6.悪役令嬢の祈り
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
まずは7歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
お母さまの絵の発見以来、修道院へ祈りにいく回数が増えた。
農地エリアの工房に顔を出して、挨拶がてら進捗状況を話題にすることもあるが、お母さまの絵を見ている時間の方が長い。
特にデッサン帳は、一瞬の表情を切り取っていたり、手や腕、横顔、目、耳といった、部位の習作や、油絵、水彩画の下絵もあって面白い。
お母さまの手指は、こうだったのね、などと思う。
と同時に、撫でてもらった感触を思い出せなくなっている事実に切なくもなる。
帝都から来た画商の鑑定によると、ある程度名を馳せた画家で、皇女殿下の肖像画を描いた事もあったという。
事故による家族全員の死をきっかけに、筆を折ったと思われていた。
買取りを強く希望されたが、描かれた人物が、帝国と王国の公爵家に所縁の故人である。
両家に寄贈する予定を院長様が伝えると、引き下がったという。
油絵が3枚。
1枚目は、子ども達から贈られたハーブの花束、タッジーマッジーを持って微笑む姿。
香りまで伝わってきそうだ。
2枚目は、紺色のドレスを着た明らかに肖像画だ。
ただ、このころ、身につけていないはずの高価な宝飾品なども描かれていた。いずれも公爵令嬢にふさわしいもので、デッサン帳に宝飾品の下書きがあった。
お母さまの本来の身分に合わせた装いのため、加えてくれたのだろう。
3枚目は、葡萄の木の下で房を手に取る姿。
季節の実りに目を細める表情が、可愛らしい乙女のようだ。
3枚とも各々違った魅力があり、画商から譲って欲しいと言われるにふさわしい作品だ。
問題は、どの絵をどちらに贈るかだ。
そもそも、お父さまは熱望するだろうが、タンド公爵家の反応は読めない。
それでも、著名な画家が描いた、母の絵画が見つかったと、タンド公爵家へ手紙で知らせた。
時間ができたら、拝見させていただきたいという返事は、本気なのか社交辞令なのか、今一つ読めない。
それでも、返事をくれたのだから、と思うに留め、今のところは棚上げとする。
修道院へは、領民が教会へ行く朝晩を避けて、執務の合間を縫って、マーサと共にいく。
シスター達や子ども達に顔も名も『エリー様』と覚えられ、好意に基づく素直な笑顔を向けられると、本当に癒される。
王立学園、特に2年生以降、私の笑顔は心からではなかった。
元々、王妃教育で貴族的微笑を叩き込まれていた。
それに加えて、場合によっては、厳格さ、もしくは威圧を感じさせるよう、計算されたものになった。
感情の抑制、それも自分自身が望んでいない方向性は、本当に疲れる。
そして、外ではその疲れを感じ取らせてもいけない。
何気ない笑顔は、家でのお父さまと気のあった使用人のみとなった。
今はそれでも貴族的微笑は必要だが、心から笑える幸せを噛み締めている。
この日も絵画を眺め、聖堂で祈った帰りに、院長様と行き合わせる。
時間にゆとりがある旨を確認されると、マーサとある場所へ案内される。
木々に囲まれた墓地だ。
同じような石板の墓石が並ぶ区画を進み、ある墓石の前で院長様が立ち止まる。
「エリー様。こちらはアンジェラ様のお墓です。
ご遺言に従い、ご夫君のラッセル公爵様が、『墓を建て遺髪を埋葬して欲しい、妻の希望だ』と送られてきたのです」
マーサが息を呑む気配がした。
私も心中驚きを禁じえないが、冷静さを保つ。
墓石には、母の亡くなった時の氏名、アンジェラ・ラッセルと生没年が刻まれていた。
その下に、『タンド公爵家に生まれ、ラッセル公爵家に嫁ぐ。18年過ごした祖国の地に』と続けられていた。
「お母さまと、お父さまが……」
「はい。アンジェラ様は、懐かしい祖国にも、という想いがあったそうです。
ただタンド公爵家の墓地に埋葬されれば、ご自分の事情で、墓地を荒らされかねない。
ここなら、安全で静かに過ごせるとの仰せだったそうです」
「アンジェラ、さ、ま……」
マーサの抑えた苦悶の声が小さく響く。
「……私は知りませんでした。
お母さまの命日には毎年、ラッセル公爵家の墓地に埋葬された、お母さまのお墓に、お父さまと参っていました。
帝国にもお墓があるとは露知らず……」
「アンジェラ様が王国で、ラッセル公爵様と出会えたのは、奇跡的でございましょう。
エリー様も生まれ、お幸せだったと思います。
それでも人の想いとして、祖国は忘れがたく、ということもございましょう」
「そうですね。私も天に召される時は、そう思うかもしれません。先に召されていれば、父の元に、少しでも、と。
ああ、いけません。父に勝手に亡くさせるな、縁起でもない、と怒られてしまいます」
「さようでございますね。お手紙でも、まだまだお元気なご様子でございます」
父とのやり取りが浮かんだのか、真面目で穏和な院長様が珍しく、小さな笑いをこぼす。
私は一つの疑念が浮かび、恐る恐る尋ねてみる。
「あの……。院長様…。
タンド公爵家の方々は…、このお墓について、ご存じなのでしょうか」
「いえ、ご存じではございません。ご迷惑をおかけしかねないと、アンジェラ様の願いでございます……」
やはりそうだった。
死んだ後も実家に迷惑をかけまいとするお母さまの気遣いが、痛いほど伝わってくる。
墓碑銘からは、実家と祖国を慕う、相反する気持ちも。
お父さまに出会い、愛されて幸せだった。
それでも、祖国を、実家を、忘れられず、愛していた。
当たり前の感情だ。
「そうですか。あの……。こちらで少し、お母さまを偲びたいのです。よろしいでしょうか」
「もちろんでございます」
「マーサ。ごめんなさい。供待ち部屋で待っててもらえるかしら?」
「……はい、かしこまりました」
私は二人が去った後、墓石の前に座り、彫られた文字を指でなぞる。
改めて、お母さまの気持ちが伝わってくる気がした。
お母さまは、この帝国で、生まれ持った容貌と魅力に苦しめられ続けて、まるで逃げるかのように訪問した王国で、お父さまに出会えた。
結婚し、私を産んでもなお、祖国が懐かしい時があったのだろう。
どうか、神の御許で、今は安らかに、と心から願う。
「慈愛溢るる、神よ、天使よ。
母アンジェラに、安寧の眠りを与えたまえ。
その、心、を……」
聖句の途中で、言葉が途切れ、涙が頬を伝う。
お母さまは何も悪くない。
言葉をろくに交わしたこともない方々に“心酔”され、勝手に追い回されて、他からも恨まれて、『悪女』などと言われ、追い出されるように、国を出た。
私はまだ救いがある。
逆らえない王命だった。
理不尽と感じたが、国のためと言われれば仕方ない。
次代の統治者の妻なのだから、と思い、『悪役』などと言われても耐えられた。
そして、耐えられなくなった時、自分を守るために、安全な場所へ“移動”してきた。
私は自分を守り、お母さまはご実家を守ろうと、祖国を出た。
お母さまは、今の私の姿を見て、どう思われるだろう。
絵に描かれた姿を見て、この墓を知り、初めて思う。
悲しまれるだろうか。それとも、よくここまで来ましたね、と思ってくださるだろうか。
お母さま、お母さま、お母さま……。
辛く苦しい想いが溢れ、お母さまが受けた理不尽な仕打ちに、怒りを覚える。
死んでなお、家族の元に帰れないお母さまの境遇が、苦しくて仕方ない。
いや、お母さまはすでに神の御許に旅立たれ、安寧の眠りに就いていらっしゃる。
この苦しみや、怒り、悲しみは私の気持ちだ。
勝手な思い込みで、お母さまを嘆いてはいけない。
同じように、『悪女』『悪役』と呼ばれた母娘でも、自分の現況と、お母さまの人生を重ね合わせても、何も生まれない。変わらない。
何より失礼だ。
お母さまはお母さま。私は私。
お母さまの選択をお父さまが尊重したからこそ、ここにこのお墓があるのだ。
私もそうしよう。
そう思い立つと、涙をハンカチで押さえ、ゆっくりと立ち上がる。
このまま、供待ち部屋に行くと、マーサに心配をかけてしまう。
聖堂で顔を清め、心を落ち着かせてから行こう。
ハンカチを目元に当てて、少し俯いて聖堂へ急ぐ。
聖堂の浄めの泉で、両手と顔を洗い、少しすっきりする。
感情はたったこれだけでも変わるのだ。
聖壇前で、蝋燭に火をつけ捧げると、芳しい香りが立ち上る。シスター達の発案で、ローズマリーなどのハーブを入れて作られている。
いくつかの灯火を見て、大きく揺らいだ気持ちが、少しずつ落ち着いてくる。
静けさの中、美しいアーチを描く聖堂で、悲しみや怒り、苦しさについての聖句を思い浮かべながら、独り祈る。
改めて考えてみると、ここに来れば、懐かしいお母さまと会えるのだ。
だから、院長様も教えてくださったのだろう。
今の自分は、アーサーやマーサ、心優しい使用人達が支えてくれている。
修道院のシスター達や子ども達もいる。
遠くから私を思い、応援してくれるお父さまもいらっしゃる。
謁見が終われば、正式に領民の前に立てる日も来る。
「神の恩寵よ…。陽の如く、雨の如く、天より、人々へ、降りそそぎ、賜う…」
院長様の計らいで、思わぬお母さまとの邂逅に感謝しながら、聖歌を口ずさんでいると、コツンと物音が響いた。
靴音だ。
思わず振り返ると、小さな花束を持ったグレーのスーツ姿の男性がいた。
この修道院は男子禁制だが、いくつかの例外に、墓参がある。
墓参りの帰りに、聖堂に花を捧げに来たのだろう。
グレーのスーツは、没後、数年経った場合が多い。
仕立ての良さといい、物腰といい、高位貴族だろう。
私の目線を感じたのか、声をかけてきた。
「これは、失礼。邪魔をしただろうか」
「いえ、こちらこそ、お恥ずかしい姿をお見せし、申し訳ございません。失礼いたしました」
立ち上がると、ゆっくりお辞儀し、正面の扉へ向かう。
「思い出した。自分は先日、ハーブティーを分けてもらった者だ」
すれ違おうとしたところに、急に声をかけられ、つい見上げると、青い瞳の眼差しがあった。
右頬に見覚えのある傷痕があった。
前髪を全て後ろに流し、黒髪を整え、印象が違うが、確かにあの時の男性だ。
社交のこともあり、話を畳みにかかる。
「……あの時のお方でしたか。お役に立てて、何よりでした。
失礼します」
「待ってくれ。あれは美味かった。あの茶葉はどこで手に入るのか」
立ち去ろうとする人間に、何を聞いてくると思ったら—
「似たものなら、こちらの修道院で販売しています。お花を売っていたところにあります。
あれは当家オリジナルのレシピですので……」
「その、オリジナルのものを分けてもらえないか?」
ハーブが苦手と言っていたのに、そこまでこだわるのか、と首を傾げる。また安易に直接取引はしたくない。
この人がどういう貴族家に属しているのかも分からないのだ。
「急なお話で、申し訳ございませんが、待たせている供もおり、心配します。
院長様とお知り合いなら、預けておきましょう。
お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「……ルーだ。君の名は?」
こちらの名も尋ねられ、戸惑う。社交で会った時、偽ったと思われたくもない。
「院長様は、エリーと呼んでくださいます」
「あいわかった。引き止めてすまなかった」
思わぬ再会に少し動揺しつつも、背中に感じる目線に悟られたくなく、光差す扉へ歩んでいった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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