77.悪役令嬢のカード
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ほぼ日常回です(^^;;
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは16歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「いいところですなあ」
「そうでしょう。気に入っていただけて嬉しいです」
「いやあ、食べ物が美味しい。景色がよい。趣深い建物もある。
こんな楽しくのんびりできる場所もあって、神に召された天とはいかばかりか、と思いますぞ」
私とクレーオス先生は、のんびり、ハーバル・ハンドバスに、両手を浸からせている。
場所は天使の聖女修道院の農地エリアの外郭に作られた、広いガゼボのような建物だ。
ここから眺める田園地帯と、修道院の建物だけでも、晴れ晴れとした気持ちになる。
ここでは、ハーバル・ハンドバスが楽しめる。
料金を払うと、設置された洗面ボウルに、選んだハーブエキスに適温のお湯を足して、両手を浸けられる。
さらに希望者には追加料金で、ハーブの香り付きハンドクリームを用いた、ハンドマッサージもできる。
発案者は私だ。
皇女母殿下へのケアの提案後に、「こんなの、やったら好評だった」とアーサーに送っておいた。
すると、部下にチームを作らせ、テストケースで、農地エリアの外郭に作ったのだ。
さすがアーサー。
発案を部下に形にさせ、テストさせる。
私とクレーオス先生以外にも、天使の聖女修道院へ観光に来た方々が、何組か試されていた。
みなさん、ほんわかしてらっしゃる。
良い風景だ。
「あの工房回りも楽しかったですぞ。
焼き菓子作りがああも奥深いとは。出来上がりが楽しみですじゃ」
農地エリアの工房は、実作業をエヴルーの旧邸周辺に建てた作業所に移し、体験ゾーンのようになっていた。
希望するシスターは残られて、パンや焼き菓子作り、チーズやバター作り、ハーブ染め、ハーブティーやハーブスパイスの調合など優しく教えてくださっている。
ハーブ畑は逆に、厳しく立入禁止にしていた。
安易に口にすれば、危険なものもある。
それにここのハーブは、長年の土壌改良により、特別なものとなっていた。
作業所で作っているハーブ製品は、農家で作り始めた内、条件を達成したものを使用している。
またお酒は一切出してはいないのだが、持ち込んで酔っ払ったりする不届者達は、エヴルーの自警団でさっさと退去いただいていた。
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今日の私はクレーオス先生の案内で、旧邸と天使の聖女修道院を訪問した。
マーサも当然のように付いてきたがったが、新邸の使用人の教育と交流のためにも置いてきた。
護衛はしっかり付いてきてくれている。
出発前、アーサーに「エリー様。本日のご予定は?」と尋ねられた。
答えたところ、「この2か所以外、お立ち寄りの場所はございませんね?」と念押しされる。
圧がすごい。圧が。
「え〜っと。途中に幹線道路と緊急道路、“馬車溜まり”があるので、様子をちょこっと見たいかなあって」
「エリー様の“ちょこっと”は、高確率で“ちょこっと”になりません。
ご無理のない範囲で、別日のスケジュールに組みなおしましょう」
アーサーもしっかり、『“滅私奉公”癖、抑制チーム』の幹部になっていた。くっすん。
まあ、仕方ない。療養中なのだ。療養中。
自重しようね、私。
クレーオス先生は、別邸でのハーブの利用法の研究を面白そうに見学され、何点か有意義な指摘もくださった。
ここには、修道院での研究や作業から興味を持ったシスターが通われたり、元々私の下で協力してくれた人達が、主に働いていた。
その後、天使の聖女修道院へ参拝にお連れしたのだが、驚いたことに、院長様とクレーオス先生は面識がおありだった。
私が院長様とクレーオス先生を引き合わせた時、院長様の静かな面持ちの中に、わずかな緊張があった。
「お久しぶりでございます。再びまかり越すことになろうとは。ご縁でございますな」
「神がお引き合わせたもうたので御座いましょう」
院長室で、ハーブティーをいただいている間も、上るのは私の話題で、クレーオス先生がしばらくかかりつけ医になってくださると聞いて、院長様はほっとしていたようだった。
「アンジェラ様のお手紙で、やはりかかりつけ医だったと伺ってはおりました」
「さようでしたか。院長様は儂の若気の至りをよくご存知なので、本当に恐れ多い。
襟を正して、エリー様の治療をいたします」
ここで院長様がはっとされる。
「クレーオス先生!まさか、エリー様に、“天使効果”が出ていらしたのですか?」
「いえ、それはございません。ご安心ください。
ちょっと訳ありで、続け様に負傷されましての。
お目付け役を兼ねて、かかりつけ医になっております」
院長様は明らかにほっとした表情を浮かべられていた。
私はお母さまの墓参に、クレーオス先生とご一緒するか迷った挙句、一人で行く旨を告げる。
ここにお母さまのお墓があることを教えるには、お父さまの許可がいると思ったためと、クレーオス先生と院長様をお二人にしてあげたい雰囲気があった。
墓地はいつもと変わらず、清浄だった。
お母さまの墓碑の前に座る。
「お母さま。エリーがまいりました。
大きなことがいくつかありましたわ。周りの皆の力を借りて、なんとか乗り越えられました。
お母さまを診てくださった、クレーオス先生がいらしてるのよ。お父さまのお許しを得たら、お連れしますね。
それまで、安らかにお眠りください」
私は手を合わせ祈った後、聖堂で灯火を捧げ、聖壇前で祈る。
院長室に戻った際、院長様がクレーオス先生にお参りを勧められた。
「久しぶりでございましょう?」
「そうですな、ぜひ参ってきましょう。
姫君。少しお待ちくだされ」
院長様が私とタイミングをずらした、という事は、私が知るべき事ではないのだろう。
クレーオス先生も、『いつか話せる時がくれば』というニュアンスだった。
であれば、待つだけだ。
私はこの時間を使って、この辺りの領民が、皇太子の薨去と、皇女の誕生について、どう感じているのか、院長様に聞いてみた。
「私が噂で聞いた範囲になりますが、まとめると『もめなきゃいいが』でしょうか?
お血筋は今回ご誕生されたカトリーヌ皇女殿下。ただ何分にもご幼少。
皇太女にお立ちになるまで、10年以上ございます。
もちろん、皇帝陛下は、この度、皇妃陛下との間にお子が生まれるほど御壮健でいらっしゃいますが、次の皇太子を中継ぎとして早めに定めるのではないか。
そうなると、第四皇子、第五皇子、どちらだろう。
第四皇子は外国から嫁がれた側室様のお腹で14歳、第五皇子は、皇妃陛下のお子で12歳。
そう年齢差は無いし、どっちが飛び抜けて優秀とも聞かない。
きちんと決めるなら、誰でもいい。皇帝陛下が早めに決めてほしい。
こういったところですね。
誰が次の帝位に就くか、能天気に賭けをしている者もおりますよ」
「賭けですか……。
傍目から見れば、面白い種ですものね。
自分達の生活にも直結してくる問題なのですが……。
皇太子殿下の薨去について、皇帝陛下を責める声はありますか?」
「いえ、ほとんどが同情してます。
あの流行病に罹った者は多うございます。悪性ならとても苦しく、生まれたばかりの小さな赤ん坊も残されて、さぞやご無念だったろうと。
服喪期間の半年も、好意的に受け止められています。庶民としては、楽しみごとが制限されるのが嫌なのです。
お尋ねの皇帝陛下も、せっかく育てた後継者を亡くされ、お母上の皇妃陛下も葬儀に出られないほどの嘆きぶり。
ただ、政情不安定を避けて、次を早く決めてほしいのも本音。
民は逞しく、正直にございます」
「そうですか……」
「エリー様とルイス様が、巻き込まれないよう願っております」
「私とルイスは、帝室全体、皇帝陛下を支持するタンド公爵、伯父様と同様、中立派です。
ただご忠告に従い、身の振り方には充分気をつけます」
「大変でございますね。
エヴルーにいたらいたで、不在の帝都でどういう噂を流されるやも知れず、帝都にいれば、誘いの声があちこちから来るでしょう」
院長様は私達を取り巻く情勢をしっかりとお考えだった。
「本当にそうなのです。
ずっとエヴルーにいて、のんびり過ごしたいのですが、その間、好きに吹聴され、また派閥作りに、好き勝手に利用されかねないのです。
“両公爵”、序列第一位と言っても、まだ若うございますでしょう。
舐められてはたまりません」
「お二人を煩わせるお話は、帝国の安寧にも関わること。
早く決まることをお祈りしています」
ちょうど戻っていらしたクレーオス先生と共に、院長様のお見送りを受け、修道院を辞去した。
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クレーオス先生は、帰りの車中もご機嫌で、帰ってからの焼き菓子を楽しみに待っていた。
「姫様。明日が落ち着いて、一番食べごろじゃと教えてくれてたが、焼き立ての香りもまた良いものじゃのう」
焼き菓子の香りにうっとりしている姿は、王国一の名医には見えないし、院長様とかなり深いお話をされたようにも思えなかった。
時が来れば教えていただけることだろう。
改めてそう思い、今日過ごした体験の意見を、楽しく聞き取った。
数日後に合流したルイスも、エヴルーでは思いっきり羽根を伸ばしている。
部下や警備隊の人間を鍛えていると思えば、アーサーと討議している。
そういえば、家訓をどうしようか、という話も途中で止まっている。
この前の『信賞必罰』もそうだが、ある程度まとめた上で、伯父様とお父さまに相談し、決めればいいかしら、と思っていると、ルイスの執務室で、お茶をしている時に持ちかけられた。
人払いし、ソファーセットに座って話し始める。
「そろそろ、エヴルー公爵家の方針を決めておきたいんだ」
「あ、家訓のこと?なるべく簡潔なのがいいわよね」
「あ〜。それもそうだが、今日は後継者争いの件だ」
楽しかった気持ちが、焼き立てスフレのように、しゅわしゅわしぼんでいく。
「…………ルー様。完全中立でよろしいかと。
皇帝陛下のご決定を尊重・支持いたします。
で、よろしいのでは?」
“両公爵”として、既定路線を口にした私に、ルイスが青い瞳を向けてきた。
「エリー。それが厄介なことになりかけてるんだ」
「え?厄介なこと?」
私は思い当たる節もなく、小首を傾げる。
「エリーが皇女母殿下を襲撃から守っただろう?」
「えぇ。やむをえず」
「それが忠臣話に仕立てられて、『エヴルー“両公爵”は、幼い姫が次の帝位に就くまで護る決意なのではないか』というお涙頂戴話が出回ってきてる」
え?どこが、どうして、どうなるわけ?それ?
自然発生じゃあないだろう。
こんな無理矢理話は。実に人為的だ。
「…………皇女母殿下のご実家あたりからですか?」
皇太子の死去で、皇妃陛下のご実家一派は第五皇子支持に回りつつある。
十数年後の嫡孫の皇女よりも、数年後に手に入る確実な実りに手を伸ばそうとしているわけだ。
「だと思うが、まだ掴めてはいない。
俺は聞かれれば、『エヴルー公爵家は中立だ。そういった噂は、当家にもカトリーヌ皇女殿下にも不遜ではないか。皇女殿下には、すでにしっかりとした後ろ盾はいらっしゃる』と答えてた。
皇太子支持派に、『最近までちやほやしてた癖に皇女を見捨てるなよ』という釘の意味もある」
「お疲れ様です、ルー様」
私はルイスの頭をそっと撫でる。
いや、本当に。私がエヴルー生活を満喫している間に、ルイスに負担をかけてしまっていた。
それも私が原因の噂でだ。
ルイスは私の手を取ると、自分の右頬に手を当てる。私の手の熱がルイスの右頬へ移っていく。
指先で傷跡をそっと撫でる。
「タンド公爵にも、はっきりと中立派だと立場を鮮明にした方がいいと言われた」
「でもどうやって?中立派アピールは、今までもやってるでしょう?」
「それを今、相談しようとしてたんだ。
前置きが長くてすまない」
手をするっと抜くと、ルイスに謝罪を込めて会釈する。
「…………そうだったのね。
ルー様。私こそだわ。
お父さまは、『足をすくわれる者に巻き込まれるな』、『自分達の足元も気をつけるように』との仰せだったわ。
私が足元を危うくしてごめんなさい」
「これはエリーのせいじゃない。噂の出元にはしっかりねじ込む」
「私はしばらく皇女母殿下の元には出仕しないわ。
殿下も謹慎中ですし、ちょうどいいでしょう。
お手紙くらいの距離感でを保って、それも情勢次第にしておくわ。
あとは……」
私は名前を書いたカードを並べ始める。
「次の立太子の候補としては、第五皇子が一つ飛び抜けてるでしょうね」
一枚をすっと上にすべらせる。
「あとはどんぐりの背比べ。帝位に就く可能性としてはね。
ただ、帝国として、帝室として、選ぶと国が乱れる可能性が高いのは?」
「第四皇子だな。国内の後ろ盾がほぼない。国外もあの大公国では安定感に問題がある」
「そうよね……」
第四皇子の一枚を下へすっとすべらせる。
「嫡孫皇女と、今回出生される御子。
どちらも、帝位に就くまでの不安定要素が多い。
敢えて言うなら、第五皇子を中継ぎにして、即位可能な嫡孫皇女、カトリーヌ様かしら」
「第五皇子に、十数年、子どもができなければね」
「この場合、どちらを嫡流とするか、現在の皇帝陛下の選択次第でしょう。
その皇帝陛下の判断に影響を与えるのは、皇妃陛下ご実家の序列第二位の公爵家よりも、皇妃陛下ご自身でしょう。
どちらにしろ、第五皇子が立太子されても、その次の帝位を巡って不安定な状態は続くわけね。
だったら、いっそのこと?」
私の説明に耳を傾けていたルイスは、青い眼差しで先を促す。
「条件付きで、伯父様のご了承が必要だけど」
あるカードを指さすと、ルイスは目を瞬かせた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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