としてはまだまだだ。
ソフィア様やメアリー様みたいな方と、巡り会えるといいのに、と思いつつ、美味しい料理と楽しい会話を堪能する。
そして食後は、ルイスとの時間で、癒やし癒されたのだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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