79.悪役令嬢の誓い
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで18歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
出産予定日の四日前—
皇妃陛下は、母子共に無事に出産した。
皇妃陛下腹、皇帝陛下のお子としても、初めての女の子である。
皇帝陛下は大変なお喜びと伝わって来た。
皇太子の服喪中のため、お祝いの鐘も帝都中ではなく、皇城内の聖堂と、帝都の大聖堂のみ、祝砲も21発から11発に押さえられた。
しかし帝都民に知らせるには充分で、皆、静かに祝福していた。
皇城前の広場では、振る舞い酒ではなく、パンが配られ、下戸や女性・子ども達には好評だ。
もちろん、このために領地への帰還を延ばしていた、帝都邸の貴族達も、鐘の音と祝砲で知る。
皇城内も活気に満ちる。
三日間の祝事は、服喪中のため、規模を縮小するも、前例通り開催された。
誕生日当日は舞踏会、2日目は晩餐会、3日目は名付け披露宴である。
ただし3日目の花火は中止だ。
そして、第四皇子と第五皇子の勢力争いは、皇城での舞踏会という場所を得て、激しさを増していた。
舞踏会は、皇帝陛下と皇女母殿下のファーストダンスに始まり、私とルイスのセカンドダンスの後は、臣下も踊り始める。
ルイスと私は踊り終えると、皇帝陛下、皇女母殿下の元へ挨拶に行く。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
第一皇女殿下のお誕生、誠におめでとうございます。
帝国の麗しい月である皇妃陛下には、どうか充分にお休みくださいとお伝えください。
帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下。
帝国の愛らしき鈴蘭のつぼみである嫡孫皇女殿下のご成長、お喜び申し上げます」
挨拶に合わせ、ルイスは騎士礼を、私はお辞儀を行う。
「ああ、実に喜ばしい。初めての女の子だ。
紋章は蘭にしたのだ。
鈴蘭の嫡孫皇女と二人、実に可憐で美しい帝室の花となるだろう。
皇妃も順調だが、やはり負担は大きかった。
エリー閣下にも会いたがっておる。落ち着いたら、ぜひ顔を見せてほしい」
「帝国の愛らしき蘭のつぼみである姫君にお会いできること、恐悦至極に存じます。
また、皇妃陛下には充分にご療養なさいますよう、お伝えくださいませ」
「エヴルー“両公爵”閣下。お祝い、ありがとうございます。今度ぜひ、顔を見に来てくださいね」
「もったいないお声を頂戴し、恐悦至極に存じます」
「帝国の愛らしき鈴蘭のつぼみである姫君でございましょう。光栄でございます」
皇女母殿下には申し訳ないが、情勢がはっきりしないと、迂闊には親交できない。
エヴルー“両公爵”が顔を出すと、皇女母殿下のご実家の侯爵が待ち受けてそうだった。
皇女母殿下は、皇帝陛下のお声かけで、早めに退出していた。まだ産後1ヶ月半なのだ。
挨拶を後ろに譲り、私とルイスは踊りの輪に戻る。
このダンスの相手には、充分な注意が必要だ。
タンド公爵家を始めとした中立派は、それなりに対策は練っていた。
夫婦と婚約者は続けて2曲、合わせて3曲まで踊ってもいい。
私とルイスはもう一曲踊ると、計画的に近寄っていたタンド公爵夫妻、伯父様と伯母様と交代する。
後は、二組の従兄弟夫妻、というところで、さすがにひと息入れる。
すると、群がるように寄ってくるのだ。
『あなた達、第一皇女の誕生をお祝いする気、ないでしょう』と言いたい気分だった。
そして、次々とダンスに誘って来る。
ルイスと私には、伝家の宝刀があった。
「恐れ多くも、肉親である皇太子殿下の喪に服しており、妻以外は家族同然のタンド公爵家の方々以外とは控えさせていただきたい」
「私も夫と同様にございます」
だが、これで引き下がる人間ばかりではない。
特に皇妃陛下のご実家、序列第二位の公爵家は、皇太子が薨去すると、嫡孫皇女への中継ぎなのか、第五皇子派の旗頭となっている。
皇妃陛下のご実家ということは、ルイスにとっては血縁関係だ。
「ルイス閣下。でしたら、私とは伯父甥の間柄。
妻とは伯母、娘達とは従姉妹。
ぜひ親睦のダンスを踊っていただきたいものです」
「はて、親睦のダンス?
私はダンス自体、貴家の方々とは生まれて初めてなのですが?」
「………………」
これには周囲も、ざわめく。
当たり前だ。
当主が言った通りの関係なら、15歳の社交界デビュー後、ルイスも現在22歳となった。
騎士団の務めを差し引いても、少なくとも五回は踊っていないと、あまりに不義理だ。
1年に1回未満でもギリギリなのに、今回が初めてとは。
この返しに、咄嗟に言葉が出ない公爵の前で、ルイスは礼儀正しく断りを入れる。
「公爵閣下。大変申し訳ないが、歓談の約束をしている方々もいらっしゃる。
失礼させていただく」
「恐れ入ります。失礼いたします」
私は故意に、深めのお辞儀を行い、縁遠しさをアピールする。
私のルイスを放っておいて、都合のいい時だけ使うな、と思う。
もう少し穏便な方法も二人で検討したが、そうすると、『エヴルー“両公爵”は、第五皇子派だ。同腹の兄弟なのだから、当たり前だろう』などと、広められてしまう。
それに彼らは、皇太子関連の毒物・薬物の容疑がまだ晴れていない。
ここはきっぱりと、たとえ血縁でも、派閥は違うのだ、と周囲に知らせる良い機会だった。
それに、“伯父様”が誘った“従姉妹達”は、ルイスに“手のひら返し”をした急先鋒で、15歳の騎士叙任では、近寄って来てチヤホヤした。
しかし騎士団では、第三皇子として役職に就かず、ヒラの騎士と知ると、無視をしたという間柄だ。
今でも色目を使って来ている。
ぜ・っ・た・い・に、踊ってほしくなかった。
あとは中立派の方々と、グラスを片手に、ご出産された皇妃陛下、御生誕された皇女殿下、服喪中の衣装、明日の晩餐会などについて話題にする。
男性は夜会服自体が、圧倒的に黒が多く羨ましい。
女性は、黒や紺、灰色、グレーがかった色、若い女性でも控えめな淡い色が多く、飾りも宝飾も控えめだ。
私も濃い青のAラインのドレスで、スカートの膨らみは極力、上品に抑えている。
トップスにエヴルー公爵家の紋章を刺繍し、デコルテは、紋章を極細の糸で透かし編みにした、透明感のあるエヴルー産レース越しに、肌の白さが際立つ。
ネックレスは付けず、紋章を用いたピアスと指輪だ。
金髪は結い上げたのみで、宝飾は極力抑えていた。
ルイスも黒の夜会服に、カフリンクスとネクタイピン、ピアスを、エヴルー公爵家の紋章で、私と揃えていた。
二人とも、今日はガーディアン三等勲章の勲章は付けてはいない。
舞踏会の時間も短く設定されており、終わりの時間が告げられると、静々と身分の順に退出していく。
帰りの馬車は、私もルイスもしばし黙っていたが、ルイスが声を抑え笑い始める。
「クックックックッ……。あの公爵のあんな顔、初めて見たよ」
「ルー様があそこまで言うって思いもよらなかったんじゃない?でも完全に敵に回したわ」
「分析したけど、丸め込まれて“旗”にされるか、敵になるか、二者択一だろう?
だったら後者を取る。
第五皇子もあの人の言う事を鵜呑みにするバカじゃない」
「充分気をつけてね。あの方、皇太子の“スペア論”で、ルー様を臣籍降下させまいとした時もいたし、皇太子にべったりだったから……」
「了解。最愛の奥様に心配かけないよう、充分気をつけるよ。エリーも護衛を離さないように」
ルイスは私の頭頂部と額に優しく唇を落としていく。
「はい、ルー様」
私もお返しに、右頬の傷痕の上に優しく唇を捧げた。
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二日目は晩餐会—
この日の衣装は、昨日の色違い、黒のドレスで参列した。宝飾も全て同じだ。
服喪期間中は私にとっては楽であるものの、ほとんどのドレスショップや宝飾店は、売上げが落ちる。
そこはデザイナー達と腕の見せ所だ。
マダム・サラの店では、限られた色と装飾で、いかにお洒落をするか提案し、貴婦人方の支持を得ていた。
晩餐会は席が定まっており、私の隣りは皇帝陛下に、例の序列第二位の公爵閣下、ルイスの隣りは皇女母殿下と序列二位の公爵夫人だった。
私はもっぱら、皇帝陛下に皇妃陛下の状態を伺う。
公爵閣下には、適宜に相槌を打つにとどめ、美味しい料理に集中した。
ルイスは、私と同様、皇女母殿下が途中退出されるまで、主に話していた。
お子様の話題がほぼ8割で、慈しんでいらっしゃるご様子だったと聞いてほっとした。
そして3日目—
今日は名付け披露だ。
会場の大広間に入場する前の、公爵家の控え室は、不思議な緊張感に包まれていた。
表面上は、エヴルー公爵家も含めた七家が、序列に従い挨拶を交わし、私とルイスはタンド公爵夫妻を含めた中立派三家と歓談する。
その中立派当主夫人、四人のドレスがほぼ同じだった。
パールグレーのエンパイアドレスに、デコルテから裾にかけて、同色のオーガンジーを重ね、両肩から同色の繊細な模様のレースがふわりと靡かせる。
私は髪を結い上げ、両耳と左四指には大粒の真珠が光っていた。
他の当主夫人たちも、宝飾は違えど、イヤリングと指輪のみだ。
まるで前もって打合せたような衣装だった。
そこに、第五皇子派の侯爵家当主が現れ、私達の衣装に目を見張る。
そして、皇妃ご実家の公爵に何やら耳打ちする。
その間も私達に不審な目を向けていた。
それもそのはず—
侯爵家の控え室でも、中立派三家の当主夫人が同様の衣装だったのだ。
これは、大広間への入場の時でも目立った。
当たり前だ。
貴族夫人は他者とどう違うかを競い合い、流行を取り入れつつも、個性を美しく主張し合う。
侯爵家の三人だけでも異例なのに、公爵家では七家の内、四家、最後の序列第一位の、エヴルー“両公爵”家の当主の一人、私エリザベスまで、ほぼ同じパールグレーの衣装だった。
私達は何事もなかったかのように、夫のエスコートを受けて優雅に入場する。
公爵家・侯爵家の定位置で、堂々と振舞い、皇帝陛下と皇女母殿下の入場を待った。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下、
帝国の芳しい薔薇である皇女母殿下、ご入場です!」
儀礼官が告げ、皇帝陛下と皇女母殿下の入場だ。
威厳溢れる皇帝陛下が、淑やかな皇女母殿下をエスコートして歩く。
産後1ヶ月の皇女母殿下は、皇帝陛下の優しいエスコートを受け、壇上に上がる。
皇妃陛下以外にここまで気遣うのは珍しい。
前々から皇妃陛下に言い含められていたのだろう。
皇女母殿下と共に立った皇帝陛下の元に、乳母に抱えられた、第一皇女殿下が現れる。
繊細な白レースのベビードレスに包まり、起きて少し手を動かしている仕草が愛らしい。
「おう。起きたか。父の元へ来るが良い」
儀式では、まずは儀礼官の交付のはずが、皇帝陛下が乳母から第一皇女殿下を抱き受け、呼びかけている。
ここで通常の名付け披露と流れが違うと、多くの貴族が気づく。
「皇女母殿下、娘に祝福を頼む」
隣りに立っていた皇女母殿下は優しく微笑み、小さくお辞儀をすると、第一皇女殿下に話しかける。
「帝国の愛らしき蘭のつぼみである第一皇女殿下。
どうか神の恩寵と共にありますように」
「薔薇のような淑女であるそなたに祝福され、第一皇女も美しく育つであろう。
我が愛娘は、いずれ帝国のために他国へ嫁ぐか、臣籍降下し他家へ嫁ぐ身だ。
愛娘の将来を熟慮し、儂と皇妃は、淑女教育のための乳母達を選び、ここに任命する。
エヴルー公爵、エリザベス閣下。これに」
王家や高位貴族では、乳を与える乳母以外に、後見役の妻が、教育係を兼ねた乳母として就く慣習がある。この場合、実際に母乳が出るかは問われない。
つまり、私の乳母兼教育係就任は、ルイスが第一皇女殿下の後見に就くことを意味した。
「はい、皇帝陛下」
私は短く答え、壇の前に進み出て、深いお辞儀の姿勢を取る。
「タンド公爵夫人、これに」
「はい、皇帝陛下」
伯母様も壇の前に歩み、私の隣りでお辞儀の姿勢を取る。
伯母様に続き、中立派の公爵家・侯爵家の当主夫人七名が次々と呼ばれ、前に進み出て、お辞儀の姿勢を取る。
私や伯母様はかなり長い時間が経過していたが、優雅な姿勢を保ち、ぴくりとも揺らがなかった。
そして、壇の前には、パールグレーのドレスが並ぶ。
この意味に、臣下達は初めて気づく。
また、エヴルー“両公爵”家を除く六家共に、過去に帝室から降嫁した実績があった。
「楽にせよ。そなたらに、この第一皇女の淑女教育を委ねる。よろしく頼むぞ」
全員が姿勢を正すと、私が代表し皇帝陛下に答える。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
ここに控えまする六名を代表し、第一皇女殿下の淑女教育を真摯に行うことを、心よりお誓い申し上げます。
帝国の愛らしき蘭のつぼみである第一皇女殿下。
我ら七名、乳母として、教育係として、誠実なる忠義をもってお仕えすることを、心よりお誓い申し上げます」
『心よりお誓い申し上げます』
伯母様を始めとした六家当主夫人方が復唱してくださる。
「ふむ。大義であった。下がるが良い」
私や伯母様、当主夫人達は、静々と夫たちの元に戻る。
周囲の貴族達の見る目は、興味や好奇の目から、恐れや尊敬に近いものへ変わっていた。
そんな中、第五皇子派の旗頭、序列第二位の公爵閣下は、不機嫌も露わに、歯噛みしているようだ。
私達七家は、第一皇女殿下の教育を委ねられた家として帝室から遇され、認知される。
分かりやすく言うと、『帝室の子女の中では、第一優先が第一皇女殿下である』家となり、派閥争いから距離を置ける。
置かなければならない。
また第一皇女殿下は、外国に嫁ぐ可能性が非常に高い。 帝国内の勢力争いとは、ほぼ無縁だ。
つまり中立に限りなく近い。
私の皇妃陛下への提案は、この立ち位置と、たとえ両陛下が天に召されたとしても、第一皇女殿下が嫁ぐまでの教育と、生涯の後見を、七家で約束した契約交渉だった。
七家もいれば、全家共倒れは考えにくい。どこかが生き残り、第一皇女殿下ご自身が天に召されるまで支援する、とのお約束だった。
皇帝陛下には伯父様が話してくださり、一昨日、お誕生日の夜、了承の旨が伯父様に伝えられた。
ここで通常の流れに戻る。
儀礼官が、皇帝陛下と皇妃陛下の間に、3日前に第一皇女殿下がお誕生された祝事を、朗々とした声で告げ、そのお名前と紋章を皇帝陛下が披露すると前置きする。
「儂と皇妃の間に生まれた、この第一皇女を、マルガレーテと名付ける。
“真珠”という意味だ。
王国との友好通商条約が締結した年に生まれた、ふさわしい名として、また貝の中に育まれるように、さまざまなことを学び、美しく賢く育つよう、儂と皇妃が選んだ。
紋章は蘭だ。
これよりはマルガレーテと呼ぶように」
儀礼官がここで大音声で発する。
「マルガレーテ皇女殿下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!」
『マルガレーテ皇女殿下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!』
常とは違う段取りに戸惑っていた臣下達も、この儀礼官の呼びかけには、大声で復唱する。
花火は上がらないが、大音響は肌を震わせ、大広間の壁に反響し、天井から降ってくる。
マルガレーテと命名された第一皇女は、この大音響にも動じず、皇帝陛下の腕の中で健やかな声を上げ、手指を握る。
皇帝陛下はしばらく壇上であやした後、乳母に促されるまま抱き渡し、第一皇女は皇妃陛下の元へ帰っていった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
※帝室の女性は、皇妃以外で“殿下”の称号を得る際、紋章を定め、敬称などに用います。皇女母殿下が薔薇、嫡孫皇女殿下が鈴蘭、今回生まれた第一皇女は蘭です。書きもれていたので訂正しています。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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