76.悪役令嬢の療養生活
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ほぼ日常回です(^^;;
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは15歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「本日を入れて三日、というとこじゃの」
クレーオス先生は、私を診察して仰る。
「エヴルーの新公爵領 地 邸は、最低でも馬車で5、6時間じゃろう?
乗ってるだけでも、揺られて姿勢を制御するのに、体力を使うもんじゃ。
全く動くなとは言わんから、ここで大人しくしとりんしゃい」
タンド公爵邸での、療養生活を命令された私は、合間を見て、社交のお返事をしたり、好きなハーブティーの調合をしていた。
今はマーサの特別お手入れコースに身を委ねる。
「こんな生活でいいのかしら?」
「貴族の奥様では一般的でございます。奥様が働きすぎです。
先ほどのハーブの調合も皇妃陛下のためでございましょう?」
「産まれたら、どのみち呼ばれそうだから、先にいくつか、考えておいた方が楽かなあって……。つい」
「つい、ではございませんよ。
本当に、『滅私奉公“癖”』がついてらっしゃるのですね。
せめて旦那様のためのハーブティーを調合されてはいかがですか?」
メアリー百合妃殿下が言い置かれていった、『“滅私奉公”癖』はすっかり周知され、抑制チームも結成されている。
ルイスがリーダー、マーサが副リーダー、顧問がクレーオス先生だ。
「ルー様はお気に入りがあるもの。それでも改良はしているのよ。ルー様専用スペシャル版よ。
茶葉も渡して、職場でも飲んでるって仰ってるわ」
「さようでございますか」
あ、流された。さすが、マーサ。
“ごちそうさまです”空気が流れる。
そうだ。マーサスペシャルも作ろうかな。
日ごろの感謝を込めて。
「それに、明日は伯母様とマダム・サラのお店に行くの。ほら、皇妃陛下にお子様が産まれたら三日間は皇城でしょう?
男性はいいわよね。着ていくものがほぼ決まってるんだもの」
「それでも結構、気は遣ってるんだぞ」
コンコココンというノック音と共に、顔を覗かせたルイスが応える。
「ちょ、ちょっと待って。今、羽織るから」
「俺も着替えてくるから、ちょうどいい。眼福眼福」
「もう!ルー様ったら!」
私が投げたクッションを受け止めて、優しくソファーに投げ返すまでがルーティンになりつつあるが、なってほしくはない。
夫婦間でも慎ましさは、絶対に必要だと思う。
ごきげんルイスは自室へ行ったらしい。
私はお手入れを終わらせ、部屋着をきっちり着る。
まもなくやってきたルイスの話題は、全く甘くない、皇女母殿下とその周辺についてだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
マーサが用意してくれた、ハーブティーとチーズケーキを味わった後、話を聞く。
チーズは疲労回復にもよく美味しかったが、話題が話題だった。
「侍女長が辞職の理由を親の病気にした。
説明したら、充分に手当てを出すから、手を尽くしてあげなさい、と気丈に振舞われていたそうだ。
『自分は家族を得て、家族を失った。故に侍女長のご家族の回復を祈る』と。
退職届を出した侍女長は、明日、“北”へ向かう。
手当ては、帝都にある病院に寄附された。
皇女母殿下はこのところ聖堂に通われている。気持ちが一番落ち着くそうだ。
居室にいると、侍女長が追っ払っていた派閥絡みが顔出しに来るんだ」
「派閥絡みって、後継者レースの?」
「ああ、そうだ。数日の内に、副侍女長が侍女長に昇格する。彼女も侍女長が仕込んだしっかり者だ。殿下を守れるようになるだろう」
聖堂にいたい皇女母殿下のお気持ちがわかるような気がした。
私もお父さまから離れこの国に来た当初は、修道院の聖堂によく通っていた。
自省し、祈り、辛くても、結果的に気持ちの整理をしていた。
「…………皇女母殿下には、今回の事件はどう説明したの?」
「前半は、侍女長が王子に騙された通りだ。
後半は、その副作用で、眠気が強くなりすぎて、みんな眠ってしまったと。
出来が悪いが、仕方ない。
それもあって、侍女長が退職するのだ、ともわかってらっしゃるようだ。
主人の了承なく、主人とエヴルー“両公爵”に薬を用いた。
本来なら、首が飛ぶところだが、発端が王国の王族だ。侍女長でも断るのが難しい。
温情的な減刑措置で、生命が救われたと考えてらっしゃる。
『やはり、エリー閣下への面会は、いくら王族からのご提案とはいえ、ご本人の了承なしに、許すべきではありませんでした。私は裁かれるべきです。誠に申し訳ありません。表沙汰にはできないでしょう。エリー閣下に心よりお詫び申し上げます』と謝罪しているそうだ」
「そう……」
私は皇女母殿下の寝室から出てきた、アルトゥール様を見た時の、裏切られたような気持ちを思い出していた。
しかし皇女母殿下も騙されたのだ。
よりにもよって、ソフィア薔薇妃殿下への、あの手紙を使って説得するとは手が込んでいる。
あの手紙は、ソフィア様の不安な気持ちが、少しでも和らぐように、と夫であるアルトゥール様も、お子が生まれたら、良いお父様にきっとおなりです、といった、アルトゥール様を持ち上げた内容だった。
いつものような、愚痴への同意だけではない。
それにあの手紙をどうして持ってたの?
借りた?
いや、盗んできたに違いない、と改めて腹立たしさが湧いてくる。
ああ、止め止め止め。
忘却が一番の復讐だ。
あの人はもう私的には関わりのない人だ。
公には義妹だし、仕方ないけれど。
「それで、皇女母殿下の処分はあるの?」
「自主的に謹慎されていらっしゃるし、皇太子殿下が亡くなられてから、精神的な落ち込みもひどい。お子様と祈りが救い、といった状況だ。
処分は恐らくはないだろう。
が、それで余計に苦しむのではないか、とウォルフは言ってる。
きちんと罰して差し上げた方が良い、と」
「その状態なら、私も騎士団長に賛成かも。
皇女母殿下は真面目な方だから、皇太子の死も含めて、際限なく背負われてしまうかもしれないわ。
内々に皇帝陛下から、謹慎処分を受けた方がいいと思う」
「だが、皇妃陛下のご出産があるだろう?」
「あ〜。内々の謹慎だと、どうしてお祝いに出られないんだ。になるわけね」
「そうだ。ウォルフは、規模を縮小した3日間の祝事に出席された後からにすればいいと言ってる。
それまでも自主的謹慎に近いしな」
騎士団長の進言が妥当に思えた。皇女母殿下のお気持ちが、少しは軽くなるように、と願う。
「お子様には、まめに会わせてあげてね。
ご健康には問題はないのよね?」
「クレーオス先生にお願いして診ていただいたが、暗示などの痕跡はないそうだ。
先生曰く、『愛する人間まで、“操り人形”にするのは虚しい。いずれ“飽きる”。やるのは考えなしの、“おばか”くらいだ』との仰せだった。
本当に、本当に、エリーがならなくてよかった」
ルイスが私を優しく抱きしめ、力が少しずつ強くなる。本当に私がここにいることを確かめているようだった。
私が悪夢を見るように、ルイスも見ているようだった。
時々うなされているので、汗を拭き、私がふんわり抱きしめると、また落ち着いて眠っていた。
「ルイス?
皇太子のやったこと、皇女母殿下には説明しないわよね?
お子様もあの方も、罪はないもの。
婚約者に選ばれたら拒否権もないし、お子様は親を選べないのよ。
やったことを知ったら、寵愛を受けていただけに、皇女母殿下に衝撃は強いと思うの。
母子関係も壊れかねないわ。
お子様から、お母様を奪うなんて、止めてほしい……」
我ながら残酷な事を言っていると思う。
事実を知り帝室に皇女様を預け、離縁してご実家に戻られた方が、皇女母殿下にとってはこの先、安らかかもしれないのに。
「俺達もそこまで鬼じゃない。特にお子様には罪はない。第一、表沙汰にできない内容だ。
知らせない方向性だが、ウォルフは皇太子の色んなやらかし、いや犯罪を、皇女母殿下がその内に気づく可能性も上げてる。
その時は下手に隠すと悪手だ。
エリーが教えてくれた、今は特に産後の大変な時期だろう?2か月だったか」
「そうね。普通のお産でも、全治2か月の負傷を心身に負ったのと、同じダメージって言われてるわ。
皇女母殿下は、出血が多かったし、葬儀や弔問団、今回の事件関連で安静にできてないから、もう少しかしら?」
「その間は絶対に教えない、とウォルフは言ってる。
それ以降は、皇女母殿下次第だ、とね」
確かにその時の心身の調子次第だが、中途半端な疑心暗鬼よりも、正しい情報の方が、一時的には残酷でも、皇女母殿下のためかもしれない、とも思えた。
私も考えがぶれてしまっている。
いや、正解がない命題なのだ。
本当に皇太子は罪深い。
「…………それは、致し方ないわね」
私は深く深呼吸した後、ぽつりと答える。
ルイスの方が、帝室の闇を乗り越えてきたためか、あっさりしていた。
「ああ。それと話は変わるが、皇妃陛下から出産までは、エリーへの出仕依頼はしないそうだ。
大変だったようだし、今のところ順調で、問題はあるにはあるが、新しくハーブティーを調合してほしい程度ではないってね」
私はじっとルイスを見つめる。
「ルイス?皇妃陛下に何か言ってないよね?」
「ん?呼ばれたんだよ。
エリーの、皇女母殿下への襲撃からの回復ぶりはどうだって。
葬儀には参列できなかったけど、何があったかはさすがに教えてるからね。
その時に、『回復は遅れがちです。今までの無理が祟ったようです』って、はっきり言ったんだ。
夫が妻を護る。当たり前だろう?
欲をかく貴族は差し出そうとするだろうが、皇妃陛下はそういう態度をお嫌いだ」
『夫が妻を護る』という言葉に、じんと来てしまった。
うん、逆の立場でも、私も同じことをするだろう。
私はルイスの肩に、頬をすり寄せる。
「ありがとう、ルー様。
ご出産に備えるためにも、ここでもエヴルーでも休養第一にするわ」
「そうしてくれると俺も助かるよ。愛する奥さん」
ルイスはノーズキスをしてくれる。
そして手を清め、唇に薬を塗ってくれた。
「あの時、必死に抵抗してくれて、ありがとう。
これは俺への誠意と愛情の証だ。
ただ本当に心が壊れなくてよかった」
「真面目に治療したら、傷跡も残らないって仰ってたわ。ありがとう、ルー様」
それから、私たちは二人のことや、エヴルー領などについて話し合った。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
タンド公爵邸から、エヴルー公爵領に移動した。
残念ながら、ルイスは遅れての合流だ。
その代わりのように、クレーオス先生がついてきてくれた。
『“滅私奉公”癖、抑制チーム』の副リーダー、マーサと一緒だ。
“馬車溜まり”の様子や、“幹線道路”の運用や“緊急道路”の仕上がり、天使の聖女修道院も気になったが、先んじてマーサに促された。
「視察はいつでもできます。今日は馬車から覗くだけにしておかれませ」
「はい、マーサ」
「ハーバルバスの為の天使の聖女修道院のハーブは、届けてもらっています。院長先生手ずから摘んでくださったそうです」
「そうなの?ありがたすぎるわ。みんなに感謝しなきゃいけないわ」
「みんな、というところが、エリー様らしゅうございますね」
「だって、みんなのお陰だもの」
クレーオス先生は、馬車の振動に合わせるように眠ってらっしゃる。
私は馬車の窓を開けると、夏の風を浴びながら、エヴルー公爵領新邸に到着した。
「奥様、おかえりなさいませ。お客様、いらっしゃいませ」
先触れを受けて、アーサーを筆頭に、使用人全員の出迎えを受ける。
「ただいま、みんな。エヴルー領を守ってくれてありがとう」
「奥様。お風呂の用意も出来ております。
どうか、ゆっくりお寛ぎくださいませ」
今まで私を待ち構え、すぐに仕事の打合せに入ったアーサーとは、同一人物に思えない。
「アーサー、お仕事は?」
「今回の奥様のお仕事は、療養でございます。
体調を見ながらなさるように、と旦那様の厳命が届いております。
違反者はたとえ奥様でも罰するとのこと。
お気をつけくださいませ。
クレーオス先生、ようこそエヴルーへいらっしゃいました。
エリー様の治療の御指導のほど、よろしくお願いいたします」
アーサーはクレーオス先生に対し、非常に丁重だ。私の命の恩人と聞いているのだろう。
「ご丁寧な挨拶、いたみいる。
儂もエヴルーの食べ物やハーブを楽しみにして参ったのじゃ。
よろしくお頼み申す」
「かしこまりました。
ハーブティーとハーバルバスをご用意いたしましょう。
お好みを教えてくださいませ」
アーサーは、クレーオス先生を案内しながら、さっさと客室の方向に向かう。
「エリー様、お風呂はいつものローズマリーに、薔薇の花びらをご用意しました。
お好きなだけ、お加えください」
「まあ、嬉しい。ありがとう」
「その前に、ハーブティーかミント水で、充分な水分を摂っていただきましょう」
私の荷物を運んでくれる、新旧入り混じったメイド達や侍女達に、マーサは早速レクチャーに入っている。
馬車の中よりも、きりっとさが数倍増しだ。
「はい、マーサ様」
「かしこまりました。ハーブティーのブレンドの見本はお部屋にございます」
「ミント水はいつでもご用意しております」
「蜂蜜塩オレンジのご用意もございます」
「ミルクセーキは作り立てが美味しいと、シェフがお待ちしています。
新作のミルクプリンとレアチーズケーキも、お試しいただきたいそうです」
侍女やメイド達からの返事のラインナップが、エヴルーだなあと、しみじみ思い、それだけで癒される。
窓から覗く、新邸の庭の様子を眺めつつ、明日、旧邸と天使の聖女修道院へ行く前に、幹線道路とかの確認を、と頭の中で組み立て始めてしまう。
『“滅私奉公”癖』が抜けるまで、遠い道のりに感じた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)