78.悪役令嬢の謀(はかりごと)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、これで17歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
私とマーサとクレーオス先生。
このところ、この組み合わせでいることが多い。
今は帝都に向かう馬車の中だ。
唇の怪我は綺麗に治り、背中の打ち身の痛みも取れた。
クレーオス先生の医療と、エヴルーが癒してくれたお陰だ。
夏の青空を渡る風も心地良い。
手元の新聞が少しはためく。
『皇妃陛下のご出産はもうすぐか』と一面で大々的に扱い、関連記事で、王国のソフィア薔薇妃懐妊発表にも触れていた。
これも友好通商条約で、二国間がより親密になった影響だろう。
そして、『次の帝位はいったい誰の手に?』という記事も載っていた。
「薔薇妃殿下のご懐妊も、こうして発表されましたし、王国もまずはひと息つけますわ」
「ここまで月が満ちてくれば、お子さまが無事に産まれる確率も高くなる故のお。
姫様も一安心じゃろう?」
「えぇ、そうですわね。ソフィア様が先んじてお母様になられるなんて。不思議な感じがします」
クレーオス先生と思わず顔を見合わせ、にっこり微笑みあう。
お父さまから、私とクレーオス先生の報告書に対しての返信が一昨日、“影”による早馬で届いた。
第一は、私をとても案じてくださっていた。
第二は、皇女母殿下へのお見舞いとご心配だ。
第三は、公にしなかった皇帝陛下のご裁断に、感謝されていた。
大元が帝国の皇太子ではあるものの、バカ(=王子)が相手にしなければよかっただけで、自業自得だと、一刀両断していた。
当然のことながら、私とクレーオス先生からの報告書の内容、つまり“重要案件”の経緯と、“矯正処分”の詳細内容は、国王陛下へ速やかに奏上された。
報告書に目を通された国王陛下のご様子は、こう記されていた。
『「帝国との外交に、あれほどやる気を見せていたのは、これ故か」と、国王陛下は深く失望されていた。
一方、「友好通商条約が破綻する可能性があった。また、我が国にそのまま送還されれば、死罪は確定で、薔薇妃殿下のお子様の王位継承権も消滅する。
それを回避するため、産まれるまで幽閉などせねばならず、不自然極まりない。
エリーの“お墨付き”を用いた判断と、クレーオス殿の処置に感謝する」とのお言葉があった』
何はともあれ、一安心だ。
『帰国した、“新生”アルトゥール様の対応は、自分と国王陛下に任せなさい。
エリーはクレーオス先生による心身の治療を受け、エヴルー“両公爵”としての勤めを果たすように。
そして、父としては、愛する娘の健康と安寧を心より祈っているよ』と結ばれていた。
ルイスにも報告しないと、と思いながら、『“滅私奉公”癖、抑制チーム』により、“適切な量”に調整された、エヴルー関連の書類に目を通した。
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「おかえりなさい、ルー様」
タンド公爵邸に到着し、しばらく休養した後、ちょうどルイスが帰邸してきた。
久しぶりのルイスだ。
出迎えると抱きしめてくれ、照れくさいがとても嬉しい。
「ただいま、エリー。会いたかったよ。
エリーは俺のエヴルーそのものだ。
本当に癒される」
『領地にたとえられるのって、女性としてはどうなんだろう?』と思うが、私もエヴルーが大好きなのでヨシとする。
夕食の席では、伯父様も帰邸され、従兄弟夫婦達もいて明るい雰囲気だ。
エヴルーから持ち帰った食材も好評で、私とルイスもやはり嬉しい。
食後は、伯父様の執務室で、伯母様、ルイス、私の四人で、緊急会議だ。
議題は、後継者を巡る勢力争いの対策である。
序列第一位のエヴルー“両公爵”家で、臣籍降下した元第三皇子のルイスと、友好通商条約を結んだ王国の第一王女の私。
そして、序列第四位のタンド公爵家当主であり、皇帝陛下の側近で重臣の伯父様と、その夫人である伯母様。
いずれも逃れようがない。
無関係でいようと、領地に引きこもっていても、今度は不在を利用して、いいように噂が流されるのだ。
中立派を貫くにしろ、自家を守るために多大な努力を払っている、伯父様と伯母様に頼ってばかりもいられない。
私とルイスは、エヴルー“両公爵”家の当主なのだ。
火の粉は自分達で払うしかない。
皇太子が薨去して、約1ヶ月—
服喪中のため、後継者争いは表立っては行われてはいないが、水面下で激しさを増している、と、伯父様とルイスも口を合わせる。
「何しろ、儂の息子達にまで声をかけてくる。
ピエールなぞは、こうしたことに慣れておらぬ故、つけ込まれやすい。
『無骨者で騎士一筋。皇帝陛下の御為に働く所存です。父も常々申しております』とだけ繰り返すよう、厳命している」
「まあ、ピエール様にまでですか。伯父様への糸口、ということですのね」
“あの”見るからに、政治には疎いピエールに声をかけるとは。
いや、逆に疎いからこそ、声をかけて、タンド公爵家としての言質を取ろうとしているのだろう。
「私にもうるさいほど、声をかけてくるのよ?
おちおち、買い物にも出かけられないの。
『そういったお話は』と避けると、『お高くされているのね。下の者には冷たいお方』などと言われかねないのよ。
無下にもできないでしょう?
適当に話させるだけ話させて、最後は『我が家は中立派ですので』で締めてるのだけれど、『タンド公爵夫人と話した』ことまで、派閥の張り合いの“種”にするのだもの。
あなた、第一皇子殿下と、第二皇子殿下の派閥争い、思い出しますわ。
いえ、あのころより酷いかもしれないわ」
伯母様の話を受けて、ルイスが分析する。
「血筋でも地盤でも有利な第五皇子が、2歳歳下というのが大きいのだろう。
皇太子の時は、年齢でも2歳上で、優勢はほぼ確定していた。
現在は、第五皇子支持派以外を、第四皇子の元に結集すれば、ひょっとしたら、ひっくり返せるかもしれないと、躍起になっている。
第四皇子には、国内にほぼ後ろ盾がない。
ということは、逆に帝位に就ければ、大きな影響力を持てる可能性が大きいと机上の空論を展開し、人集めに必死だ。
それを見て、第五皇子派もうかうかしていられない、と中立派を取り込もうと必死になっている、という図式だな。タンド公爵」
「仰る通りです。ルイス様。
久々に貴族年鑑と、情報網による相関図が役立ち始めました。
皇太子殿下は、置き土産も実に面倒だ」
伯父様は皇帝陛下の側近であり、重臣の一角を成す。
派閥の陣地取りには格好の的なのだろう。
前回よりも激化している争いに、心からうんざりしているようだ。
「ルイスにも来てるのでしょう」
「俺はまだマシだ。ほぼ騎士団本部にしかいないからな。その代わり、近衛役や警備役に出た時がひどい。
あまりにしつこいと、『職務の遂行を妨害する気か』と脅している」
「やはり……。
伯父様。ルイスから説明があった案は、いかが思われます?」
「面白いとは思った。確かに手は出せなくなる。
ただ、産まれて来るお子様次第だろう。
下手をすれば、新しい派閥を形成してしまう」
「ですので、手を打てた時の評価をお聞きしているのです。
準備しておかねば、格好の機会を失います。
皇帝陛下はなんと?」
伯父様は苦笑し、ふっと遠い目をされた。
「面白がっておられた。
儂も安心、そなたらも安心、という訳か、とな」
「でしたら、あとは皇妃陛下のお気持ち次第ですわね。
伯母様。皇妃陛下とご実家の公爵家のご関係はいかがですの?」
「エリーが“新・鉄壁の布陣”を敷くきっかけを作って、ずっと気遣ってきた通り、あのご年齢でしょう?
ご出産はただでさえ命懸けなのに、第五皇子の件で日参してくる方々に、嫌気がさしていらっしゃるようよ。
今はご出産で精いっぱいなのに困ったこと。
こういう時の印象は、とても強く残るものなのにねえ」
伯母様は皇妃陛下のことを、心よりご心配されていらっしゃるようだった。
「さようでございますわよね。
命をかけるご出産前に、その所業では、血が繋がっているだけに、情けなくもなりますわ。
伯父様。皇妃陛下のお考えは変わりなく?」
「もちろん、第五皇子も我が子として慈しんでいらっしゃる。
だが、第四皇子の教育にも、側室様からお願いされて、かなり関わってらっしゃる。
お情けも移っているし、才能も認めている。
情勢を見ても、数年後には、第五皇子が立太子され、第四皇子が補佐されるのは明らかだ。
何を血迷っている、と、両陣営を冷めた目でご覧ではないか。
それよりも二人の皇子への影響をご心配なさり、侍従などへ注意し気遣っている、と推察されるな」
「ルイスは皇妃陛下のお心をどう思う?」
ルイスの青い瞳は澄んでいた。何か確信があるようだ。
「エリー。“里帰り”の件、覚えているか?」
以前、皇妃陛下は、私達の結婚式のパリュールの費用について、個人負担を申し出られた。
その際、私達の代替案を受け入れてくださった。
それは『エヴルー公爵領をハーブの一大産地にするための初期投資をしていただき、『皇妃陛下ご愛用』というお許しを賜りたい』という内容だった。
ただし、『3年後、エヴルー公爵家の領地運営が軌道に乗り、あなた達が円満だったら、その時こそ、エリー殿下にパリュールを贈らせてね。エヴルー公爵家の隆盛を願っての贈り物よ』とも言われたのだ。
その時、ルイスが、『出産後、心身の体調が落ち着かれたころ、皇妃陛下とお子様の、“エヴルーへの里帰り”』を提案し、喜んで了承されている。
もちろん秘密裡で、皇帝陛下は抜きである。
「えぇ、覚えているわ。
皇妃陛下もとてもお楽しみにされていたでしょう」
「だったら、その延長線上に考えていただければいいと思う。
どのみち、第六子だ。
どんなに才能があっても、年齢差を覆すのは難しい。臣籍降下は間違いない。
というよりも、身の安全のためだ。
皇妃陛下が本来頼るべきご実家は、あのあり様だ。
お腹の子の先行きを、不安に思われてるんじゃないか?」
こういうところは、本当に“参謀殿”だと思う。
伯父様と伯母様に“里帰り”を改めて説明し、賛意を得る。
「明日の出仕でお話ししてみましょう」
「よろしく頼む」
「伯父様と伯母様も、根回しを引き続きお願いします」
「わかった」
「うふふ、任せておいて。
それでね。いっそのこと……」
四人の打ち合せは、深夜まで及んだのだった。
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翌日—
私はいつもと全くイメージを変えて、皇妃陛下の元へ出仕した。
普段はきっちり結い上げていた金髪を、ハーフアップで背中になびかせる。
ドレスのデザインも、よく着るAラインではなく、ブルーグレーに黒の細いリボンを胸元から垂らした、しっとりしたエンパイアだった。
皇妃陛下は大きなお腹を抱えるようにして、迎えてくださった。
「体調が回復して安心したわ、エリー閣下。
あなたにはずいぶんと、負担をかけてしまったようだもの」
皇女母殿下への襲撃はもちろんのこと、“かなりの”ことをご存知のようだった。
だが、今日はそこの“探り”は入れない。
いつ始まってもおかしくない出産前に、まとめておきたい話だった。
いつものように、記録書と聞き取りで体調とお悩みを確認し侍医達と侍女長で会議をし、ハーブティーの調合を認めてもらう。
“新・鉄壁の布陣”の最終調整もした。
ハーブティーは、試飲で気に入っていただけて、第一段階は果たせた。
今日の本題はこれからだ。
侍女長に人払いしてもらい、皇妃陛下に私達からの提案をお話しする。
さすがに驚いたご様子で、即答は得られなかった。
これは予想通りだ。
あとは、皇帝陛下と皇妃陛下の判断に委ねられた。
最後の段取りまで辿り着き、私は内心、ほっとし、そのまま、お部屋を退出する。
だが、私の出仕は、皇妃陛下の侍女を通し、両派閥に把握されただろう。
そこで、お行儀は悪いが、調合室でマーサが持って来ていたピンクグレーのAラインのドレスに着替え、髪も緩く結い上げてもらう。
おかげで、第五皇子派、第四皇子派の方々と遭遇しない内に、皇城を無事に出られ、タンド公爵家に帰還する。
「吉と出るか、現状対策を地道に続けるか。
お父さま。あとは、運を天に任せるしかないわよね」
私は見上げた青空の下、王国のどこかで政務に励んでらっしゃるお父さまを想い呼びかけた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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